第4話 明治と同棲!?
午前五時。一月の空はまだ暗い。明治がいるので布団にもぐる気になれず、明治の名刺に記載されていた「SSボディーガード協会」についてパソコンで調べてみた。公式ホームページは立派だった。だがそれが本物か偽物かは判別できない。また本当に存在する組織だとしても明治が在籍しているのかどうか分からない。頭が働かず、ぼーっとする。徹夜なんて十年ぶりだ。
ふと隣を見ると、明治はフローリングと畳の間で丸まって眠っていた。布団代わりに自分のコートを体にかけている。
寒そうだな……。
ちよ子は夏用シーツを押入れから取り出してみたが、薄いシーツなので防寒の役には立ちそうもなく、仕方なく自分が先程使用していた布団を明治にかけた。そしてちよ子自身はダウンジャケットを着て毛布を被って敷布団の上に横になった。
* * *
ふと良い匂いがしてちよ子は目を開ける。目覚まし時計を見ると午前九時。日曜日で良かったと思いながら、むくりと布団から起き上がりローテーブルを見ると、明治がこちらを見ながらもしゃもしゃとサンドウィッチを食べていた。
「食べる?」
明治がコンビニのサンドウィッチとコーヒーを差し出した。
「ありがとう……」
二人分のご飯を買ってきてくれてたのか、いつのまにか布団も返されてるし……。優しい所あるんだな。もう騙されないけど。
ちよ子はトイレで着替えて顔を洗った。そういえばスッピンだった事を思い出す。パジャマ姿も見せてしまった。一緒に住んだら毎日見せることになるのか。それどころか風呂やトイレ……早まった?
「準備出来たら買い出し行こ?」
明治が歯磨きを始めながら言った。
住む気満々……。
ちよ子が押入れの物を取り出して片付けを行い、明治が掃除機をかけた。
本当にここで寝るの?
押入れはちよ子でも狭いと感じる広さしかない。二段に分ける仕切りがあって天井も低い。
まぁ、本人がいいと言うならいいか。
掃除が終わって外出。脱衣所がないので代わりになるものを探しにホームセンターに行ったが、目当てのパーテーションは売っていなかった。どうしようかと思ったが明治はお風呂場を使わないと言ったのでパーテーションは保留にした。明治が銭湯に行く時間に入浴する事にする。
「スーツとか用意しなければいけないんじゃないの?」
ちよ子が尋ねた。明日からまた仕事が始まる。
「もう用意してるよ」
「そうなの?」
明治のスマホが鳴った。電話が掛かってきたようだ。昼から何度か掛かってきていてその度に喋っている。
「――うん。あぁ、それも運んどいて」
電話の相手はニッコリ電気の社員ではなさそうだ。明治は会社にいる時は爽やかな青年。でもこの電話相手には笑っていない。これがきっとこの男の本性だとちよ子は思った。
日が暮れて帰宅、家の中を見回しても明日着るスーツは見当たらず、明治の私物は殆ど部屋にない。少しゆっくりしてからちよ子は明治に声を掛けた。
「銭湯行ってこないの?」
「スパの事? 行かない」
スパって。てか行かないだと?
「俺、押入れ入ってるから、ちよ子ちゃん入ってきなよ」
明治はスマホ片手に四つん這いになって押入れへ入っていった。
本気でドラ〇もんになる気か……。
というか本気で一緒に住む気……? 本当に私はヤクザか何かに狙われているのだろうか。強盗は明治くんの自作自演だったりしないの? 独女を狙った新手の詐欺とか。
ちよ子は念のため貴重品をお風呂場の目の前に置いてシャワーを浴びた。浴びている間に昨晩のように強盗が入ってきたらゾッとするので急いで体を洗い、蛇口の水をキュッと止めた。
浴室のドアを少しだけ開けてさっとタオルを取った。体を拭きながら不覚にも明治を意識してドキドキとする。タオルと同じ要領で浴室内で着替えを済ませそろりと居間へ出た。
押入れの扉は開いていない。ホッとすると同時に押入れの中から何やら音が聞こえる。
この音は……
明治の笑い声が聞こえて、ちよ子は「失礼!」と声をかけてから押入れをガラリと開けた。
大音量のテレビの音。明治は布団にくるまってポテトチップスを食べながらお笑い番組を見て爆笑していた。
「あはは、ちよ子ちゃんこれ面白いね!」
ちよ子は無言でゆっくり扉を閉めて居間へ戻った。
全く女として意識されてない……。
ちよ子はハッとして再度押入れを開けた。「ん?」と振り向く明治を無視して押入れ内を見渡す。上下二段に分かれてた仕切りがない。天井には照明が吊るされ、いつのまに買ったの!? と思うテレビの配線はちよ子の部屋から延びておらず、押入れの奥から伸びている。そして押入れの奥はすぐには気づかなかったが黒いカーテンが取り付けられている。
ちよ子がカーテンを凝視していると、「あぁ、これ?」と明治がカーテンを開けた。すると壁である場所が壁ではなくなっていて、隣の部屋に繋がっていた。
「……は!?」
「突貫工事でリノベーションしました♡」
「リノベーションって……! と、隣の住人は!?」
「あぁ、申し訳ないけど退去してもらった」
「退去してもらった!? しかも壁に穴開けちゃって! 」
「大丈夫。このアパートのオーナーになったから♡」
「オーナー!!?」
「現金見せたら快く譲ってくれたよ」
オーナーはご老人だったけど無職(?)の息子さんがいて、立地もいいから今後も家賃収入が見込める物件なのに売っちゃうなんて!
「あ、家賃の振込先は変わりますんで月末までに連絡します」
にこりと笑顔で明治が言った。
ちよ子は唖然として口をパクパクさせた。
「明治くん……お話があります。……もう寝た?」
ちよ子は髪を乾かして仕切り直してから再度押入れに向かって声をかけた。少し間が空いてから「今行く〜」と言う声と共に足音が近付いてきて襖が開いた。押入れにいる明治と話すのは落ち着かないので自分の部屋へ招き、丸テーブルを囲んで二人で座った。
「私が狙われていると言ったわよね?」
明治が能天気に「うん」と頷く。
「もしそれが本当で、明治くんも本当にボディーガードなのだとしたら」
「俺本当にボディーガードだよ」
「私を護衛するのは何でなの? 金銭支払ってないし。あ、これから払えって事?」
やっぱり詐欺? 新手のボディーガード詐欺。ボディーガードしてやるから金支払え的な。
「お金取らないよ」
「じゃあ何のメリットがあって護衛するの?」
「メリットか……。考えてなかった」
「は……?」
明治はいつもの嘘くさい笑顔は見せずに呟いた。そして「出来れば話したくなかったんだけど」と前置きして話し始めた。
「ちよ子ちゃんを狙っているのは
「
「聞き覚えないよね」
「もちろん。……どうしてそんな犯罪組織が私を狙うんだろう」
社会に背く事なく真っ当に平凡に生きてきたけど、知らないうちに恨みを買っていると言うの? まさか。
「何かの間違いじゃないの? 誰かと私を間違っているとか」
「間違っていても今ちよ子ちゃんが狙われている事に変わりはない」
明治が真面目な顔で言う。
「KIRAの組織本部の所在地は分かっているものの、中々手出しする事は難しく根気よく攻めるしかない状況なんだ。ちよ子ちゃんが狙われるのは申し訳ないけど、KIRAの工作員と接触できるチャンスではある……」
明治の珍しく神妙な面持ちにこれ以上責めることは出来なかった。
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