第12話 明治VS光之助、バレーボール大会!
ついにこの日がやってきた。年一回のバレーボール大会! ニッコリ電気株式会社本社に在籍している広報、総務、情報システム、製造、技術、営業による部署対抗バレー。社員同士の親睦を深める為の慰安イベントだ。市の体育館を借りて大掛かりに行われる。
選手はどの部署からも大抵若者が選ばれる。ちよ子も二十代の為、有無を言わさずメンバー入りになるのだが、運動が苦手な為、毎年憂鬱になる。バレーボール経験者に代わって貰いたい所だが、残念ながらちよ子の在籍する総務課に体育会系社員は少ない。
「ちよ子さん、バレー頑張りましょうね!」
眩しさを感じながら声がした方向を見ると吉良光之助。赤いTシャツに黒のハーフパンツ姿、首には白いタオル。輝く笑顔だ。
「はい……、私何も出来ないのですがよろしくお願いします……」
ちよ子は弱々しく笑った。
多少、総務課の選抜メンバーで練習はしたものの(それも嫌)、目の前にボールが来ない限り打ち返す事は出来ない。また打ち返す事が出来ても、上手い位置に持っていく事は出来ない。そんな人間が選ばれてしまっていいのかと思う。
毎年総務課は序盤敗退なのだが今年は違った。去年の秋に入社してきた吉良はバレーボール経験者で、試合が始まった途端、得点を大量に入れた。圧倒的な得点差で情報システム部を負かした。その後に戦った広報課も負かし、何故だか決勝まで辿り着いてしまった。ちなみにちよ子は一度もボールに触れられていない。
体育館の端で休憩中、吉良は秘書課の女子達に囲まれていた。何故だか秘書課は毎回応援にまわる側だ。
「吉良課長はモテるわねぇ」
隣に座るちよ子と同じ総務課の
「飴食べる?」
富士子が大きなトートバッグから飴を取り出した。
「ありがとうございます」
「坂部さんは吉良課長どうなの?」
「はい!? ど、どうって……」
「興味なし?」
「そうですね、私は……」
ちよ子は他部署の試合に目を移した。
「素敵な人に出会えるといいわねぇ」
「はい……」
富士子は既婚者で成人した息子が二人いる。
普段、富士子と恋愛話はあまりしないのだが心配されているのだろうか。
「あ、やっぱり営業が勝ったみたいだわね」と富士子が言った。
営業課は毎年優勝候補だ。ただし今年はいつも以上に盛り上がっている気がする。女性社員達の声援も大きく感じる。ちよ子はまた面白くない気持ちになった。
「菅原さーん! ドリンクどうぞー!」
試合が終わるなり秘書課の女性社員の一人が明治にドリンクを渡しに行った。明治は紺のTシャツとハーフパンツ姿。いつも思うが明治は足が長くスタイルが良い。
「藻手田さん達もどうぞー!」
秘書課が藻手田たち営業スタッフにもドリンクを配る。
「てへー、明治以外はついでかよー!」
「そんな事〜! あるかなっ♡」
ふわふわパーマをかけたロングヘアをなびかせて秘書課の女の子が明治にウインクをした。
やっぱり綺麗な女の子は自分に自信があるのかな、と盛り上がっている光景をちよ子は遠くから眺めた。
ふと明治と目が合った。やばいと思ったのも束の間、明治がこちらに歩いて来る。ちよ子は慌てて顔を伏せた。会社では赤の他人を演じているのだ。
明治がちよ子の前へ立った途端、キュッと運動靴の音が聞こえ、正面にもう一人の気配を感じた。恐る恐る顔を上げると、目の前で明治と吉良が見つめ合っていた。明治の方は明らかに吉良を睨んでいる。
「菅原くん。反射神経が良いようだけど、何かスポーツやられていたのかな?」
吉良が笑顔で話しかける。
「……あなたと一緒で昔バレーボールをしていただけですよ」
「はて。バレーをしていたと君に言いましたっけ?」
「風の噂で聞きました!」
二人からとてもトゲトゲした雰囲気を感じる。
「なんだか怖いですねぇ。ちよ子さん、営業課に負けないよう頑張りましょうね」
吉良がちよ子に手を差し伸べたので、ちよ子は反射的に手を差し出した。すると明治から強い視線を感じた。「触れるな」と心の声が聞こえた気がしたがもう遅い。吉良がちよ子の手を掴み、そのままグッとちよ子を立ち上がらせた。
「あ、ありがとうございます……」
なんとなく吉良に礼を言ってしまう。
「いえいえ」
吉良は白く輝く歯を出して笑った。明治は無言のまま怖い顔で吉良を見つめている。どうしてそんな顔をするのか、ちよ子には分からなかった。
「これもまた風の噂で聞きましたけど、吉良課長は外資の証券会社に勤めていて世界中飛び回っていたみたいじゃないですか。また国外に転勤してはいかがですか?」
そう言った明治の態度にちよ子は血の気が引いた。
「あいにく僕はニッコリ電気が気に入っていてね。今のところ転職する気はないよ」
ちよ子が二人の会話にハラハラしていると、遠くの方で藻手田が明治を呼び、明治は営業課の方へ戻っていった。
「菅原くんのあの態度意外ね〜」
富士子が座ったまま目を丸くして言う。
明治くんには裏の顔があるんですよと言いたかったが、それは言えないのでちよ子は「そうですね」と相槌だけ打って、吉良と試合前のウォーミングアップへ向かった。
決勝戦。総務課VS営業課。
他部署の応援も入り混じり、盛り上がっている中、ちよ子は萎縮した。この場に相応しい人間ではない。確実に足を引っ張る。応援席に行きたい。そう考えてると試合開始の笛が鳴った。
営業課、明治のスパイク。明治の球は重くて早かった。総務課のコートにバシンと叩きつけ、ちよ子達総務課は開始すぐに点数を取られた。
あんなボールが自分の所に来たら怪我をする、と恐ろしくなった。営業課も総務課も二名ずつ女子が入っているが、女子達は大丈夫だろうかと心配になった。
が、ちよ子が危惧していた事は起こらず、営業課のプレイヤー達は女子の方へスパイクを打たない。女子に返球するとしてもフワリと柔らかくボールを送る。それでもちよ子は反応出来ずに点数を与えてしまうのだが。……虚しい。
明治に関しては完全に吉良しか見ていない。吉良も明治を意識しているように感じる。この二人は一体どういう関係なんだろう。
主に明治と吉良の全力ファインプレーで試合は白熱し、互角の戦いを見せた。
最終マッチ。試合はポイントが24 - 24のデュース。先に2ポイント差をつけた方の勝ちとなる。ちよ子はひたすらボールが来ない事を祈った。
結果は総務課男性社員のレシーブを藻手田がブロックして、営業課が優勝した。総務課は準優勝。球技大会で準優勝などちよ子にとっては人生初の快挙である。
試合が終わり後片付け。ボールを入れた収納かごを倉庫へ戻そうとしていると、ちよ子の元に明治がやってきた。
「坂部さん、これは僕がやります」
「あら、ありがとうございます」と、ちよ子は目を細めて無愛想に言った。
「勝たせて貰ってごめんね〜」
「……腹立つ」
てか会社で気安く話しかけんな。
「危ない!」誰かの声で振り向くと、ボールがちよ子の顔面めがけて飛んできた。
当たる! 思わず目を閉じたが、バシンという音がしたのみで、ちよ子の身には何も起こらない。恐る恐る目を開けると、目の前には明治。白いバレーボールが床に落ちて、明治の左手が赤くなる。
「大丈夫!?」
「あー、うん……。……あいつ、許せん」
明治の目つきが鋭くなる。視線の先は吉良。しかし吉良は女性事務員達と倉庫から遠く離れた場所で楽しく後片付けを行なっている。ボールを投げた人物が誰なのかは分からなかったが、吉良ではないとちよ子は思った。
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