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◇
私は走っていた。左腕が動かせず、全力では走れなかったけれど、それでも私の今の全力で走った。
……なんで、なんでこんなことになっているんだっけ。そう、全ては私のせい。そんなことは分かっている。けど、私はどうしてもタクミくんに会いたかったんだ。
「え、タクミくん帰ってくるの! 迎えに行く!」
アナからの知らせに私は声を弾ませる。
『別にミカのために来るわけではありませんよ。私を回収しにくるんです。あと、貴女は外出してはいけません』
「はいはい、そうだねー」
起きた時、このアナしかいなかった時の落胆は言い表わせないが、私が充電している間、彼女と喋っていられたのは退屈でなくてよかった。その中でアナのあしらい方も覚えてしまった。
『まったく……ああそれと、昨日言った私の改良に関わった彼……サクマが一緒に来るようです』
「え? サクマ?」
アナの何気なく発した言葉に、私は反応する。
『ええ。メガネがキザで胡散臭い奴です。私は彼のことがあまり好きになれませんね』
「え? 待って、待って。……その彼って、もう一つの名前は……」
『苗字のことですか? そうですね、確か同じサ行……ああ、佐山佐久馬ですよ。彼は』
佐山。私はその名前を知っている。なぜなら、つい最近までよく聞いていた名前だからだ。
私は分かってしまった。そのサクマは、この半年間私の担当だった、研究所の人間だ。
彼はタクミくんとここにくる。
――逃げなくては。
私はアナを掴むと、無我夢中で外へ飛び出した。
学校に着き、校舎内に入る。なぜ学校に来たのか、自分でもよく分かっていなかったが、少しは見知った場所の方が有利だと自分の中のプログラムが判断したのだろう。
さあ、どこに隠れる? 少しは見知った場所といっても、隠れ場所は分からない。私は当て所なく走り続けた。
「立花さん? もう風邪は大丈夫なの……あら、その怪我は?」
声のする方を見れば、近づいて来るのは昨日タクミくんと話していた、樋口さんだ。いつのまにか、私たちの教室の前まで来ていたようだ。
「あ、あのね、どこか、隠れる場所を知りたいの!」
「隠れる場所? 隠れんぼでもやってるの?」
最初は本気にされていなかったようでも、だんだん私の様子にただならぬものを感じたらしい。
「……そうね、あそこなら空いてるかもしれないわ」
狭いそこに身を入れ、足を縮めて座る。扉を閉めると光はほぼ遮断され、真っ暗になった。上の方にある隙間からかろうじて光が漏れている程度だ。
『ミカ。今なら説明出来ますか?』
メッセージで話しかけて来たアナに、どうにか状況を伝えると、彼女は少し考えた後、メッセージを返してくれる。
『そうでしたか、分かりました。タクミは必ず来てくれます。大丈夫です、大丈夫……』
そうだ、大丈夫、大丈夫……。私は暗く狭いそこで、一層身を縮めた。
ああ、暗い。暗い。私は目を閉じた。
「お前、こんなとこで何やってんだ?」
聞こえた声に弾かれるように顔を上げれば、そこには幼い少年がいた。
「えーと……」
私は考える。今まで何をしていたのだったか。周りを見渡せば、そこは広いホールのようだ。ホールの隅っこで、私はうずくまっていた。
そうだ、私はこのホールにいつものように歩行訓練に来て、今は休憩中なんだった。
「省電力、モードに、していたの……」
なんだかうまく声が出ない。あ、あ、あ、と声を出せば少年が驚いたような顔をした。
「あれ、もしかしてお前ってロボット?! すっげーな!! 人間そっくりだ!」
少年が手を差し出すのでその手を掴み、立ち上がる。目線はその少年と同じ位置にあった。
「俺はさ、母さんと一緒に来てんだ! けど、俺は一緒に行けないらしくて、こうやって待たされてるんだ」
少年は、私の手を両手で握る。
「俺、暇なんだよ! 一緒に遊ばねえ?」
彼は、眩しい笑顔でこちらに笑いかけた。
ガチャ、と音がする。目を開くと扉に隙間が開いている。徐々にその隙間は大きくなっていき、やがて全て開け放たれた。
私は身をかがめるが、それで隠れるわけもなく……。
ああ、見つかった――。
「やっと見つけたぞ」
その声に、ばっ、と顔を上げれば、そこには息を切らしたタクミくんがいた。
◇
「樋口に感謝するんだな……あいつが教えてくれなかったら、見つからないぞ、あんなところ」
ミカが隠れていたのは、四階の廊下奥にある少し大きめの掃除ロッカー。今まで、あそこの存在を知りもしなかった。最上階で人通りが少なく、誰も気づかないような場所だったのだ。
「あいつはちゃんと学校のこと見てるんだな」
そう言いつつ、ミカの右腕を掴み、俺はずんずんと歩いていく。
「ねえタクミくん、これからどこに行くの……?」
「とにかく学校から出るんだ。あいつは学校にお前が向かったことを知ってる……すでに学校に来てるはずなんだ」
「私を置いていってもいいんだよ……? サクマが追って来たのは私なんだし」
「馬鹿、お前それで俺がいいって言うと思ってんのか」
この右手を離してなるものか。
「もう決心はついたんだ」
学校裏門まであと数十メートルというところ。俺たちは自転車置場から辺りを伺っていた。帰宅部が帰り、部活のある奴は残っている今の時間帯は校門付近に人は少ない。自転車置場の壁から携帯を突き出し、アナに偵察をさせる。
「どうだ、アナ」
『今なら誰もいません。行けます!』
「一直線に走るぞ、ミカ」
「うん、分かった!」
「よし、行くぞ!」
俺はミカの手を握り走り出した。
校門までの距離はあっという間に縮まっていく。校門を出るまであともう二十メートル……十メートル……!
その時、校門を出た先、目の前の道路に黒いバンが停車した。瞬間、察する。これはまずい、と。
「止まれ、ミカ」
「え?」
俺の声にミカは驚きつつも足を止める。黒いバンから人は出てこない。だが、明らかにこれは……。
そしてその声は、後ずさりする俺たちの後方から聞こえて来た。
「やあ。拓生、ミカ」
その声にまさか嫌悪を抱く時が来ようとは、ついさっきまで思っていなかったのだ。だが、今はただその声に嫌悪しか感じなかった。
「……佐久馬」
「この勝負、僕の勝ちのようだね」
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