3
「まさか高橋クンの同級生だったとはね……」
隣に座った樋口がなぜか感慨深げにもらす。佐久馬の紹介は簡単に朝になされ、放課後のホームルームの終わった今、彼はクラスの女子たちの質問攻めにあっている。
「悪いかよ」
「いいえ? けど外見があなたと釣り合わないなって思ってたのよ」
確かに奴はそれなりに顔がいいほうだし、中学の頃もそこそこモテていた。細い縁の眼鏡も様になっている。
「言っとくけど、アイツも負けず劣らずのロボットバカだぜ」
「評価を落とそうったって、そうはいかねーぞ」
「そういうつもりじゃねえよ」
「僕はどっちかって言うとAI馬鹿、かな。AIプログラムとかを作るのが専門なんだ」
会話に入ってきたのは佐久馬その人だ。どうやらたくさんの質問は振り切ってきたらしい。
「へえー作っちゃうのね、AIを?」
「ああ。実は去年一年間、アメリカに行って、その技術を学んで来たんだ」
「中学を卒業したら外国に行くって聞いた時は驚いたけどな」
「とても有意義な時間を過ごしてきたよ」
にこにこと笑う佐久馬の顔は見慣れたもので、一年離れていたとは思えない。
「本当に、高橋クンと友達っていうのが信じられないわね……」
「そうだ、いいこと教えてやるよ! 昨日拓生、告白されたんだぜ!」
「え? 本当に?」
「ええ。一週間前に来た、あなたと同じ転校生にね」
「これが可愛いんだけどさ、今日は風邪で休みだって」
「正直あなたとの方がお似合いだと思うわ。顔面偏差値的にも」
「おい、何気なく俺に失礼なことを言うな」
「そっか、ぜひ会ってみたいな!」
「お前もスルーするなよ」
*
「それで、会わせてくれるの? その彼女に」
「……何でそうなる?」
自転車をひいて歩く俺の横で、佐久馬はにっこりと笑う。
帰宅部の俺は、今日はすぐに帰宅する。家が近所の俺たちは、当たり前のように一緒に帰っていた。
「だって、気になるじゃないか。君の彼女」
「だから誤解だ」
しかし、今のミカの状況。佐久馬なら何とかできるかもしれない、と思っているのは事実だ。
「……そうだな、実は……お前に相談したいことは、ある」
「ええっ、ロボット? その、彼女が?」
俺がミカについて話すと、佐久馬は意外にも大きく驚いた。外国ならそういうのは普通かと思っていた……というのは偏見か。
「君が作ったのかい?」
「まさか。ただのクラスメイト……だった。昨日なぜかカミングアウトされた」
「ああ、告白ってそっちの……」
実はどちらの意味も兼ねているのだが、こいつには言うまい。
「なんでそのロボ、学校に来てなかったの?」
「それが、トラブルで……ちょっと壊れちまって。俺にはどうにもできそうになくてな。……お前も見てくれないか」
「……分かったよ。君の頼みとあれば断れないよね」
以前と変わらず、人のいいやつだ。俺は佐久馬にミカの家を案内することにした。
朝にはアナからの連絡がなく少し心配していたが、昼に来たメールによればミカは昼まで寝ていたらしい。実際、昨日は疲れたのかもしれない。
折角なのでアナにそろそろ帰るという旨をメールで知らせる。するとすぐに返信が来た。
『ミカが迎えに行くと言ってうるさいです。早く帰って来てください』
……そうだ、アナに佐久馬のことをメールで知らせてやろう。
『お前の生みの親の佐久馬が転校して来たぞ、これから連れて行く』
『サクマですか? へえ、そうですか』
『なんだよその反応は』
『彼は私を貴方に任せてどこかへ行ってしまったでしょう』
『事情があったんだよ。会ったらきっと驚くぞ』
その後なかなか返信は返ってこなかった。なにか二人で話しているのかもしれない。
「誰と会話してるの?」
ガラケーの画面を見ていたら、佐久馬に声をかけられた。
「あー、アナだよ。ほら。……そういや、アナもそこそこ言葉を覚えてさ」
そうやって画面を見せると、佐久馬は目を見開く。
「え……アナ? これが? だってあの頃はまだ会話もままならなくて……それが?」
「そういや、そうだったか」
「すごい、会話が成り立ってるじゃないか」
そう言われて、少し困惑した。アナは昔からこんなだったような気がしていたが、そうではなかったのかもしれない。
家に着いた俺たちは、チャイムを鳴らす。しかし応答がない。それどころか玄関の鍵が開いているようだ。
家に入ると、玄関にミカの靴がないのに気づく。まさか、外出しているのか。しかし、それならアナから連絡がないのは変だ。
部屋に入るが、そこはもぬけの空だった。ミカの充電用機械と、昨日買って来た包帯だけが残されている。その充電用機械も、急いで外されたかのように無造作に放られている。
「あれ? そのロボットはいないのかい?」
「いや、いたはずなんだ。なのに、いない」
おかしい。何かがあったのかもしれない。
「拓生、落ち着いて……。今できることをやろう」
「……ああ。そうだ、アナになら連絡が取れる」
俺はガラケーを取り出し、焦る気持ちを抑え文字を打ち込んでいく。存外早く返信は来た。
『おい、今どこにいる?』
『すみません、連絡が後になって。急にミカに持ち出されてしまいまして』
『なんで外に出たんだ』
『分かりません、ただサクマのことを話したらいきなり……』
サクマ? 予想外な言葉に俺は思わず彼の顔を見る。
「ねえ、僕もアナと話したいな。その携帯を貸してよ」
わざとらしい笑みを貼り付けた佐久馬の様子に、違和感を覚えた。半ば奪われるように携帯を渡すと彼は文字を打ち込み始める。
『今どこに向かってるんだ』
『分かりませんが、多分学校です。遠回りしていますが、そこに近づいていると』
『ありがとう』
それを打ち終えると、佐久馬はガラケーの本体とフタの部分を両手で掴む。そして、バキッ、という音と共に、真っ二つに折ってしまった。
「……は?」
俺は友人のいきなりの不可解な行動に、戸惑わざるを得なかった。
「お前……なにやってんだ」
「なにって、連絡手段を絶ったんだよ」
佐久馬は、二つのプラスチックの塊と化した携帯を床に放る。破片が音を立てて散らばった。
「君にあって、僕にないのは不公平だからね」
「……どういうことだよ。ちゃんと説明しろ」
「……まったく、困るんだよ。いつのまにか研究所からいなくなって、挙げ句の果てには破損した、なんてさ」
佐久馬は呆れたような表情を浮かべている。しかしそれは俺のよく知る、人当たりの良い彼の表情ではなかった。
「彼女にどれだけの価値があるか分かってるかい、君。もちろん極秘のプロジェクトではあるけど、彼女は今や最も人間に近いロボットだ。……ただちょっとした衝撃で壊れやすいことがデメリットでね。まだ未完成品なんだ。だから、まだ外に出せる代物じゃないんだよ、アレは」
つらつらと彼の語る言葉に、俺はしばらく反応することが出来なかった。そうして俺はようやく声を出した。
「お前まさか……」
「……今更気付いた? 僕はその研究所から来たんだ。ミカを連れ戻すためにね。……さて、勝負といこうじゃないか、拓生。どちらがミカを手に入れるか」
「お前、どうしたんだよ。なにを言ってる……!」
「大切なミカのためだ、僕はなんだってやってみせるよ」
次の瞬間、俺は腹に鈍痛を感じていた。佐久馬がこちらにタックルしてきたのだと気付いたのは、よろめき、咳き込んでからだ。
チャリ、という音に目をやれば、俺の手から自転車の鍵が落ちているのに気がつく。相手の思惑に気がつくのが遅かった。あっという間に佐久馬はそれを奪い、玄関へ走っていく。
「待て……! 佐久馬、佐久馬!!」
俺も追いかけるが、開け放たれた玄関から見えたのは俺の自転車を奪い、走っていく佐久馬の後ろ姿だ。
「くそ……!」
俺は学校に向かって走り出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます