episode 6.雪の魔導人形《ゴーレム》軍団

 何度目かの交代ののち、彼らはやってきた。

 その時、外で見張りにあたっていたのは、トレフル・ブランとユーリの組だった。ユーリは回転式拳銃リボルバーを空に向かって撃った。その爆音で、ソーカルとキーチェも小屋から飛び出してくる。

 打合せ通り、トレフル・ブランとキーチェは、雪に魔法陣を描いた。錫杖の柄と他の呪具をあわせて魔法陣を描かねばならないキーチェに対し、トレフル・ブランの銀の万年筆は先生から譲られた“何にでも文字を書ける透明インク”が使える。雪上に魔法陣を完成させるのは、トレフル・ブランのほうが早かった。

剥離ディクリィ!」

 魔法陣はまばゆく発光し、光の道筋が白い無法者ヴィート・ギャングの足元を照らす。これで、彼らの「耐性」、衝撃や火炎魔法に対する耐性ががされた。

「指向性は俺が!まずは陣を完成させて」

「分かっているわ――あと、お願い!」

 キーチェの描いた剥離ディクリィの術式に、白い無法者ヴィート・ギャングを追う指向性を付与し、さらにその力を増幅させる魔法をかけて解き放った。これで、ここにいる全体に耐性の剥奪はくだつ効果が及んでいるはずである。

 すると、前衛組が力を発揮する。

火炎大砲ビッグ・バン!」

 ユーリの火炎魔法が、ゴーレムを爆発して破壊する。ざあぁぁと雪煙が立ち上る。

「……」

 ソーカルは何も言わず、剣、あるいは剣が放つ衝撃波で、白い無法者ヴィート・ギャングたちを蹴散らしていった。

 トレフル・ブランは叫んだ。

「ユーリ、乱発しないで! 探し物ができない。キーチェ、背後は俺が守るから、例のやつを!」

「あ、すまん!」

「今やってますわ」

 それぞれから返答があり、ユーリは火力をおさえて、なるべく地面の雪を吹き飛ばさないように白い無法者ヴィート・ギャングを燃やしていった。キーチェはおそらく、『探知サーチ』と『拡大スコープ』を併用していることだろう。とすれば、かなり集中力を消耗することになる。

 トレフル・ブランはキーチェをカバーできる範囲に身を置き、事前に作っておいた融雪剤を取り出した。見境なくばらまくわけにはいかないが、ピンポイントで白い無法者ヴィート・ギャングを狙うことは可能である。指先で摘まめる程度のルチル型の結晶を、魔力で操った風に乗せて飛ばし、向かって来るものを溶かしていく。

「トレフル・ブラン! 空中に浮かせろ!」

 融雪剤のことだろうと、ソーカルの指示に従い結晶を舞い上げた。冬の白っぽい太陽の光を鈍く反射する結晶は、トレフル・ブランが起こすよりはるかに強力な風に巻き上げられ、より広範囲の白い無法者ヴィート・ギャングに降り注ぐ。

 トレフル・ブランは、半分溶けかけたそれに、銀の剣を突き立てた。むろん、これにも融雪剤が塗布されている。繊細な銀を保護する魔法をかけた上で。雪国ならば使う機会もあろうかと準備していたのだが、予想以上に役立った。

(正直、じかに融雪剤を撒くのはあんまり気が進まないんだけどね)

 土壌にしみこむと、植物の成長に影響を与えるからである。しかし、内海に浮かぶ島々に生える植物だ、きっと丈夫に違いないと信じることにする。

 キーチェの声が上がった。

「西にいますわ!ボタンの付いた雪だるまです――光の狼煙アルメナーラ!」

 対象物の方角へ、オレンジの光が飛んだ。

 すぐさまユーリが反応し、彼の相棒の名を呼ぶ。

「オニオン!追え!」

 ユーリの第二のポケットセカンドポッケから飛び出した見事な褐色の毛皮の巨大なオオカミが、対象を追って雪原を駆ける。地面を蹴るパワーとスピードは圧倒的で、すぐに対象の背後に回り込んだ。

 炎の道で邪魔な雪を排除したユーリは、『動作停止の魔法』をかけた。生物や眷属には効かないが、命令がなければ動けないゴーレムには通じるハズである。

 案の定、対象の雪だるまの動きが止まった。

 これの動きが止まったことで、周囲の軍団の一部も動きを止め、体が崩れ落ち、雪へと返った。それでもまだ動いている軍団の数は多い。

 捕まえたボタン付きの雪だるまは持ち帰って調べるため、『捕縛』と『保存』の魔法もかけておく。相変わらず第二のポケットセカンドポッケを大量に持ち歩いているトレフル・ブランが、その中のひとつにそれを放り込んだ。

 遠くから、魔力を伝ってソーカルの声が飛ぶ。

「まだ終わりじゃねぇぞ! なのを探し出せ!」

 ほかの魔導人形ゴーレムを生産する能力があるのではないか、と推測されている個体のことだ。

 戦闘の真っただ中ではなく後方に隠れているのではないか、というトレフル・ブランの予想に基づき、三人はそれぞれの聖獣イノケンス・フェラにまたがり、隣の島を目指した。鞍がないので乗り心地は悪いが、致し方ない。

 後方に雪煙が上がったので一瞬ひやりとしたが、パゴニア王国の正規軍のようだ。ソーカルと少し距離を置き、白い無法者ヴィート・ギャングを討伐している。ニ~三十人はいるだろう。さすがにものすごい速さで、白い無法者ヴィート・ギャングは数を減らしていく。

 それを横目に見ながら、トレフル・ブランたちは、特別な魔導人形ゴーレムの捜索に散った。


 トレフル・ブランは、獣の背に乗っていくつかの橋を渡り、不自然な魔力的存在を『探知サーチ』し続ける。

 そして、見つけた。

 やや薄汚れた雪の玉がふたつ、上の雪玉には木の実や葉っぱで作った素朴な顔、下の雪玉には洋服用の茶色いボタン、右手の枝に赤い系との手袋……どこからどう見ても、ただの平凡な雪だるまだ。

 トレフル・ブランは、眉をしかめた。

(なんだって、こんなものを破壊の権化にしようと考えたんだろう)

 これを捕縛し『時間の再生魔法リプレイ』を行えば、その背景も見えてくるかもしれない。

 銀の万年筆を掲げ、『剥離ディクリィ』をかけようとしたトレフル・ブランの両脇の雪が、急激に盛り上がった。

「!? 風よ!」

 慌てて術式を中断、巻き起こした風をぶつけて雪を崩し、逃げ道を確保する。雪に押しつぶされる寸前、獣がトレフルの襟首を引っ掴んで駆け抜けた。

「ガルルルル……」

 白い獣は、がっしりとした巨体に変化し、低い威嚇いかくの唸り声を漏らしながら、そちらを睨んでいた。

 トレフル・ブランも、その少年を見つけた。

「……君は、誰?」

 攻撃か拘束か――高速で思考を回転させながら、油断なく銀の万年筆を構えるトレフル・ブラン。

 少年はひたとトレフル・ブランを見据えた。凍てついた深い湖の底を覗き込んでいるかのような、暗い青灰色の瞳には、まぎれもない怒りがちらついていた。

「外国人だね、お前は。何故、外国人が邪魔をする。引っ込んでいろ」

 彼は、左手首につけたブレスレットに触れた。それが淡く発光する。

 魔法の前兆に、トレフル・ブランは身構えた。初見であるから予測はしづらいが、雪を用いた魔法の可能性が高いと考え、防御のための呪文を早口で唱え始める。

「僕が滅ぼしたいのは、このパゴニア王国の人間だけだ――消え去れ!」

 少年の背後に、大きな影が盛り上がった。

 それは、一軒家ほどもあろうかという雪の魔導人形ゴーレム人形だった。顔はなく、ただ口にあたる部分に大きなくぼみがあった。そのくぼみから、声なきうめきが聞こえた気がした。

 影が迫った。ゴーレムが前方に倒れ込んできたのだ。足の間に立つ少年は無事だが、トレフル・ブランはまともにくらう位置だ。

 トレフル・ブランは視線で合図し、白い獣を一旦収納した。そして、唱えていた呪文を解き放つ。

全方位防壁ディレクシオン・ミュール!」

 自分を中心に、全方位に向けて防壁を巡らせる、オリジナルの術式である。移動できないこと、実は地面の下までカバーできていないことが弱点ではあるのだが、雪の重みだけならば耐えられるはずである。

 ズドンと重量感のある響きと雪煙が舞い上がった。

 雪の塊に閉じ込められたトレフル・ブランだったが、事前にに転がしておいた万年筆で、雪に共通語の問いかけをつづった。

『君は、誰なの?』

 少年は冷たい目でそれを一瞥し、「しぶといやヤツ」と呟いたが、不意に狂ったような、苦しみを堪えるようなような冷たい笑い声をあげた。

 雪の中でそれを聞いていたトレフル・ブランはぞっと身震いした。

(ユーリ、キーチェ、教官! 誰か、はやく来て……!)

 祈るような気持ちとは、こういうものを言うのか。

 雪の壁の外から、少年の哄笑は続く。

「ハハハハ、ウフハハハハッ! いいだろう、いずれ名乗りを上げなくてはいけないんだ。邪魔者の外国人に一番に教えてやる、ありがたく思え。僕の名は、ペルルグランツ。この国に復讐する権利を持つ者だ。騎士団長と、国王にそう伝えろ」

 そうして、高笑いを響かせて彼は去って行った。

 うずたかい雪の塊の中でじっとうずくまりながら、トレフル・ブランはその言葉の意味を考えていた。

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