第18話 明治の過去 (後半)
明治の自殺を止めたちよ子は、明治を自身の下宿先へ連れて行った。
坂部ちよ子の第一印象は馬鹿なお人好し。拳銃を握りしめた血だらけの男がいたら普通警察に通報するだろう。しかしちよ子は明治に食事を与え、春までなら泊まっていいと言い始めた。おかしな女だ。ちよ子の笑顔を見ると明治の心は次第に温かくなっていった。
ちよ子は自殺をしようとした理由を深く聞いてこなかった。素性も聞かなかった。ただ側にいてくれた。この
ちよ子はほんわかとしながらも、また自殺をしないか明治を見ていた。見ず知らずの赤の他人が死のうがどうでもよくないか? そんなに自殺は駄目? 死ねば全ての苦しみから解放される。正直放っておいてほしい。
しかしながら明治にも分かっていた。健介も明治の死なぞ望まないことに。健介は最期まで花と明治を守ろうとして死んだ。健介に守られた命、大切にしなければいけない。
これからどう生きていけば良いのか。生きる楽しみなど見つからない。いつまでもちよ子の家にいる事はできない。KIRAに見つかる前に去らなければ。
別れを告げると、ちよ子はタイムカプセルを埋めようと提案した。将来の夢とお互いへの手紙を書いて、十年後の十月十日に二人でタイムカプセルを掘り出す約束。
絶望の中忘れていたが明治にも将来の夢はあった。そしてちよ子と十年後に会う約束。生きる目的ができた。暗闇にわずかに光が差した気がした。
十年後の君はどんな人間になっているのだろうか。
* * *
明治はちよ子と別れ、所属するSSボディーガード協会を抜けて、アメリカの大学へ進学した。在学中、民間軍事会社でアルバイトをしている時に三井祥二に出会う。祥二と共に働きながらどこかで見た顔だなと思っていると、彼は大学も同じだった。その後、明治はFBI捜査官になった。社会人になってからもKIRAのこと健介のことを忘れることはなかった。ただFBI捜査官として仕事中、色んな人の痛みに触れ、辛いのは自分だけではないと学んだ。仕事は大変だが充実した生活を送れるようになり、今はもう自殺しようなんて思ってはいない。
十年後の約束の日が近付く。明治は待ち合わせ場所と日時を記入した紙を大事に保管していた。FBI捜査官になるという『将来の夢』は叶えることが出来た。一人前ではないけど毎日懸命に働いている。今の自分を見てもらいたいという気持ちと、ちよ子に見せる顔がない気持ちが入り混じる。
数日間の休暇を取って東京に来た。約束場所へ行く前に明治はSSボディーガード協会の情報網でちよ子に関して調べた。現在のちよ子は東京で一人暮らしをしている会社員だった。
十月十日十時、約束の時間。
待ち合わせ場所である堤防近くの公園に行くと、坂部ちよ子がベンチに座っていた。ちよ子は昔と変わらない優しい顔立ちで綺麗だった。心臓がどきどき脈打つ。約束を覚えていてくれた事が嬉しい。
ただ足はそれ以上前へ進めなかった。十年間必死で勉強し懸命に生きてきたけど今の自分に自信があるわけではない。がっかりしないかと不安になった。明治は後退して、少し離れた漁業組合の建物の壁にもたれた。
しばらく経ってもちよ子は公園のベンチに座っていた。何を喋れば良いか分からないけれどもう観念してちよ子の元に行くか。そう思って明治は気付いた。何者かが明治を監視してる事に。明治は公園を背にして駅に向かい歩き始めた。明治は八木とは別のもう一人の世話係、田中に電話をする。
「明治様、ちよ子さんに会えましたか〜?」
いつも通り空気を読まないほんわかとした口調。
「SSボディーガード協会に裏切り者がいる」
その後、危惧していた事が起きた。社内の裏切り者は田中達が捕まえたが、ちよ子が明治にとって特別な人間だとKIRAにバレてしまった。ちよ子の周囲にKIRAの構成員が集まり始める。
明治は日本から国際犯罪情報を送る代わりにFBIより半年日本に留まる許可を得た。また一度辞めたSSボディーガード協会に再度所属してちよ子を警護していたが、犯罪組織KIRAのトップである吉良吉良之助の息子、吉良光之助がニッコリ電気株式会社に入社してまた状況が変わった。明治もニッコリ電気株式会社へ潜入し、ちよ子を守る事になったのである。
初めは少しだけちよ子の顔を見て帰国するつもりだった。
ニッコリ電気に入社してからも、接点を持つつもりは無くて、ただ陰から守るだけのつもりだった。
「菅原さん」
デスクワークをしていてふと顔を上げると坂部ちよ子が隣に立っていた。
「は、はい!」
初めて名前を呼ばれた。と言うか十年ぶりの対面である。明治は顔を真っ赤にして返事をした。
「これ、記入漏れです。ここにも内容を記載して下さい」
「す、すみません」
「いえいえ」
ちよ子がにこりと笑った。十年前と変わらない、いやさらに素敵で可愛らしい女性になっていた。ちよ子を好きになるのに時間はかからなかった。
ちよ子ちゃんの事が大好きだ。
自分といると危険な目に合わせてしまうので、一緒にいてはいけないのに、ちよ子ちゃんの側にいたいと思う自分がいる。
危険な目に合わせてしまう可能性がある事は、FBIの仕事をしているアメリカに戻っても同じ。本当は半年と言わずずっと一緒にいたいが、いつまでも側にいてはいけない。ちよ子ちゃんは普通の女の子だから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます