第15話 明治と京都旅行 (前半)

 吉良光之助は犯罪組織KIRAの後継者。

 明治はアメリカの警察官でSSボディーガード協会社長の息子。今は期間限定で日本に滞在していると祥二がちよ子に伝えた。何故明治について詳しいのか聞いてみると、祥二と明治は大学時代の同級生で今も連絡を取り合う仲だった。


 明治が日本に滞在しているのはKIRAを壊滅する為なのだろう。しかし明治の正体が分かっても、何故ちよ子が狙われるのかは分からないまま。


 あれ……?

 明治くん、吉良課長に『お前の目的は俺だろ!』と言ってなかった……?


 深夜。ちよ子はアパートの自室でしばらく考え事をしつつも疲れで頭が働かず、シャワーを浴びようと立ち上がった。そしてスカートのファスナーに手をかけて凍りついた。先ほどのラブホテルで起きた出来事を思い出す。


 このパンツを見られたの……?


 恥ずかしくて消えてしまいたい気持ちになった。気付かない振りをしてくれたら良かったのに。



 月曜日、いつものように玄関で明治が迎えた。


「おは、おはおは、おはようっ」


 ちよ子は動揺して噛みまくってしまった。


「おはよう」


 うろたえるちよ子とは違って明治は至って冷静。いつものようにキャピキャピ明るい挨拶はなかったが、何事もなかったように先にアパートの階段を降りていった。


 気にする自分がおかしいのか。女性のパンツなんて見慣れてる? あれ、それともセクハラになってた? 変質者が局部を見せるような。いや局部ではないけど! 虚しいので考えるのはもうやめよう……



吉良光之助あいつ、もう会社に来ないから。表向きはニッコリ電気の系列グループへ『転籍』したという事になってる。また会社に来たらトドメを刺してやったのに」


 明治が少し前を歩きながら無愛想に言った。


「……物騒なこと言わないでよ。というか今までも吉良課長の正体知ってたのよね? なんで教えてくれなかったの? 毎日側で仕事してたんだけど」


「教えたらちよ子ちゃんがさらに危険にさらされるでしょ。知らぬが仏」


 たしかに自分の課の課長が実は自分を狙っている奴だと知ったら動揺せずにはいられない。だけど事前に知らされてたら一緒に出張しなかった。


 アメリカの警察官ということも、期間限定で滞在している事もなんで教えてくれないの? そんなに信用ない? 私はただKIRAを壊滅するために必要なだけという事?



 休日。ちよ子が商店街で抽選会のガラガラを回すと「おめでとうございま〜す!」という声と共にベルが鳴った。


「一等賞でーす!」


 法被を着た老年のスタッフが叫ぶ。


「一等賞!?」


「京都一泊ペア旅行券! 旦那さんと楽しんで!」


 老年スタッフが隣にいる明治を見て言った。夫婦に見えたのか。休日で私服の明治は食材が沢山入った買い物袋を持っている。

 ちよ子は老年スタッフから封筒を受け取り中身を確認すると、新幹線の往復チケット含む、京都の旅館一泊分の宿泊券が入っていた。


「おめでとう〜」


 明治が隣で笑った。


「あげる」


「え?」


「前にテレビ見ながら京都行きたいって言ってたでしょ」


 残念ながらちよ子は旅行券があたっても一緒に行く相手がいないのである。友人は遠方に住んでいるか結婚しているかで誘えない。


「じゃあ二人で行こうよ。お別れ旅行」


「え?」


 お別れ旅行……


「以前、ボディーガードの期間は半年間くらいと言っていたでしょ? 今内部を攻めるチャンスでね。そろそろちよ子ちゃんをガードするのも終わりかなぁというところで。俺が外れても協会の人間にしばらく護衛させるけどね」


 ――そんなこと言って本当はアメリカに帰らなければいけないからでしょ? でも私には何も言うつもりはないのか。


「部屋は別に取るから、最後にデートしようよ」


 明治がヘラっと笑う。


 最後とかデートとかよく簡単に言える。やはり明治くんにとって私はただKIRAをおびき出せるから一緒にいるだけの都合の良い人間なのだ。

 ……いいじゃないのよ、行ってやる。この先誰か男の人と旅行するなんて今後一切ないかもしれないし。


「いいわよ」


 ちよ子は胸に痛みを感じながら応えた。



 * * *


 五月、京都旅行当日。ちよ子は白のカットソー、くすみピンクのフレアスカートに、ブラウンのパンプスを合わせた。明治は紺色のシャツを前開けで着てグレーのトラウザーを履いている。


 新幹線の中、隣に座る明治はバリバリとスナック菓子を食べていた。


「おぉ〜! 富士山! やっぱ生はいいねぇ〜!」


 子どものようにはしゃいでいる。


「しかしさぁ、ちよ子ちゃん。部屋は別に取るからって簡単にOKしたら駄目なんだよ? 光之助で痛い目にあったばかりなのに警戒心なさすぎ」


「はい!? あんたが言う!?」


「正直、断られると思った」


「……人のこと尻軽だと思ってる?」


「思ってないけど、心配。また変な男に関わりそうで」


「あんたには関係ないでしょ」


「ちよ子ちゃんには幸せになってもらいたいもん」


 そんなこと言って私の元から去って行くくせに……。



「ところでさ〜、あれって藻手田もてたさんだよね」


 明治が座席の前方に目を向ける。ちよ子も見ると、前から三番目の通路側の席に藻手田が座っていた。藻手田はちよ子と明治が務めるニッコリ電気株式会社の二十代独身営業マンで、明治の営業課の先輩である。細身の体型、短髪後頭部が座席の奥からチラチラ見えている。


 やば!


 ちよ子は反射的に体を縮こまらせた。


「誰かと一緒みたいだね」


 相変わらずお菓子をボリボリ食べながら明治が言った。

 藻手田が隣の席の人と喋っている。ちよ子の席からよく見えないがどうやら女性のようだ。


「どこまで行くんだろうねー」


 明治が呟く。



 京都駅到着を知らせるアナウンスが鳴る。ちよ子と明治は藻手田と出会わないよう座席後方の出口へ向かった。新幹線が止まるのを待っていると、自動扉が開き藻手田が入ってきた。


「あれ!? 明治!? ――と」


 藻手田が驚いた表情のままちよ子を見てさらに驚く。


「えぇ!? えー?」


 藻手田さんが言いたいことは何となく分かる。連休に京都に行こうとしている営業部の同僚が、こんな冴えない総務課の女と二人でいる事にさぞ驚いているのだろう。


「いつの間に! 明治! お前、良かったなぁ!」


「はい」


 藻手田が明治の背中をバシンと叩き、明治も柔らかく笑っている。

 何が何だか分からない。


「坂部さん、こんにちは」


 ちよ子がふと声がした方向、藻手田の後ろを見ると、なんと出来でき美玲みれいが立っていた。入社二年目だがよく気がきく優秀な営業事務員。ショートカットの小柄で可憐な女性だ。今日は緑のVネックのトップスに白のワイドパンツを合わせていて、腰で結んだリボンのベルトが可愛い。


「こ、こんにちは」


 藻手田さんと一緒にいたのは出来さんだったのか。


 京都駅に到着し、みんなでプラットホームに出た。藻手田と明治が少し前で喋っている。


「坂部さんも京都旅行なんですね」


 美玲がちよ子に言った。


「そ、そうなの。商店街の福引に当選して」


「ふふふ。良いですね」


「あの……この事、内緒にしといてもらえる?」


「もちろんです」


 内緒も何も明治とは何の関係もないのだが、美玲は嫌な顔せず爽やかな笑顔で承諾してくれた。


「坂部さんと菅原さん、とてもお似合いですね。京都楽しんで下さい。ではまた会社で」


 そう言って美玲は藻手田の元へ行った。二人は恋人繋ぎをしてとても幸せそうな顔をして歩いて行った。


「……俺達も手繋ぐ?」


「繋ぐわけないでしょ!」


 両思いの人と旅行なんて羨ましい。



 * * *


「藻手田さん、付き合って二ヶ月なんだって〜。いいね〜」


 観光雑誌に掲載されていたおばんざいの店で昼食を食べながら明治が言った。


「今あっつあつの時期だよね〜」


「そうなんだ」


 付き合って二ヶ月はあっつあつの時期なのか。旅行だもんね、すごいな……。


「ちよ子ちゃん、この後どこ行きたい?」


 地図を広げながら明治が言った。


「明治くんの好きなところでいいよ」


「だから〜、簡単にそう言う事言っちゃ駄目だよ」


「何がよ」


「別に〜。あー心配、俺じゃなかったらちよ子ちゃんまたホテルに連れ込まれてる」


「何よそれ」


『俺じゃなかったら』という言葉が胸に突き刺さる。『俺』はホテルに連れ込まないのだ。


「別に……もう着いていかないし……」


「気をつけてよね」


 明治が地図を見ながら言った。ちよ子は悲しくなって言葉を発せなくなった。


 明治の提案で近くの清水寺へ向かった。すごく混雑している。ほとんどが外国人のような気がする。外国人ファミリーやカップルが楽しそうに観光している。ちよ子はというと、なんだか楽しくないのだ。どうして明治と京都に来てしまったのだろう。警戒心がないだのホテルに連れ込まれるなど言われて、断ればよかったの?


 清水寺の本堂を拝観した後、二人は境内にあるベンチに座った。


「……次はちよ子ちゃんの好きな場所に行こ?」


 明治がちよ子を見て言った。


 私の好きなところ……

 こんな気持ちのまま行きたいところなんて……無い。


「……明治くんはもっと……笑顔が素敵な可愛い女の子と来た方が良かったんじゃないの? 何も私なんかと来なくても旅行券あげたし」


「えぇぇ……、俺はちよ子ちゃんと来たかったんだよ……。無理に一緒に観光して欲しい訳じゃない、けど……」


「…………」


 お互いに無言で歩いた。

 こんな気持ちになりたかった訳じゃない。気まずくなりたかった訳じゃない。でもどうすればいいのか分からない。


 飲食店や雑貨屋が並ぶ石畳の参道の手前で、明治が言った。


「ちょっとここで待ってて! すぐに戻って来るから」


「え、うん……」


 明治はすっと人混みに消えていった。参道の端で一人ぽつんと待っていると、明治が息を切らしながら戻ってきた。


「これあげる!」


 明治から渡された袋の中を見てみると、和モダン柄のがま口ポーチが入っていた。


「え、あ、ありがとう。でも何で」


「せっかく京都に来たからお土産。あとね」


 明治がちよ子を引っ張って行き、ある店の前で止まった。

 看板には「レンタル着物」と書いてある。


「着物着よう!」


「は!?」


「絶対似合うから!」

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