第16話 明治と京都旅行 (後半)
「着物着よう!」
「は!?」
「絶対似合うから!」
明治は無理やりちよ子を引っ張ってレンタル着物店へ入っていった。
店内には色鮮やかな着物が沢山揃っていた。ちよ子は店員さんに「好きな着物をお選び下さい」と言われたがありすぎて分からない。
「……明治くんも着るの?」
「ん、俺は着ない。いざという時動けないから」
なら私も着なくていいんだけど!
「ちよ子ちゃん、こんなの似合いそう♡」
明治が提案したのは、白地に派手すぎない赤や桃色の花柄が散りばめられてる着物。落ち着いた柄でちよ子自身も可愛いと思った。
「……それにする」
着付けをしてもらいヘアセットもしてもらった。
「かぁ〜わいぃ〜〜〜♡♡」
仕上がったちよ子を見て明治が言った。
正直、恥ずかしい。
スタッフの方が写真を取ってくれると言うので、店外へ出てスマホを渡した。
「きゃー♡ 素敵ー!!」
スマホを構えたスタッフの横で、明治が黄色い声を飛ばしている。
「彼氏さんも一緒に入って下さい」
「え、いや僕は」
「いいですから」
スタッフに囃し立てられた明治が遠慮がちにちよ子の隣に立った。
「はい、チーズ♡」
パシャリ。
ちよ子はスタッフにお礼を言ってスマホを受け取った。
ツーショット写真、なんだかとても照れ臭い。そういえばずっと一緒にいたのに、明治が写っている写真はこれが初めてなのである。
「……ちよ子ちゃん、写真撮り直すから俺の写真は削除して」
「え、なんでよ」
「俺、写真苦手……」
「私だって苦手よ」
消したくない。ちよ子は懇願する明治を無視してスマホを鞄にしまった。
「明治くん、抹茶パフェ食べに行かない? 祇園にあるんだけど」
「いいよ」
祇園にある抹茶パフェ専門店。混雑していると思っていたが、並ばずに入店出来た。草履を脱ぎ店内へ入ると、昔の民家のような造り。落ち着いた空間の座敷に案内された。座布団の上に座り、向かい側に座った明治が「TATAMI! TATAMI!」と連呼している。
ちよ子は一番人気の抹茶パフェを頼んだ。明治はホットコーヒー。
「ちょっと! なんでコーヒーなのよ!」
「だって、抹茶ってよく分からないもん。藻でしょ?」
「藻じゃない! 食べたことないの?」
「ない」
注文した抹茶パフェがテーブルの上に置かれ、長いスプーンで抹茶アイスを口に含む。めちゃくちゃ美味しい。今度は少し黒蜜をかけて、もう一口。さらにめちゃくちゃ美味しい。
「あはー、美味しい?」
「めちゃくちゃ美味しい」
「良かったねぇ」と明治が微笑む。
「一口食べてみる?」
ちよ子は抹茶アイスを掬ったスプーンを明治に差し出した。一瞬驚く顔をした明治を見てハッと我に返った。
間接キスになる……?
ちよ子の思考が停止してると、明治がアイスを口に含んだ。
「んー、美味しいねぇ」
ちよ子はゆっくりとスプーンをパフェの元へ戻した。アイスが溶けてはいけないし、下手に意識してもおかしいだろうから、何事もなかったかのようにまたパフェを食べる。ただし真っ赤になった顔は見せたくないので俯きがちに。しかし、じーっと明治がこちらを見ている気がする。
「何よ」
「……抹茶パフェを食べるちよ子ちゃん、可愛いなぁと思って」
微笑む明治が素敵で、ちよ子は何も言えなかった。
抹茶パフェを食べ終えてぶらぶらと街を歩き鴨川へ出た。明治の提案で河川敷に降りてみた。静かで落ち着く。少し座って休憩する。
「着物苦しい?」
「大丈夫」
溜息ついたのがバレたか。正直胸が少し苦しい。
「ちよ子ちゃんがそんなに抹茶パフェ好きとは知らなかったな」
「京都と言えば抹茶パフェでしょ」
「そっか」と言って、また隣で笑う。
「……ねーねー、ちよ子ちゃん。俺気付いちゃったんだけど、この河川敷、カップルだらけだね」
周りを見ると、複数のカップル達が座っている。
「そうね……」
「綺麗に間隔あけて座ってるね」
鴨川の対岸に座っているカップル達を見ると、確かに上手に間隔を空けて座っていた。ここはカップル達に人気の場所なのか。
「あ!!」
明治が対岸を見たまま声を上げた。
「な、何?」
「あのカップル、凄いイチャイチャしてる……」
「えぇ〜」
ちよ子が対岸を見るが、どのカップル達もただ喋っているようにしか見えなかった。幸せそうなカップル達を見ると、ただただ羨ましい。私もあんな風に肩を寄せ合って、好きな人と過ごしたい。
「ちよ子ちゃん、そろそろ行こうか」
「何処に」
「旅館」
ちよ子はひゅっと息が止まりそうになった。忘れていた訳ではないが、そして同じ部屋に泊まる訳ではないが、急激に緊張してきた。
着物を返却し、ドキドキしているとあっという間に大きな老舗旅館に到着。仲居さんに案内されて宿泊する部屋に入る。明治と部屋は隣同士、館内の説明は二人で聞かされた。仲居さんが去った後、明治はまた「TATAMI! TATAMI!SHOJI! SHOJI!」と騒いでいる。
「家にも畳あるじゃない」
「そうだけど、雅でいいねー!」
雅って言葉まで知っているんかい……
「ちよ子ちゃん、一緒に来てくれてありがとー」
旅館の二階にあるダイニングルームで夕飯をとり明治と別れた後、ちよ子は一人で大浴場へ向かった。
広い露天風呂のお湯に浸かり、身体の疲れが一気に解される。
あー、気持ちいい。
こんな所に明治くんと二人で来て、カップルじゃないなんて、本当変な関係……。
明治くんはアメリカに帰る前に京都を楽しめただろうか……。
「あれ? 坂部さん?」
声の聞こえた方向見ると、なんと新幹線でも会ったニッコリ電気の同僚、
「坂部さんもこの旅館だったんですね」と美玲が微笑む。
「
「坂部さんは、菅原さんといつから付き合ってるんですか?」
「え!?」
凄い質問が飛んできた。しかしこんな所に明治と二人でやって来て、彼氏じゃないなんて言ったらややこしい事になる。
「さ、最近だよ……」
可愛らしい出来さんに嘘をついてしまった。
「そうなんですか、どおりで」
「どうりで? な、なに?」
「いえ、初々しいなと思いまして♡」
初々しい……
ちよ子はハァと溜息をついた。
「何か悩みでも?」
「自分が嫌いだなぁと思って」
「ど、どうしました!?」
「素直になれないんだぁ」
「素直……ですか」
こんな所に来ても自分の気持ちを素直に出せない。
相手はいつも優しいのに。……もうすぐお別れだというのに。
のぼせてきたので温泉から上がり、脱衣所で着替えてると、美玲がやってきた。
「はい、どうぞ」
手には缶ビール。
「酔って素直になるのも良いかもしれませんよ」
「美玲ちゃん……」
なんて優しい。
「あんまり酔いすぎると夜の戯れ楽しめないかもしれませんけど」
「あ、いや」
それはない……
二人で暖簾を上げて廊下へ出ると、
「風呂場で明治と会ったんだけど、そっちも一緒だったんだな」と、藻手田が笑う。
藻手田のどこがいいのか先程美玲に聞いたのだが、藻手田はとても優しくて頼りになるそうだ。確かに藻手田が美玲を見る目は優しく、そして年上なだけあって美玲をリードしてるように見える……と見せかけて、美玲の手のひらで転がされているようにも見え、何というかお似合いだと思う。
何故か四人で旅館の廊下を歩く。
「明治の部屋は何階?」と藻手田が明治に尋ねる。
「六階です」
「お、同じじゃん」
六階に到着し、先に明治の部屋に到着した。
「お、ここ? じゃな、おやすみー」と藻手田と美玲が挨拶をする。
「はい、おやすみなさい」と明治。
「? なに? 入らねーの?」と藻手田が不思議そうな顔を向ける先で、明治は玄関の鍵だけ空けて、ちよ子と二人廊下に立っていた。
「お先に失礼します!」
明治はちよ子の腕をぐっと掴んで扉を締めた。
ちよ子は腕を引っ張られた反動で明治の胸に飛び込んでしまった。お風呂上がりの良い香り。
「ご、ごめん」
明治がパッとちよ子から離れ、その勢いでちよ子はふらりと地面に崩れ落ちた。
「わわっ、ごめん! ちよ子ちゃん大丈夫?」
「……大丈夫じゃない……」
ちよ子は地面に手をついたまま声を震わせた。
何故か泣けてくる。先程飲んだビールのせいだ。
「……ど、どうしたの? どこか痛い?」
「……心が痛い……」
「こ、心が!? てかちよ子ちゃん……酔ってる?」
「酔ってない」
「何本飲んだ?」
「二本」
「二本……」
明治が玄関の扉をからりと開けて廊下見た。
「藻手田さん達いなくなったから、もう部屋に戻って寝た方がいいよ」
「うぅ……っ! 明治くんはいつも酷い……っ!」
「えぇ!?」
――私から離れていくのに、私のこと何とも思ってないのに、優しくしないで。私を突き放さないで。
「……私、あなたに聞きたい事あるの」
「分かったよ。明日ちゃんと話聞くから今日は帰って寝な」
「酷い……」
「うん、でも酔ってない時に聞きたいな」
「分かった……」
明治はちよ子を隣の部屋まで連れて行き、おやすみと言ってゆっくり扉を閉めた。
翌日、
「おはよう、ちよ子ちゃん♡」
明治はちよ子の宿泊部屋に来るなり満面の笑顔を見せた。
「よく眠れた?♡」
「えぇ、おかげさまで……明治くんは?」
「よく眠れたと言いたい所なんだけど、ちよ子ちゃんの昨日の発言が気になって殆ど眠れなかったよ。ちよ子ちゃんは昨日の事覚えてる?」
「……覚えてる……」
ビール二缶では記憶を失えない。醜態を晒した恥ずかしさだけが残る。
「今日は三時の新幹線でそれまでは時間あるから、ちゃんと話を聞くよ♡」
「うん……まぁ、朝食食べてから……」
明治くんに聞きたい事はいっぱいある。言いたいこともいっぱいある。だけどどれから聞いて、どこまで聞けばいいのか。……どこまで言えばいいのか。
明治と二人、京都市内のお寺巡りをした。途中、ベンチに座ったり、ランチをしたり、ゆっくり喋る機会はいつでもあったのに、中々話を切り出せなかった。そして、あっという間に東京に帰る時間。二人で京都駅の新幹線乗車口に到着した。
「ちよ子ちゃん」
背中から名前を呼ばれてちよ子はギクリとした。
「俺に何か言いたかったんじゃないの?」
「う……」
「昨日、酷いと言われて泣かれたからずっと気になってるんだけど……」
「…………」
「まだ新幹線来るまで時間あるから、今話聞いちゃだめなの?」
「…………いいけど」
ちよ子は後ろにいた明治の方へと振り向いた。明治を見ると、意外にも緊張しているように思えた。
「……明治くんはニッコリ電気の仕事はいつまで?」
「……今月いっぱい」
今月いっぱいって。もう二週間くらいしかないじゃない。
「本当にこれはお別れ旅行だったんだね……」
明治くんはずるい。気のあるようなセリフを言って、時期が来たら「はい、さよなら」なんだもん。優しくしないで欲しかった。笑いかけないで欲しかった。でも初めから半年と言ってたものね。明治くんにとって私はただの「護衛対象者」。
「質問はもう一つだけなの。……私がKIRAに狙われている理由、本当は知ってるんでしょ?」
これは確信。
「――私は明治くんと昔会ってるよね?」
ちよ子はまっすぐ明治の目を見て聞いた。
変わったようでいて、やはりどこか面影はあるのだ。
「……うん、俺は昔、ちよ子ちゃんと会ってるよ」
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