第24話 ちよ子のどきどき一人旅
ちよ子は明治と別れて二ヶ月後に沖縄に移動していた。
ゲストハウスに泊まりながら新しい家と仕事を見つけるつもりだ。
ちよ子はこの二ヶ月間、バタバタと後輩へ仕事の引き継ぎ作業を行い、先日ニッコリ電気を退職した。貯蓄は頑張っていたので少しくらいゆっくり過ごしてもいいのだけれど、ぼーっとしてると明治の事を思い出してしまうので、不動産屋に行ったりハローワークに行ったり一日中慌ただしく過ごしていた。
夕方にはゲストハウスに戻り、蒸し暑くて汗をかいたのでシャワーを浴びて、誰もいない談話室のソファーに座った。
明治と別れた数日後、たまたま見たテレビのニュースで犯罪組織KIRAの代表、吉良吉良之助とその後継者でちよ子の元上司の吉良光之助が逮捕された事を知った。明治の事が気になったが、明治はテレビ画面には映らなかった。
もう本当に前を向いて過ごさなければいけない。元々は一人で生きていたんだから。また以前のように一人で暮らしていくだけ。ちよ子はコンビニで買った弁当を机の上に置き、チューハイをプシュッと音を立てて開けてひと飲みした。
「いや〜、沖縄良いですねぇ。もうソーキそば食べました?」
聞き覚えのある声に振り向くと、スーツ姿にいつも通りの黒いサングラス姿の田中が立っていた。驚き過ぎてちよ子は口に含んだチューハイを吹き出しそうになった。
「た、田中さん!?」
「三日ぶりですね」
田中はちよ子が東京を離れる際、空港まで見送りしてくれたのだった。
「いやぁ、沖縄暑いですね。かりゆしウェア買おうかな♪」
「ど、どど、どうしました? こんな所にまで……」
「
「え!? あ! おめでとうございます!」
「ありがとうございます。それでですね、とても忙しいんですよ。妻には敵いませんが」
「そうなのですね」
「で、ですね、とても海外に行ってる暇なんてなくてですね」
「はぁ」
「明治様アメリカに戻っちゃいましたけど、お土産を渡し忘れたので渡しに行って貰えませんか?」
「はい!?」
田中が言うには、どうしても東京土産のお菓子『麻布ばな奈』を渡して欲しいとの事だった。めちゃくちゃ美味しいから、アメリカでは食べられないから、と力説される。明治はアメリカで元気に過ごしているそうだ。
「行けません。私、振られちゃったので……」
「大丈夫、明治様喜びますよ☆ パスポートはありますか?」
「ありますけど……」
田中は、「見せて下さい」と手を前に差し出す。そして自身のラップトップを談話室の机の上へ置く。
「い、嫌です……」
「麻布ばな奈どうするんですか! 賞味期限切れてしまいますよ!」
田中は黄色い紙袋に入った麻布ばな奈を三箱見せた。もう買ってあるのか、とちよ子は驚愕する。
「秘書の方、エリザベスさんにお願いすれば良いんじゃないですか!? 私、英語話せませんし!」
「僕、あの方、苦手なんです……」
「…………。私本当にツアーでもない海外旅行なんて一人で出来ませんよ……」
「あー、早く東京戻って産まれてきた娘に会いたいなぁ」
「…………」
* * *
「成田空港発、サンフランシスコ行きのチケット予約しました☆ 一週間後に出発です☆」
田中はキーボードをポチッと押し、満面の笑みをちよ子へ向けた。
「……本当に取ってしまったのですね……」
「勿論ですよ! ちよ子さんがサンフランシスコで道に迷わないように、空港から明治様の職場までの行き方、後でメールしますね!」
「……え? 明治くんの職場?」
「えぇ、明治様の自宅の住所も渡しますけど、いつ帰るか分かりませんし、職場の方が確実でしょう?」
「いやいやいや」
「かと言って、お土産持っていくと言ったら断られるでしょうから、約束取り付けられませんし」
「えぇ、そうですよね! 持って行かなくて良いんじゃありませんか?」
「ホテル、市街地の綺麗な所に予約しておきましたので安心して下さい。サンフランシスコ空港から市街地まで三十分程度ですし、明治様の職場も市街地にありますから移動は簡単ですよ」
「聞いてないですね……」
「ハハハハハ!」
* * *
一週間後、ちよ子と田中は成田空港にいた。田中から『麻布ばな奈』三箱の追加で沖縄の『御菓子城 紅いもタルト』と、産まれたばかりの娘さんの写真を渡されて、既にパンパンのスーツケースへ詰める。
田中に見送られ国際線の出発口へ入る。
田中は押しが強い。決して悪い人ではないのだが。とにかく敵わない。そしてちよ子は気付いた。明治と田中はどこか似ていると。
午後五時、深く溜息をつきながら機内に一人乗り込む。この一週間、アメリカへの準備でバタバタしていて、とりあえずで購入したサンフランシスコ観光雑誌には全く手をつけられなかった。サンフランシスコまで片道十時間。やっと観光雑誌を読める時間が出来たが、田中から請け負ったミッションだけが頭の中を占め、とても観光を考える気分にはなれなかった。
田中からはアメリカでの滞在に必要な情報はメールで全て貰っていた。ただし英語が多く、理解するのに時間がかかった。そして田中からのメールを何度も眺めていて昨日ふと気付いた事があった。明治の職場は、Federal Bureau of Investigation。それがドラマや映画で名前だけはよく聞くFBIであるという事に。仕事内容はよく分からないが、あまり人に言うような職業ではないようだった。だから素性をあまり教えてくれなかったの? と思いながらも、教えなかったと言うことはそれだけちよ子自身が大事に思われてなかったと言うことで、やはりちよ子の胸は痛くなるのであった。
八月、午前十一時、サンフランシスコ空港へ到着。
ちよ子は水色のシャツワンピースを着て、片手には大きなスーツケースを握りしめている。
はじめての海外一人旅に戸惑いながらも、ちよ子は田中のメールを確認しながらタクシーに乗った。行き先はFBI。運転手は一瞬ちよ子の顔を確認したので、犯罪者だと思われたかもしれないとちよ子は思った。
空港から市内までは車で三十分。片道四十ドル程度。ちゃんと目的地まで連れて行ってくれるか、高額料金を請求されないかとドキドキした。タクシーが高速道路を走り、どんどんと高層ビルが並んでいる街の中心部へ向かっていく。目的地に到着した頃にはちよ子は緊張して既にへろへろだったが、先にネット上のマップで確認していた通りの場所、FBIの建物の目の前に到着した。
デパートや高級ブランドショップなどが並ぶ大都会の一角にある大きくて立派な建物。
……本当にここに明治くんはいるのだろうか。交番ではなく?
……仕事中に会いに来るって、相当痛い女だ。
……この建物の中に入れば明治くんに会えるの?
……会えなかったらそのまま田中さんに報告して、あとの数日間は観光しよう。
ちよ子は茫然と建物の前で固まり、足を前へ踏み出す事が出来なくなった。
……既に振られているのにどんな顔をして会えばいいのか。
街を歩いている人々がジロジロとちよ子を見ている気がした。FBIの真正面で立ち竦んでいたら出頭前の犯罪者と思われてもおかしくない。
すると誰かに「Hi」と力強く肩を叩かれた。
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