episode 9. 復讐のその先に

 それは、岩魔導人形ロック・ゴーレムと雪男の合作とでもいうような代物だった。雪男が岩石の鎧を身にまとっているという表現も出来る。右手に無理やり折ったらしい巨木で作ったらしい棍棒を、左手に岩石の盾を構えていた。

 ソーカルが風の衝撃波を放った。が、岩石の盾で防がれる。それにはヒビひとつ入らない。かなり強化に力を入れているようである。

 ソーカルは舌打ちした。

「接近戦に切り替える。後続を足止めしろ」

 言うなり、ソーカルは地を蹴って風のように新手の白い無法者ヴィート・ギャング・雪男の戦士の背後にまわった。そして、分厚い剣で脇をすくいあげるように斬った。雪男の戦士は、半分切れかかった左腕をぶらぶらさせながら雄たけびを上げていたが、再生能力はないらしく、やがて左腕は重力にしたがいボトリと石畳に落ちた。雪の腕が徐々に溶け、水がしみ出す。

 ソーカルはすかさず、石畳に転がった岩石の盾を破壊した。強化した風の魔法をまとった剣で、岩石のすき間に鋭い突きを入れたのだ。このあたりの手腕は、さすが歴戦の魔法騎士アーテル・ウォーリアである。

 トレフル・ブランとしても、のんきにその戦いを眺めていたわけではない。彼は第二のポケットセカンドポッケから藁を結んだような輪っかを取り出すと、後からやってきた雪男の戦士の足元に放った。

 足元が雪であれば効果は薄かっただろうが、石畳に固定された藁の力はそれなりのもので、足を引っかけた雪男の戦士は、前に進めなくなった。

 効果があることを実感したトレフル・ブランは、さらに藁を取り出し、両足を地面に縛り付けた。その後、藁の輪っかを空高くに放り投げ、落下と同時に雪男の戦士の胴体と両腕をぐるぐるときつく縛った。これで、棍棒も盾も使えまい。

 それから、低く不気味な雄たけびをあげる雪男の戦士の口(とおぼしき雪の穴)に融雪剤を放り込んでみたが、やはり強化されているようで、融雪剤の結晶はそのまま吐き出されてしまった。

 すると、

恵みの水プルウィア

よく通る声が響き、雪男の戦士の首から上がびしょ濡れになった。キーチェからの援護だ。

 水に侵食され耐性が緩んだことを幸いに、トレフル・ブランは、もう一度融雪剤を口に放り込んだ。今度は、融雪剤がしっかり効果を発揮し、雪男の戦士は頭からドロドロと溶け出していく。やや気味の悪い光景に、トレフル・ブランは眉をしかめたが、溶ける雪の中に、光るものがあることに気付いた。

 キラリ、と光るそれは、雪男の戦士の背中の部分から出てきたようだ。氷のナイフ――おそらく氷柱に魔法で細工をして作った呪具だろう。これが、この雪男の戦士の核であると予想された。

 それを手に取る。透明なナイフの中に、一粒穏やかな光を放つ粒。真珠だ。真珠を魔法の起点としてこの戦闘向きの魔導人形ゴーレムを作り上げたのだ。

「教官! 弱点は背中です! 真珠を使った呪具が仕込んであります」

「そうか」

 トレフル・ブランの声に短く答えたソーカルは、剣を振るって背中を斬ろうとしたが、大きな岩石がその部位をカバーしていて、剣が弾かれた。彼は低く早口で呪文を詠唱したので、トレフル・ブランには内容が聞き取れなかったが、剣の第二撃は、今度こそ背中の岩石と、その下に埋め込まれた氷柱のナイフ――ゴーレムの核を破壊した。

 核を破壊された雪男の戦士はピタリと動きを止め、ぼろぼろと崩れて最後はただの水になった。棍棒が投げ出されて、ドサリと鈍い音を立てる。

「それ、壊しとけ」

 ソーカルは指示すると、トレフル・ブランが融雪剤で溶かした雪男の、棍棒と岩石の盾を破壊した。放置しておくと、再利用される恐れがあるからだ。

 トレフル・ブランも指示通り石畳に転がった棍棒を破壊し、あたりは急激に静まり返った。


「私たち、すっかり忘れ去られていましたわね」

 やや気を悪くした風のキーチェが歩いてきた。隣ではユーリが苦笑いしている。

 ソーカルがそっぽを向いてしまったので、トレフル・ブランが相手をすることになってしまった。

「なんていうか、急を要する事態だったから……俺、第二のポケットセカンドポッケに色々入れてるしね」

 というトレフル・ブランの言い分をどう思ったのかは知らないが、「まぁ、仕方ありませんわ」とキーチェが呟いた。

「それで、これからどういたしますか? 北の応援に行くか、中央の護衛に駆けつけるか、ここで待機するかのいずれかになると思いますけれど」

 キーチェの問いに、煙草をくわえたソーカルは少し考え込んだ。

 ユーリは、二手に分かれてはどうかと提案した。北側の大規模な港を破壊されても、移動用魔法陣テレポーターを破壊されても、王国にとっては痛手だろう。このあたりには敵の気配はもうないため、危険は少ないと思われる。

 そうだな、とソーカルも頷いた。

「そんじゃあ編成だが……」

「私たちで決めますわ!!」

「お、おぅ……」

 キーチェにおされ、ソーカルは黙った。

 三人はコインを投げ、表の出たトレフル・ブランとユーリが町の中心部に、裏の出たキーチェと余ったソーカルが北側の港の応援に駆けつけることになった。

 ソーカルはその間に王国騎士団に通信を入れ、この付近にも警備兵を配置するよう依頼した。


 聖獣イノケンス・フェラにまたがり、トレフル・ブランとユーリのふたりは町を駆け抜けた。目指すは移動用魔法陣テレポーターが設置されているベレル駅だ。

 白銀の輝きを放つブランカと、黄金のまばゆい毛皮が輝くオリオンは、どちらも暗闇の町中で目立った。特にブランカは、という色が「白き闇の眷属」を連想させるためか、ぎょっとした顔で構える人間が多い。と言っても、すれ違うのは町を巡回する警備兵たちだったから、騒ぎになるようなら後で教官にフォローしてもらおう。

 山犬のような形状の聖獣なので、ハッキリ言って長距離移動にはあまり向かない。背中が大きく上下するので、捕まるのに必死で乗り心地が良くない。

(鞍がないのがやっぱり不便なんだよね。どこか大きな魔法都市にでも行けば、使い勝手のいい呪具を買うなり、キーチェに材料探してもらうなりできるんだけど)

 キーチェの特技は、宝石や貴金属などに細工をすることによる呪具の制作である。名門アウロパディシー家の一員として、幼いころから上質な呪具、洗練された美術品に触れて育った彼女の美意識は、非常に高い。審美眼はもちろん、制作にもすぐれたセンスを示し、トレフル・ブランたちもたびたび世話になっている。

(いちいち第二のポケットセカンドポッケから取り出すのも、いい加減面倒というか、可哀想というか……教官に頼んで召喚魔法の練習させてもらおうかなぁ。でも、そのまえに初級試験か)

 トレフル・ブランがあれこれ考えていると、「ストップ。今は、目の前のことに集中しよう」とユーリから声がかかった。

 トレフル・ブランは苦笑した。

「悪いね。考え出すと、夢中になっちゃうもんでさ」

「普段は構わないと、俺は思うぞ。でも、もうすぐ駅に到着だ」

 ユーリの言葉に前方を見ると、石造りの駅舎が見えてきた。この中心部に、移動用魔法陣テレポーターが設置されている。

 見張りの兵士に声をかけると、ソーカルからの連絡が届いていたらしく、すんなり中に通された。

 ドーム状の建物の中は、高い天井から吊るされたシャンデリアに灯った魔法の灯りにぼんやりと照らし出され、石柱の見事な装飾と相まって幻想的な空間となっている。その中央の床に、幾重にも術式を施された魔法陣が描かれていた。敵の移動を防ぐため、今は機能を停止している。

「キーチェが見たら興奮しそうだね」

 ユーリは言い、オリオンから降りた。

「それには同感だけど、警備の人数が足りてない。ブランカたちにも協力してもらおうか」

 うっすらと雪の積もった駅の前には数人の兵士がいたが、そのほかの場所はほとんど無人だ。時折、二人組の兵士が巡回しているが、仄暗いこの建物の中では簡単に侵入を許してしまうだろう。よほど魔法の感知に優れた人材がいるなら話は別だが。基本的に、国の軍隊に入るのに魔導士資格は必要ないため、中にはまったく魔法の使えない兵士がいてもおかしくないのだ。

 トレフル・ブランは、ブランカとオリオンのふさふさした尻尾の先に、銀と黒い宝玉で作られた指輪のような呪具を取り付けた。二匹を誘導し、駅の奥を指し示す。

「ここからスタートして、円を描くように走って、またこの地点に戻って来て」

 この地点、とトレフル・ブランが示した場所には、ブランカたちが身に着けているのと同じ呪具が置かれている。

 二匹は勢いよく駆け出した。薄暗がりに消えて行くその背を見送る。

「これは、侵入者用の結界かな?」

 ユーリが訊いた。

 トレフル・ブランは頷く。

「そう。侵入者を察知したら、その方角と人数を教えてくれる。ってことで、ユーリもこれを持ってて」

 例の指輪のような呪具をユーリに手渡す。

「俺たちは、ここから動かないほうがいいだろうね。うろうろしてたら、侵入者とすれ違いになっちゃいそうだから」

 もっとも、何事もなく朝が迎えられるに越したことはない。と、面倒ごとが嫌いなトレフル・ブランは心から思っている。

 しばらくすると、ブランカとオリオンが戻ってきた。二匹の通った軌跡と、起点となる呪具が交差したことを確認したトレフル・ブランは、呪具を拾い上げ、それを自分の指にはめた。

 その呪具を撫でながら祈るトレフル・ブラン。

「なんにも起こりませんように!」

 後ろにいたユーリが「無駄な祈りって気がするんだけどなぁ」と呟いているのは、無視することにした。


 二時間ほど経過しただろうか。

 ユーリが「寒い、寒い」とまとわりついてくるのを適当に相手しながら過ごしていると、キィィィィンと耳鳴りのような高い音が、がらんどうとした建物の中に響いた。

 ブランカたちは低く唸り声をあげ、音の方角を睨みつけて牙をむく。

 トレフル・ブランは、青銅の鏡を使って門の警備をしていた兵士に連絡を入れた。すぐに光の狼煙アルメナーラが上がり、教官たちが駆けつけてくれるはずである。それから、銀の万年筆を取り出して、侵入者の方角に向かって術式を書きつけた。その上を通過すると発動する罠を仕掛けておく。

 ユーリは金の礼装剣を取り出した。いつもの回転式拳銃レボルバーは、爆発の威力が大きすぎて使えないからだ。

「前衛は、ユーリに任せるよ」

 ユーリは黙って頷き、ひたと闇の奥を見据えた。


 ほどなくして、カツンカツン……と靴音が響き渡る。

 ふたりの神経に緊張が走った。

 闇の奥から、シャンデリアの灯りの下に抜け出してきたのは、やはりトレフル・ブランが出会ったあの少年――パゴニア王国に復讐する権利を持つと言った、ペルルグランツだった。

 彼はさらさらと揺れ動く銀髪の下で、不機嫌そうに口元を歪めた。その手のひらに、淡くやわらかな光沢を放つビーズのようなものをもてあそんでいる。

「なんだ、またお前なの? 外国人に用はないんだけど」

 トレフル・ブランは、右手にある銀の万年筆の感触を確かめながら言った。

「あいにくと。俺たちは、君のやることを止めなくちゃいけないからね。これも仕事だから、悪く思わないで」

 トレフル・ブランの軽口に、ペルルグランツはカッと両眼を見開いた。

「仕事だと!? そんなつまらないもので、僕の計画を邪魔するなっ!」

 ペルルグランツは、激しく腕を振ってビーズのようなものをあたりにばらまいた。

 それは見る間に形を変え、背の低い犬のような獣になった。犬とハッキリ違うのは、顔に六つの目があることである。赤く血走った眼球が、ぎょろりとトレフル・ブランたちを見渡す。その数、さっと三十匹ほどか。

 グルルルル……と獣の唸り声が満ちる。

 ブランカとオリオンが、ふたりをかばうように前に出た。

「侵入者だと通報があった! こいつが……!?」

 兵士が四人、その場に駆けつけた。憎しみを露わに異形の獣たちを従える少年の圧力に唾をのむ。

(見た目は闇の眷属に近いが、最初に持っていたあれは、たぶん真珠だろう。これほどの数を召喚魔法で呼び出すにはかなりの技術と魔力が必要だ。たぶん、あの犬たちも魔導人形ゴーレムだろうな)

 そのようにトレフル・ブランは見立てた。周囲の兵士たちに聞こえるよう、「戦い方は、今までの白い無法者ヴィート・ギャングと変わらないと思うから、構えて!」と檄を飛ばす。兵士たちは慌てて、腰の剣を抜きはらったり、錫杖のような呪具を取り出したりした。

(うーん、この反応では、戦力としてはあまり期待できないかな)

 トレフル・ブランが対策を考える前に、白い獣たちが地を蹴って襲い掛かってきた。

 ユーリは剣で、兵士たちもそれぞれの獲物で、小さな白い獣の牙を受け止める。

 トレフル・ブランも呪文を唱え、水の塊を叩きつけた。が、今までの雪だるまや雪男と違い、六つ目の白い犬は敏捷だった。ひらりと飛んでかわされる。目の前に迫った牙を、どうにか真鍮しんちゅう製の短剣で受け止めた。

 ブランカたちの援護があるにしても、ひとりあたり五匹と対峙せねばならない。なかなか厳しい戦いになりそうだった。

(こちらは戦力の追加が見込める。教官たちが来るまで、戦況を長引かせる!)

 トレフル・ブランは、握り締めた真鍮に魔力を集中させると、六つ目の白い犬を床に串刺しにした。そこに、追加の術式を展開する。

雷光スパーク!」

 電気を呼び起こす、初級の地火風水を使った魔法である。真鍮の短剣が避雷針の役割を果たし、電流は床につなぎ留められた一匹に集中する。

 バチィッと大きな音を立て、その体ははじけ飛んだ。後には、焦げてひび割れた真珠が残された。

 白き闇の眷属に、純粋な地火風水の魔法は効かない。闇払いの基本である。

「こいつら、真珠を核にした魔導人形ゴーレムだ! 核を壊して!」

 トレフル・ブランの隣で、ブランカが六つ目の白い犬の首をかみ砕いた。コロンと軽い音がして、壊れた真珠が転がる。

 ブランカは、トレフル・ブランが白き闇の眷属をもとに作った聖獣イノケンス・フェラである。眷属の中には、その牙や爪に魔法耐性を持つものが多く、ブランカもその耐性を受け継いでいるようだ。

(この状況で、ラッキーな発見だね)

 トレフル・ブランは、二匹目の六つ目の白い犬も雷光スパークで焼き払った。

 一方で、炎そのものを宿すユーリの剣は、切り裂くだけで敵をほふることができた。ユーリの背後では、オリオンも牙を立てて奮闘している。

 兵士たちは、簡単な魔法ならば使えるようだったが、耐衝撃・耐炎属性を強化された魔導人形ゴーレムを破壊できるほどの使い手はいないようだった。彼らは必死で自分の命を守るために戦っていたが、当面、ひとり一体を引き付けてくれるだけでもありがたいと、トレフル・ブランは思った。援護する余裕がないのだ。

 トレフル・ブランは、六つ目の白い犬が固まっている地点を見定めて、術式を発動させた。

発動オーブ!」

 白い無法者ヴィート・ギャングのために組み立てた術式である。石造りの地面から温水が湧き出し、一定範囲で渦を巻く。六つ目の白い犬は足元から溶け出し、悲鳴じみた叫び声を上げる。

 魔法を発動させる術式というものは、その場で組み立てるのは難しいが、事前に仕込んでおくことは比較的簡単にできる。術式を組み立てて保存し、簡単な一言で発動させる仕組みにしておけば、乱戦の中で長い呪文詠唱をする必要がない。

 この度、雪で作られた魔導人形ゴーレムが建物に侵入したときのことを考慮してトレフル・ブランが生み出したのが、温水の渦という罠だった。

雷光スパーク!」

 半分溶けかけた六つ目の白い犬数匹に対し、電気ショックを与える。雪で出来た体は破壊され、核として使われた真珠が転がった。無傷のものは、剣で叩き割っておく。これで、この真珠を使って再び魔導人形ゴーレムを生み出すことはできない。

 自らの手足となる魔導人形ゴーレムたちが破壊されていくのを見たペルルグランツは歯ぎしりして叫んだ。

「何故だ! 何故邪魔をする、外国人! 僕は騎士団の連中を殺してやりたいんだ。この国の連中に復讐してやりたいんだ。関係ないやつは引っ込んでいろ!」

 ペルルグランツの背後から、吹雪が吹き荒れた。

 トレフル・ブランは吹っ飛ばされ、石材の床に転がる。

 そこへ、一匹の六つ目の白い犬が駆け込んできたので、トレフル・ブランは反射的に片手で顔を覆った。

 銀の万年筆を闇雲に振ったが、目前の危機が回避されたことはすぐに知れた。ブランカが、トレフル・ブランを襲った一匹に噛みついているのが見えた。

 急いで立ち上がり、後ろ手に持った万年筆を使い、呪文を書き始める。

「ねぇ! どうして騎士団の人たちを殺したいなんて思うのさ!」

 完成までの時間稼ぎに、もう少し、ペルルグランツから情報が引き出せればと考えて、トレフル・ブランは言った。

 ペルルグランツは笑った。見るものぞっとさせる暗い笑顔だ。

「騎士団長が、僕を山に捨てて、殺そうとしたからさ」

 ペルルグランツは少しずつこちらへ向かって歩いてくる。いつ、あの吹雪が襲ってきてもいいよう、トレフル・ブランは防御の術式を完成させた。

 逆に少しずつ後退しながら、慎重に言葉を選ぶ。

「騎士団長が、君を殺そうとした? 俺が聞いた話とは、ちょっと違うね」

「何が違う。僕は、病床の両親から確かに聞いたんだ」

 じりじりと後退しながら、「ご両親は、君にどんな風に言ったの?」と尋ねる。

 ペルルグランツは、ポケットから新たな真珠を取り出し、放り投げた。また新たな六つ目の白い犬が生まれる。

(これは、ちょっとまずいな)

 内心、冷や汗をかくトレフル・ブランの前で、ペルルグランツは語った。

「自分たちが死んだら、王宮の騎士団長に連絡を取れと。彼が、万事うまく取り計らってくれるだろうと――贖罪しょくざいのつもりか、くだらないね」

 前後左右から不規則に襲い掛かって来る六つ目の白い犬に対し、全方位防壁ディレクシオン・ミュールを発動させるトレフル・ブラン。しかし、これを使ってしまうとその場から動けないし、魔法の効果は永遠ではない。いつかは崩れ去るだろう。

 話を長引かせようと、トレフル・ブランはさらに声をかけた。

「君は、ご両親の話を素直に受け取るべきだ」

 そして、ペルルグランツがある箇所へ差し掛かるのを待つ。

「なんだと?」

「君がふたたびひとりになったことを知れば、グラヴィティ騎士団長は、君が困ることのないように取り計らってくれただろうさ。だって、君を助けてご両親に預けたのは、ほかならぬ彼自身なんだから」

 ペルルグランツの表情が、激しい感情によって歪んだ。

「嘘だ! お前は、嘘をついている!」

 トレフル・ブランは、苦労して笑顔を作った。

「嘘じゃないさ。騎士団長も、嘘は言ってないと思うよ。あの場で俺たちに嘘をつく理由が、特に見当たらないからね」

 十五年前にあった出来事のすべてを、ペルルグランツは正しく知らなかったのだろう。だが、ここで他人から事実を聞かされたところで、彼の中にある復讐心が揺らぐとも思えない。

 ギリリ……と歯ぎしりの音が聞こえそうに唇を震わせながら、ペルルグランツがこちらへ迫ってきた。彼は、静かに右手を挙げた。

「答えは、騎士団長から直々にきいてやるさ……お前を殺してな! 雪の牢獄ニクスバースチケン

(! こいつ、魔力も大きいおまけに、技のバリエーションも豊富だな)

 トレフル・ブランは、球体の耳飾りの片方を外して前方にかざした。

大いなる光盾グレイス・ルミエール!」

 先生から譲り受けた技で、一方向に対してほとんど完全な防御を示す光の壁をつくる。ペルルグランツが魔法で生み出した、上部から覆いかぶさるように流れる雪崩を、光の壁が食い止める。呪具耳飾りを使って、効果を高めてもいる。こちらの防御力が勝り、雪の奔流は消え失せた。

「!? お前、一体何者だ…!」

 警戒の色を濃くしたペルルグランツに対し、トレフル・ブランはなるべくさりげなく言った。

「俺の名前は、トレフル・ブラン。ちょっぴり偉大な魔法使いの弟子で、二度孤児になった魔導士見習いだよ」


 ユーリは黄金の礼装剣を縦横にふるい、次々と六つ目の白い犬を斬り払っていった。その残骸に向かって、兵士が剣を突き立てる。核となる真珠が割れた。そんな兵士たちの背後を、オリオンが駆け回ってサポートする。役割分担が出来ていた。

 人数が多い分、多くの六つ目の白い犬がユーリたちに飛び掛かって行った。ユーリが時折気づかわし気な視線を寄越すのに気付いてはいたが、ペルルグランツによって分断され、連携は難しい状況だった。

 トレフル・ブランは、開き直る心境になっていた。

「俺は半人前の魔導士だし、まだ成人してもないし、社会的な力なんてこれっぽっちもない。家族も、いない。でも、一人前の魔導士になりたいって、目標だけは持ってる。君は、何を持っているの? 他人に誇れるものは何かあるの?」

「僕には、この国の奴らに制裁を与えてやりたいっていう、復讐心がある!」

 両手を広げて叫ぶペルルグランツ。

 それを見る、トレフル・ブランの瞳に、憐れみの分子が紛れ込んでいることに、彼は気付けただろうか。

「復讐した、その先は?」

「その、先……?」

 ペルルグランツから立ち上る気迫が、一気にしぼんでいく。六つ目の白い犬たちが、戸惑ったような主人のほうをうかがった。

「復讐して、騎士団長を殺して、たとえば王様も殺したとして。その先、君はなにになりたいの? 何を望むの?」

 たとえば、国王になりたいというなら、混乱ののちに国を治めねばならない。騎士団長を殺すのが最終目的なら、人質をとるなりして騎士団長を引っ張り出すのもありだろう。

 ペルルグランツのやっていることは、無秩序で無意味な破壊だ。その先を、何一つ考えていない。幼い子供が、力任せにアリの巣を壊しているようなものだった。

 今や、ペルルグランツの声は震えていた。

「復讐が、復讐が僕の目的だ! やりたいことだ!」

「だから、復讐して、その後は? ご両親のお墓を守って生きるの?」

「……」

 ペルルグランツは頭を抱え込んだ。よろめいた拍子に、片足がトレフル・ブランの罠を踏む。

 かかった! と、トレフル・ブランは、魔法を発動させた。地面に描かれた術式から幾本もの蔦が伸び、ペルルグランツの体に絡みつく。

「君のやりたいこと、王国の人たちの前で話してもらうよ」

「……断る! 氷の刃スティーリア!」

 トレフル・ブランの放った罠を切り離し、ペルルグランツは逃亡した。

 ユーリが最後の一匹を倒し終えたのは、ちょうどこの時だった。

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