第10話 本気の「好き」?

「ちよ子ちゃん、大好き♡」


 ちよ子は、ギュ! と明治に手を握りしめられた感触が忘れられない。あれは何だったのだろうか。夜中、暗い自室でパソコンのキーボードをカタカタと打った。


 Goodle検索 :『好きでもない子に好きと言う?』


 検索結果 : 『誰にでも好きって言う人いるから注意!』 『遊ばれてない?』『本気かどうか見極めが必要!』


 明治は長い間アメリカに住んでいたと聞いた事がある。外国人は「付き合いましょう」で交際がスタートするわけではないらしい。やる事やってるのに彼氏彼女ではないという不思議な価値観。それがコレなのだろうか?


 後はキャバクラの手法。ぎゅっと抱きしめて喜ばせてまた通ってもらう。

 私はキャバクラに夢中になるおっさんか! いや、抱きしめられてはないけど……!



 翌朝、玄関で朝の挨拶をするなり明治に尋ねてみた。


「明治くん、ホストやったことある?」


「潜入捜査で似たような事やったことあるよ」


 なるほど。



 * * *


「日本にはホワイトデーがあるでしょ? お返しに欲しいものある?」


「それ! あんた長い間アメリカに住んでいたって会社の人が言ってたけど、あんた日本滞在短いの?」


 明治の外見は黒髪の日本人である。しかしはっきりと整った目鼻立ちとスタイルの良さからするとハーフも考えられなくはない。


「俺はアメリカ生まれで、日本には昔からちょくちょく来てたけどアメリカに住んでる時期の方が長いよ」


 ん? てことはアメリカ人になるの? この底抜けに明るい性格は、外国人が日本文化が好きできゃっきゃする感じ……?


「お返しはお菓子がいい? ちよ子ちゃんの好きなものってなんだろう」


「お気遣いなく」



 * * *


「ちよ子さん。今週仕事終わりに一緒に飲みに行きませんか?」


 吉良が会社の廊下でちよ子に話しかけた。吉良から飲みに誘われるのは初めての事で、また意外でもあったので少々驚く。


「あ、はい。総務課のメンバーでですか?」


「いや、あの……」


 吉良はゴホンッと咳き込んで一瞬目を逸らした後、再度口を開いた。


「その……出来れば二人きりで」



 金曜日の夜、ちよ子と吉良は二人で半個室の豆腐料理店へ入った。吉良が落ち着いて話がしたいと真剣な眼差しで言うので、ゆっくり話せそうな場所をチョイスした。


 何か悩み事があるのだろうか。それならば私なんかよりもっと適任者がいるのでは、とちよ子は思った。


 飲み物と懐石料理を注文して吉良が爽やかに笑った。


「いやぁ、流石ちよ子さんですね! 素敵な店を知ってらっしゃる」


「いえ、私はあまり知らないんですけど、気に入って頂けて良かったです」


 お酒の美味しい店と言ったら、一番に普段行くワインショップ内の立ち飲みバーを思いついたのだが、流石に一次会で課長を立ち飲みバーには連れていけない。


「僕、最近まで外国にいたので、東京の美味しいお店がまだ分からないんですよ。豆腐料理店は日本的でいいですね」


「吉良課長、外国にいらっしゃったのですか」


「イギリスの大学を出て、世界を転々としてましたよ」


 なんとグローバル。


「よくうちの会社に入りましたね」


「ニッコリ電気に知り合いがいてね」


 またキラーンと白い歯を見せて爽やかに笑う。


「ちよ子さんはニッコリ電気は長いのですか?」


「はい、新卒で入ったので」


「もう慣れました?」


「はい……」


 もしやこれは抜き打ち面接?



 食事が終わり豆腐料理店の外に出た。食事は吉良が奢ってくれ、ちよ子は礼を言う。特に何か重要な話があった訳ではなく、当たり障りのない会話をした。


「またお誘いしても良いですか?」


 吉良が高そうなマフラーをふわりと巻いて言った。


「あ、はい。私で良ければ――」


 なぜまた誘う? 終始疑問に思いながらちよ子は駅で吉良と別れた。

 そういえば今日は明治は絡んでこない。プラットホームで電車を待ちながら周囲を見まわすが、夜でもサングラス姿の田中もいない。


 明治に吉良と出かけるとあらかじめメッセージを入れていたが、『行かないで』と来た明治からのメッセージに『行く』と返事を出してから何時間も既読スルーされている。


 その日は明治と会うことはなかった。土曜日も日曜日も。



 月曜日の朝、

「おはよう、ちよ子ちゃん」


 玄関前で、明治が爽やかな笑顔で挨拶をした。


「おはよう……」


 吉良と出掛けた事を何か言われるかもと思ったが何も聞かれる事はなく明治はいつも通りだった。嫉妬してるかもと自意識過剰な考えをした自分が恥ずかしくなった。


 今日の明治は顔色が悪い気がして、「よく寝た?」と尋ねてみると、明治は「寝てるよ」と微笑んだ。


「ボディーガードの仕事は土日もあるの?」


「あるよ」


「私が家にいたら明治くんも休めるって訳じゃないの?」


「うん、まぁ……。俺、疲れた顔してる?」


「なんとなく」


「歳かなぁ」


 私の前で歳言うな。



 二月下旬、会社全体の飲み会デー。飲み会は総務主催でホテル会場を貸し切って行われた。無事に飲み会が終わり会場を出ると社員が群れていた。これから二次会に行くメンバーもいるのだろう。


! 一緒に二次会行きましょう!」


 どきりとして顔を上げると、ちよ子の手首を引っ張って群れの中に連れて行くのは菅原明治だった。社員が集まる場所に到着する前にスルリと掴んだ手が離れる。


「明治ー。早く行くぞー」


 前髪を上げた短髪の細身の男、営業課の藻手田もてた 伊男いお(27)が声を上げる。


「遅いしー」


 茶髪ギャル系営業事務員の池照いけてる由紀ゆき(25)が明治に言う。


 集まった男性は全員営業課の社員。女子は殆どが二十代前半の事務員だった。総勢十五名、近くの大衆居酒屋に向かう。すでに藻手田が予約していたようで「少し人数増えましたけど」と店員へ言って全員個室へ入った。


 ちよ子は端っこの席に座った。明治は真ん中辺りで両サイドを女子に囲まれて座っている。清楚なきれい目系女子、営業事務の出来でき美玲みれい(24)が率先して取り仕切り注文を店員へ伝える。


 お呼びでない。

 自分でも嫌になるが負の感情に覆われる。


 営業の人達はピチピチの可愛い女子社員と喋りたいのだ。女子達はみんなお洒落な髪型、化粧、服装。ちよ子から見ても輝いていて可愛い。ちよ子も社会人として身だしなみには気を使っているものの、彼女達と比べると地味だと思う。


 配膳などは若い女の子がやってくれるので、ちよ子はひたすら一人で唐揚げを食べていた。ほとんど営業課の仲間同士で喋っているし、そろりと帰っても気付かれないのではと思った。


「明治、お前付き合ってる女いるのか!?」


 しばらく飲んでから藻手田もてたが赤ら顔で言った。周囲の人間が藻手田と明治の話に注目する。


「いませんよ」


 そう明治が言うと周囲が黄色い声を発した。


「えー、じゃあ私チャンスある?」


 茶髪美人ギャルの池照いけてる由紀ゆきがぐいっと前へ出る。


「……今は誰とも付き合う予定はないよ」


「えー」「なんでなんで?」


「明治、お前そんなんじゃ駄目だぞ! そして池照さんは俺がもらう」


「藻手田さんは勘弁ー」


 藻手田もてた池照いけてるの会話に周囲が笑う。


 苦痛だった二次会が終わり、ちよ子は十一時頃の電車に乗った。電車が自宅の最寄り駅に到着し、夜道を歩いていると後ろから走ってくる足音。


 振り返ると菅原明治。


「ごめん」


 息を切らして明治が言った。


「……何が?」


「いや、その……」


「営業課の飲み会に誘わないで下さい」


「ごめんなさい……」


 ちよ子は先頭を歩いた。

 この男と並んで歩きたくない。

『誰とも付き合う予定はない』と言った明治の言葉が頭から離れない。


「ちよ子ちゃんの隣に行きたかったんだけどね。行けなかった」


「別に来なくていい……」


 ちよ子がぼそりと言ったので、明治が「え?」と聞き直した。


「私に関わらないで!」


 ちよ子はそう叫んで早足に歩き、さっさとアパートの自分の部屋へ入った。


 あぁ、やってしまった。私に怒る権利なんてないのに。

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