第7話 警察官に取り囲まれる。三井祥二の登場

 翌日、ちよ子は会社に電話して有給休暇を取り仕事を休んだ。


「体調悪いの?」と心配する明治に、ちよ子は「警察署に行く」と答えた。明治がどんな反応をするか気になったが、明治は眉を少し動かしただけで「俺も一緒に行く」と言い、自身も会社に休みの連絡を入れた。


「狙われているんです」


 警察署でちよ子が職員に力説した。


「つまりはストーカーということですか?」


 カウンター越しに、目力のある中年男性職員が言った。


「ストーカー……」


 ちよ子は隣に座っている明治を見つめた。以前もそう思った。家に侵入したのも、狙われてると言って付き纏っているのも明治くん……


「痴話喧嘩?」


 職員が眉をひそめるのに対して、明治は満面の笑みを浮かべた。


「仲良くしなさいよ」


 呆れる職員にちよ子はそれ以上の事は言えず相談は終了。


 もしかしてボディーガードだとか言っておいて、本当の悪者は明治くん?



 警察署を出ると、駐車場に停めた車から出てきた私服警察官の一人と目が合った。


 何? と思っていると、その中年の警察官が「明治!!」と叫んだ。


「やべ!! ちよ子ちゃん、帰るよ!!」


 急に明治が走ったので、ちよ子も訳がわからず後を追った。


「そうはさせん! お前を銃刀法違反で逮捕する!」


 あ、やっぱり違反だったんだ……。SSボディーガード協会は警察官ではないので銃の所持は認められていない。


「キャー!」と言う明治の叫び声の後、明治は複数の警察官に取り囲まれてボディチェックを行われた。


「痛い! そこ! 強く押さないで!」


 警察官にお腹辺りを触られて苦しんでいる。やはり酷い怪我をしているのではとちよ子は焦った。


 あらかたボディーチェックが終わり、明治が両手を上げたまま目を細めて「何か出てきた?」と警察官に言った。


「く! 押切おしきり課長! 出てきません!」


 押切と呼ばれた中年警察官は「くうぅ!」と言って両膝から地面に崩れ落ちた。


「あの……彼は何者なんですか?」


 ちよ子は崩れ落ちている中年刑事に尋ねた。


「君、こいつの女じゃないのぉ〜?」


「いや、私はただの会社の同僚です……」


「同僚〜? あいつはね、警察の敵!!」



「あ、祥二しょうじ。なんか情報出てきた?」


 明治が押切の発言を無視して、少し離れた所でぼーっとしている私服警官に話しかけた。


「まだ、何も……」


 祥二と呼ばれた明治と歳が近そうな男は、警察官とは思えないほど緊張感がなく、整った顔立ちだがとても陰気な雰囲気を出している。


「ところでさー」


 明治が親しげに祥二の耳元で何かを囁くと、祥二は目を輝かせて明治と二人騒ぎ出した。


「三井! 帰るぞ!!」


 押切の怒号とともに三井みつい祥二しょうじは走り出し、私服警官達は警察署へ入っていった。



 * * *


「何の話してたの?」


「あぁ、今度博物館で拳銃展示会行われるよって話してたの」


「仲良いのね……?」


「うん」


 追いかけられる立場なのに警官の友人もいるって……よく分からない。


「やっぱりヤクザなのよね?」


「違うって」


 明治はそれ以上の事は教えてくれなかった。



 * * *


 ちよ子と明治は帰りにスーパーマーケットに寄った。


「肉食べたい〜」


 カートをカラカラ押しながら明治が言う。


「食べればいいじゃない」


「ちよ子ちゃんの手作り料理が食べたい〜」


「は!?」


 何で私が作ってあげなきゃなんないのよ!


「食べたい〜! ねーねー、駄目?」


 潤んだ目をちよ子に向ける。


 ちよ子は嫌よと言いたかったが、明治の視線に負けた。


「……生姜焼きでもいい?」


「やったぁ♡」


 明治は小学生の子どものように喜んだ。



 帰宅してちよ子の部屋で二人向かい合って食事をした。


「やだ!」


 明治は驚いた顔で自分の口元を押さえてちよ子を見つめた。


「何!?」


 ちよ子は汗が出る。


「めっちゃくちゃ美味しい〜♡」


 そんなに喜ぶか?


 ちよ子が動揺していると、明治は勢いよく生姜焼きを食べ尽くした。そして「明日は俺が作るね」と笑顔で言った。


 明治くんが作る?


 ちよ子は自分の作った料理を人に食べさせた経験も、家族以外の人の手料理を食べた経験も乏しかった為、不覚にも明日が来るのが楽しみになってしまった。


 翌晩、明治は宣言通り料理をした。

 ちよ子の部屋の狭いキッチンでジャガイモを切り始める。意外にも明治は包丁の使い方に慣れていた。畳の上に座ったまま明治の手元をじっと見ていると、それに気づいた明治が「見ないで〜」と言った。なんだかウザいので、ちよ子は背中を向けて雑誌を読んだ。


 途中から何を作っているのか分かった。カレーの匂い。

 ご飯が炊けて、今日も二人で食事をした。カレーをぱくり。


 う、うまい……! 人が作る料理ってこんなにも感動するものなのか。


「どう?」


 明治がちよ子から借りたエプロンをつけたまま新妻のように聞いた。


「お、美味しいです……!」


「じゃあ、また作るね」


 明治が満面の笑みを浮かべた。


 演技でも何でもない自然に出た笑顔。


 いつもそう笑っていれば良いのに、とちよ子は思った。



 ちよ子が食器を洗い終えた後、明治が畳の上でごろごろしながら言った。


「狙われる心当たり、本当にないの?」


 そう明治に言われた時、ちよ子はどきりとした。実は全く心当たりがない訳ではない。


 ちよ子は昔、拳銃を見た事がある。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る