episode 4. 白い無法者《ヴィート・ギャング》の奥底にうごめくもの

 翌日の午後には、王都の魔導士協会からの鑑定結果が届いた。

「やはり、魔導人形ゴーレムか……」

 ソーカルはつぶやき、ライターの炎の中にゆらめく鑑定結果をじっくり眺める。

 イオディスが宿舎まで来られないということで、魔法通信連絡網(通称、高速通信ファルコ)を使って王宮から情報を送ってくれたのだ。

 割り当てられた宿舎は、なかなか快適な観光客用のホテルで、トレフル・ブランたち四人は、昼食を済ませた後、ラウンジに集まって情報の検証を行っていた。


「さて、次はどう動くかな」

 ソーカルのセリフには主語が抜けていたが、「我々はどう動くべきか」という意味だとトレフル・ブランは解釈した。

「そうですね、とりあえず小論文を仕上げて、試験の課題『濾過ろか結晶』の製作に入るべきですね。三人とも、製作の課題内容はバラバラだから、早めに目途をつけないと」

 よどみなく答えたトレフル・ブランに、「お前らの試験の話じゃねーからな、これ」とソーカルが呆れてため息をもらしている。

 トレフル・ブランは肩を竦めた。

「冗談ですよ。とりあえず、さっきの情報と、昨日イオディスさんからもらってた襲撃地点をマークした地図、俺たちにももらえませんか?」

「お前が言うと、まったく冗談に聞こえねぇんだがな。おい、お前ら。呪具出せ」

 三人はそれぞれ鏡を取り出し、ソーカルから情報を受け取った。そして、鏡面を熱心に覗き込む。

 その様子を見ながら、「そういえば気になってたんだが」とソーカルが切り出した。

「トレフル・ブラン。お前、あの白い眷属、どうやって亜生物にんだ?」

 トレフル・ブランは瞬きした。あの時はかれなかったが、なるほど、疑問には思っていたらしい。


 魔法騎士アーテル・ウォーリアの中には、白き闇の眷属を無力化できる者がいるが、これを人間の役に立つ亜生物――魔獣としての側面と生物としての側面を併せ持つ魔性の生き物――として再生する、難解な術式がある。そうして生み出された亜生物をを聖獣イノケンス・フェラと呼ぶが、これを作り出せる魔導士はとても希少な存在で、おそらくこの技術だけで一生暮らしていけるだけの財を築くことができるだろう。

 つまり、一介の見習い魔導士が使うには分不相応に高度な魔法だったのだ。


「これを使ったんですよ」

 トレフル・ブランは、第二のポケットセカンドポッケから、美しく輝く小さな玉を取り出し、いくつかテーブルの上に並べていった。転がって落ちそうになったものを慌てて受け止めると、キーチェが白いハンカチを敷いてくれる。

「なんてキレイな宝石の魔除けアミュレットですこと。素材の良さに加え、素晴らしい加工技術ですわ!」

「まぁ作ったのは俺じゃなく、先生だけどね」

 宝石の中に術式を封印した特別な呪具で、先生は『生命いのちの核』と呼んでいた。

 トレフル・ブランが頷いたので、ソーカルもひとつ手に取った。そして、驚愕のあまり低い唸り声をもらす。

「これは……ホルスごときじゃ解明できない、超複雑な術式が織り込んであるぞ。見たこともない呪文も刻まれてるし、この魔法陣、いったい何層あるんだ!?」

「たしか十三層って言ってましたね。眷属を亜生物に加工する専用の超ハイパー高性能な呪具だから、扱いには注意しろって渡されました」

 一同が唖然として、トレフル・ブランを……その背後に存在する「先生」を見つめる。

 いち早く立ち直ったのは、やはりソーカルだった。

「そりゃまぁ……『名前のない魔法使い』と言えば、上級を超える、ほとんど伝説の魔導士だかんな。こんなスゲェもんでも、簡単に作れるってか? つか、よく気軽に使ったな、こんなもん」

 見習い魔導士の面接試験の際、中級以上の魔導士からの推薦状が必要なのだが、『名前のない魔法使い』の名が出たときは場が騒然としたものである。トレフル・ブランはその時まで、自分の師匠がそれほど偉大な魔導士だとは知らなかった。そして知った今でも、先生は、ただの変わった魔導士だと思っている。

「確かにすごい呪具なんでしょうけど、しょせん先生の作品です。いわく、個性豊かな核にしておいたからハズレを引かないよう注意してね、だそうです。どれだけ調べても、どれがハズレか分からなかったんで、ほぼ直感でそれぞれと相性の良さそうな宝石の核を選んで作りました。というわけで、みんな、調教頑張ってね」

 ユーリがギョッと顔を上げる。

「えっ。これ、俺たちが育てるの? っていうか、くれるの? 立派な聖獣イノケンス・フェラだよね!?」

「あーうん、まぁ一応そうなんだろうけどさ」

 性格が悪いのもまじってそうだから素直に聖獣イノケンス・フェラと呼ぶのは抵抗があるんだよね、とトレフル・ブランが呟くと、場に沈黙が下りた。

 ソーカルが頭を抱える。

「……上への報告、どうすっかなぁ」

(中間管理職の苦悩っていうやつか)

 トレフル・ブランは他人事ひとごとのように哀れんだ。自分が元凶だということは忘れることにして。

 ソーカルはどんよりと疲れた仕草で煙草を取り出した。

 キーチェが、ものすごく気づかわしげに声をかけた。

「あの、お察ししますが、お煙草の本数が増えたんじゃありません? 少し、控えるのがよろしいと思いますわ」

「あぁ、気持ちだけ受け取っとくよ……」

 ユーリがトントンと、トレフル・ブランの方を指でつついた。

「トレフル・ブラン。聖獣イノケンス・フェラまで作れちゃうんだから、ひとまず魔導士試験の心配はしなくていいだろ? もともとあの魔導人形ゴーレムをどうしようかって話だったんだから、なんかアイデア出してよ」

 ユーリに言われ、トレフル・ブランは肩を竦めた。

 べつにもともと、自分の試験の心配などしていない。薬草音痴の熱血漢だの、実家から縁を切られた家無し女魔導士だのがパーティにいるものだから、気をもんでいただけのことだ。

「たとえパンツ一丁でも戦える、一人前の魔法使いになりなさい」

 という先生のありがたい教えにより、魔法騎士アーテル・ウォーリアとしてのトレフル・ブランの技量は、初級の域を余裕で超えていた。

 なお、魔導士協会認定が定義する上級・中級・初級という階級の中で、初級の魔導士は約六割。初級の壁を超えられるかどうかが、魔導士としてひとつのボーダーラインなのである。


 トレフル・ブランは、パン!と手の平を叩いた。

「じゃ、あの犬っころたちに関しては、引き続き経過観察するとして。本題の、白い無法者ヴィート・ギャングについての対策にうつりましょうか」

 キーチェとユーリが顔を見合わせた。

「なんだか、本題の前にじゅうぶん疲れた気がしますわ」

「そうだね、追加で甘い飲み物でも注文しようか」

 ユーリが店員を呼ぶ横で、ソーカルはぐったりと次の煙草に火を点けた。


* * * * *


 夕刻。作戦室として借り受けたホテルの一室に、近衛騎士団イオディス・トーレと二名の部下を迎え、改めて作戦会議が行われた。

 白い壁に、襲撃地点の地図が投影されている。地形上の赤い印が、襲撃のあった地点を示す。山間部に点在していたそれは、明らかに王都への道を辿って集約しつつある。

「というわけでだ。襲撃地点を絞って、待ち受ける」

 と、ソーカルが結論付けた。

 イオディスも頷く。

「えぇ、それがよろしいかと。後手に回るばかりでは被害が拡大する一方です。あなたがたのおかげで、あれが魔導人形ゴーレムであることも判明しましたから、騎士団のほうでも打つ手はありますわ」

 ソーカルは地図上のいくつかの地点に、点滅する光を放って、新たに印をつけた。

「俺たちが推測した、敵の狙いは二つ。最終的には王都を襲撃するとして、その途中段階の狙いは、ひとつ、この国の人々を混乱に陥れる。ふたつ、交通の要所を落として対応を遅らせる」

 これまで襲われた町でも、建物と同時に移動用魔法陣テレポーター転送用魔法陣トランジスタが破壊されていた。ゆえに現在、人や物資の輸送に支障を来たしている。ソーカルが光点で示したのは、特に移動用魔法陣テレポーターが設置されている町である。

「おそらく、これらの町は敵のターゲットに含まれているだろう。で、俺たちの班だが、ここ、シンセンスディート橋で待機しようと思う」

 イオディスは白い指をあごに当て、数秒の思考ののち「騎士団の精鋭も派遣いたします」と申し出た。

「おっしゃるとおり、ここは我らがパゴニア王国の交通の要衝。ここを寸断されれば、市民の生活に、大きな混乱をもたらすことになるでしょう」


 パゴニア王国は、南北に長い国だ。東は他国との国境に接した森林地帯、西は複雑な地形を持つ海岸線が続く。国の形は瓢箪ひょうたんに似ていて、そのくびれの部分にあたる内海には島嶼とうしょ群が存在し、いくつもの橋・船・移動用魔法陣テレポーター転送用魔法陣トランジスタが設置され、人的・物的資源が行きかう要衝であると同時に、王国きっての観光名所でもある。短い夏には、弧を描いて伸びるいくつもの橋の優雅さと、島の緑と青い海が、観光客の目を楽しませる。まさに、パゴニア王国を象徴する地域なのだ。

 その中で、最も古く、最も有名な橋がシンセンスディート橋である。


 イオディスの部下の一人が、席を立った。すぐさま、騎士団の派遣を要請するとのことだ。

 ソーカルは、ひとつだけ注文をつけた。

「ここはパゴニア王国で、その騎士団のやることに口を出す権利は、俺たちにはない。同様に、俺たちには俺たちのやり方がある。いざ戦いになったら、こちらに介入しないでほしい。こう見えて、俺たちは専門家だ」

 ここで言葉を区切って、彼はほろ苦い笑いを浮かべた。

「もとは、ひとり気ままな荒くれ旅を気取ってたんだが、最近、いっぺんに三人の子持ちになっちまった。その責任もあるんでな。まぁ、そういうことだから、やり方は任せてくれや」

 荒っぽい言葉遣いの中に、普段はどこかにしまいこんでいるであろう、彼の情の深さが見え隠れする。

 こういうとき、トレフル・ブランはつい彼をからかいたくなってしまうのだ。

「どこの女に手を出して、三人も子どもを作ったんですか?」

 と、まぜかえされ、「……あああぁ、とんでもないガキ作っちまったよ」と消沈するソーカル。こらえきれず、キーチェがくすくすと声を立てて笑い、ユーリも腹筋を押さえてあらぬ方を見やった。トレフル・ブランも満足げに息をつく。


 イオディスは不思議そうに、「トレフルくん、だったかしら?」と声をかけてきた。

「トレフル・ブランです。略称も愛称もありませんので、そう呼んでください」

 トレフル・ブランは、強く訂正した。彼の名は、姓名ではない。あくまで名前である。省略せず、正しい名前で呼ばれたかった。

 彼は、二度孤児になった。最初は孤児院の前に捨てられそのまま孤児院で育ち、養子として引き取られたのち名前が変わり、その後また捨てられて、その名前を奪われた。新しい孤児院には少ししかいなかったので、なんと呼ばれていたのかは覚えていない。しかしこれ以上、ころころ名前が変わるのは嫌だった。トレフル・ブラン――先生のつけてくれた名前。これひとつだけ、あればそれでいいのだ。

 ごめんなさいね、とイオディスは訂正し、話を続けた。

「あなたたちは、先日も戦いの現場に身を投じていたけれど、まだ見習いの途中でしょう? 前線ではなく、避難所の運営とか、有意義な仕事はたくさんありますわ。そちらを手伝っていただくのはどうかしら?」

 子どもを前線に出すのは危険だ――と、彼女なりに気遣ってくれたのか。あるいは、王国の配慮なのかもしれない。

 ユーリとキーチェは黙っていた。決定を、トレフル・ブランに委ねるつもりのようだ。同様にソーカルも、煙草をふかしてそっぽを向くことで、こちらに判断を任せる意志を示していた。

「いえ、俺たちは前線で戦うことを望んでいます。全員、魔法騎士アーテル・ウォーリアを志望して修行を積んでいます、ご迷惑はおかけしません」

「そう、そういうことなら。でも、くれぐれもお気をつけになってね」

 トレフル・ブランはほっとした。

(よかった。避難所で勤務になったら、とても試験勉強なんてしていられない)

 というのが本音だったが、それはひた隠しにして、忠告を真摯に受け止めている風を装った。そして、こちらも気になっていたことを尋ねてみる。

「ところで、派遣を要請した騎士団の精鋭っていうのは?」

 イオディスは微笑んだ。美しく誇らしげな笑みだった。

「我が国の騎士団長トォオーノ・グラヴィティ率いる、最精鋭部隊ですわ」


* * * * *


「騎士団長自らお出ましとは、パゴニア王国もいよいよ本気だな」

 ソーカルはつぶやき、イオディスから譲り受けたシンセンスディート橋の資料と、周辺地形を壁に投影して眺めていた。

 キーチェは、呪具の手入れをしていた。海に囲まれた島々、つまり水の多い土地ということは、キーチェにとって戦いやすい地形である。準備に余念がない。

 ソーカルの背後に立って地図を眺めていたユーリが、ふと思いついた様子で声をあげた。

「これだけのことをする、動機はなんだろう?」

 トレフル・ブランとキーチェは顔を見合わせた。言われてみればそうだ。人々の命と生活を脅かし、一国を奮起させるその理由とは、一体なんだろうか。

 ふぅ、とソーカルが煙を吐き出した。

「憎悪、だろうよ。今回の件は、世界が生み出した白い闇の仕業じゃない。この世界に生きる人間の心の闇が生み出した、強い憎悪が根底にただよっている」

 煙はゆらゆら揺らめき、天井に届くまえに香りだけ残して立ち消えていった。

「どうして、そう思うんですか?」

 ユーリの真っすぐな視線を、ソーカルは受け止めようとしなかった。

「いずれ、お前たちも感じるようになるさ」

 トレフル・ブランたち三人は顔を見合わせたが、だれも続く言葉を探すことはできなかった。

 鼻腔をくすぐる煙草の香りが、わずかに苦く感じる。

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