第19話 手を繋ぐ
「ちよ子ちゃんの言う通り、昔俺とちよ子ちゃんは会ってるよ」
京都駅の乗車口で明治が明かした。
「十年前に俺を助けたでしょ。受験生の頃、正体不明の男を家に泊めてたでしょ。あれ、俺……。こんなんで、がっかりした?」
がっかりなんてする訳がない。ただ何故すぐに言ってくれなかったのだろうか、とちよ子は思う。
「じゅ、十年前の約束覚えてる……?」
「覚えてるよ。と、言うかちゃんとあの時の紙もとってあるし」
明治は財布から小さく折り畳まれた古びた紙を一枚取り出した。
広げると約束の場所を書き記した紙。ちよ子の筆跡。
「覚えてたんだ……。私、十月十日にあの海の見える公園に行ったのよ」
「知ってるよ。俺も行ったもん」
「なら、どうして……」
「ちよ子ちゃんがKIRAに狙われてる原因は俺だよ。あの日、俺がちよ子ちゃんに会いに行ったから」
「え……」
「俺はKIRAのブラックリストに載ってるはずなのにね。油断してた。ちよ子ちゃんは俺の大切な人だと思われちゃったんだね……」
ちよ子の背後に東京行きの新幹線が到着した。
「もう、全てが終わるから、もう少しだけちよ子ちゃんのボディーガードでいさせてくれる?」
明治にボディーガードは望んでいない。しかしちよ子は頷くことしか出来なかった。
「ちよ子ちゃんはちゃんと守るから。こんな事になって本当申し訳ないけど」
「……悪いのはあなたじゃなくKIRAでしょ」
狙われる事になった理由は全く気にしてない。ただ明治があの時の男の子だった事が嬉しいのだ。十年前も年齢の割にしっかりした男の子だったが、今はさらに魅力的に成長していた。身長も自分と同じくらいだったのに、自分よりずっと背が伸びた。そんな事を感じながら、ちよ子はまじまじと明治の背中を見つめて新幹線に乗り込んだ。
明治の隣の座席に座って新幹線が出発した後、ちよ子は再度口を開いた。
「……十年前、私と別れてからどう過ごしてたの? 元気にしてた?」
「うん。……アメリカに戻って学生生活を楽しんでたよ」
「そか」
「全部ちよ子ちゃんのお陰だよ」
「そか。……それは良かった。…………。十年前の約束、覚えてくれてたなんてびっくり」
財布にあの時の待ち合わせ場所を記した紙を忍ばせて。しかもわざわざアメリカから来てくれた。
「俺もびっくり」
「……もうすぐアメリカに帰るんでしょ? 三井さんに聞いたけど、本職は向こうの警察官なんだって?」
「三井……。うん、そうだね。これ以上現場の仕事休めないし」
「元気でね……」
「うん……」
本当は元気でね、なんて言いたくない。
ちよ子が俯いていると、今度は明治が尋ねた。
「聞きたい事はもう終わり?」
「うん」
「なんだー」
「……言いたい事はあるけど」
「えー、なになにー♡」
「……今は言わない」
「えー」
ちよ子は窓際にもたれて目を瞑った。しばらく時間が経ってからふと隣に座っている明治を見ると、明治は眠っていた。
昨日寝てないと言ってたもんな。明治は寝顔も格好いい。もちろん見た目だけでなく。
…………。……寝てる振りしてくっついてもいいかな。ちょっとだけ、ちょっとだけ……。
ちよ子はそっと明治の肩に頭を寄せた。
もし嫌がられたら寝ている振りをしたまま離れよう、と考えていたその時、ちよ子の頭にふわりと明治の頭が重なった。
ちよ子はドキドキしながら身動き取れずに固まった。
…………
…………
〜♪♪♪
新幹線の到着を知らせる音楽でふとちよ子は目を覚ました。明治の肩にもたれかかったまま本当に眠ってしまっていたようだ。慌てて頭を起こしふと自分の左手を見て驚いた。
なんと明治と手を繋いでいた。
ちよ子は急いで繋いだ手を離し明治から遠ざかる。その反動で明治も目を覚ました。
「おはっおはっおはよう!!」
「……おはよう」半目で明治が応えた。
気づかれなかった?
無意識に手を繋いじゃうなんて、私どんだけ欲求不満よ。
東京駅で新幹線を降りて、ちよ子の分まで荷物を持った明治が先を歩く。
明治の背中を見つめながらふと思う。
駅が混んでいて逸れそうだからと理由をつけて、さり気なく明治の手を掴んでも嫌がられないかもしれない。昨日京都駅で「手を繋ぐ?」と聞かれたし……。と言うか、さっき手を繋いでいたのは私からなのだろうか。繋いだ手の上にあった腕は……
「ちよ子ちゃん?」
「は、はひ!?」
「……大丈夫?」
「大丈夫……っ!」
ちよ子は真っ赤な顔をして明治の元へ駆け寄った。
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