第23話 光之助と対決

 明治と別れたその夜、ちよ子は一人、自身の部屋で枕を涙で濡らして横たわっていた。

 明かりをつけていない真っ暗な部屋にインターホンが鳴る。

 ちよ子は「もしかして」と思いインターホンの画面を覗くと田中が映っていた。


「ちよ子さん、大丈夫ですか……?」


 玄関の扉を開けると、田中が心配するような表情で立っていた。


「は、はい……」


 そう言いながら、ちよ子は暗く俯いた。目に涙が滲む。

 明治と過ごした日々、明治の笑顔を思い出す。


「これ、ケーキです。良かったら食べて下さいね」


「あ、ありがとうございます……」


「良かったら、下のスポーツバーでうちの同僚達とサッカー観戦しませんか?」


「いえ……、今日はそんな気分にならなくて。すみません……」


「そうですか、明治様はちよ子さんの幸せを一番に思ってますからね。どうか元気になって下さいね」


 それはない、とちよ子は思った。

 ちよ子にとって一番の幸せは、明治が自分の側にいてくれる事だった。しかし明治にとってちよ子はただの『護衛対象者』だった。十年ぶりに海の見える公園で明治と再び出会い、それがきっかけで犯罪組織KIRAに狙われる事になったから、責任を感じてちよ子の側に居たに過ぎなかったのだ。


 ちよ子は、田中の心配に「ありがとうございます……」と返すだけで精一杯だった。



 ◇ ◇ ◇


 東京郊外、学校ほどの大きさの白い建物と、トタン屋根の工場、倉庫が並んでいる場所に明治が歩いていた。明治は黒いTシャツ、カーゴパンツ、ブーツ姿である。

 建物全体に囲うように塀があり、防犯カメラも一定の距離毎に取り付けられている。漂う物々しい雰囲気は一般の建物ではないことが分かる。


 いつのまにか角度を変えられた防犯カメラの隣で、明治は二メートル程の高さの塀をひらりと乗り越えた。物音を立てずに静かに白い建物へ近付く。


 白い建物の玄関には、二人の構成員が見張り番として立っている。明治は持ち前の体術で瞬時に二人の構成員の首に打撃を与え失神させた。構成員を物陰へ移動させ拳銃を奪う。そして顔色を変えることなく、ゆっくりと建物内へと入った。


 場所は変わったがKIRA本部へ乗り込むのは十年ぶりだ。

 大切な友人、八木やぎ健介けんすけと健介の婚約者の河合かわいはなを殺された怒りと悲しみを思い出す。十年前に一度 KIRAは縮小したものの、また勢力を拡大させた。そして今度はちよ子まで狙うなんて。


 この半年間、ちよ子のお陰でKIRAの犯罪の証拠はかなり集まった。集まった証拠は警察へ提出済みだ。


 建物内へと侵入すると、KIRAの構成員が電話をしたりタバコをふかして雑談をしている。それには目をくれず目当ての吉良光之助を探す。


 進行方向にスーツを来た細い構成員。長髪をなびかせながら緊張感なく歩いてくる。素早く男に忍び寄り背後から男の後頭部に拳銃を突き付けると、男は「ぐっ」と声を漏らした。


「光之助の場所を教えろ」


「!? し、知らない」


 そのまま首に打撃を与え失神させた。明治は建物の見取り図を既に頭に入れている。途中何人かの構成員を倒して二階奥の部屋へとたどり着いた。そこで突然非常ベルが鳴る。侵入が気付かれたのだろう。奥の部屋へと入るとスーツを着た複数の中年男達がいた。おそらく幹部。


 男達が反応するよりも先に、明治は顎、首、みぞおちへ攻撃。幹部の一人が発砲、明治はその幹部の腕を蹴り、拳銃を奪い取る。


 部屋にいた男六人全てを倒した。明治はそのうちの一人、口から血を出して倒れている幹部の男の髪を掴み上げた。


「光之助は?」


「知らない……」


 そう言って男が目を動かした先には扉。明治は男の頭を床へ叩きつけて扉の先に向かった。


 扉を開けると執務室。革張りの黒いソファーとローテーブルが置かれた部屋の奥、デスクを挟んで一人用の黒い肘掛け椅子に吉良光之助が座っていた。


 光之助は机の上に両肘をついて口元で手を組み、明治を鋭い目で睨んでいる。そしてゆっくりと立ち上がり机の前へ移動しながら言った。


「君……、よく暴れ回ってくれたね。招いたつもりはないのですが。生きて帰れるとでも?」


「…………」


「君が来てくれて嬉しいですよ。君には積もり積もった恨みがありますから」


「は?」


「父の顔に傷をつけて父の右腕だった者も逮捕されました。父は君の死を望んでいます」


 光之助は拳銃を懐から取り出した。


「……お前の父親、吉良之助の自宅には今頃警察官が乗り込んでいるよ。殺人および殺人未遂容疑。こちらにももうすぐ乗り込んでくる。証拠は警察へ提出済み」


「そうか、なら何でお前はここにいる?」


「怨恨」


「違うな。証拠が握りつぶされたからだ。警察の中には融通の利く人間がいてね」


「……お前も吉良之助も刑務所に入ってもらう」


「ふん」


 光之助が明治へ向けて突如発砲。その後明治も拳銃を抜いた。広い執務室に銃声が響く。お互いに家具で銃弾を防ぎなおも発砲を続ける。光之助が机から顔を出した瞬間、明治が正面から飛んで蹴りをくらわせた。光之助の弾が明治の腹をかする。腹から血が飛び散りながらも光之助に覆い被さり顔面を殴る。


 光之助の銃口が明治の顔面を捉え発砲。が間一髪、明治は弾を避けて、光之助の腕を捻り上げ拳銃を奪って遠くへ投げ捨てた。光之助が再び拳銃を得ようと体をよじるが、明治は光之助に覆い被さったまま自身の拳銃を光之助の眉間へあてた。


 光之助は一瞬怯えたような表情を浮かべつつも、口角を上げて笑った。


「お前は人を殺せない」


「……そうかな」


 小さく呟いて明治はパンッパンッパンッパンッと四発拳銃を発砲した。その全てが光之助の頭部周辺の床へ的中した。


 そして再度明治が光之助の眉間にグリっと強く拳銃を突きつけた。


「……俺はお前達のようにはならない。だけどもし今後、俺の大切な人達に危害を加えるようなら、お前を殺して俺も地獄に落ちる」



 窓の外からパトカーのサイレン音が聞こえる。

 廊下を駆ける一人の足音。執務室の扉が勢いよく開かれる。


「警察だ! 吉良光之助を逮捕する!」


 そう叫んだのは拳銃を構えたスーツ姿の三井祥二。祥二はすぐに光之助に覆い被さっている明治の元に駆け寄り、光之助の手首に手錠をはめた。光之助が苦い顔をする隣で祥二が明治に向けて言った。


「後は任せろ。もうすぐ警察が押し寄せてくる。お前は帰れ」


「……見逃すの?」と明治が尻を床につけたまま言った。


「貸しだ」


「わぁ、怖い」


 さらにパトカーのサイレンが鳴り、KIRAの事務所を多くのパトカーと警察官で固められた。大勢の警察官達が乗り込んだ時には既に明治は姿を消していた。

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