現実 第三部

 友継さんが運転する車は十数分続き、着いたのは見慣れない公園であった。

 公園といっても、ブランコなどの遊具があるようなところではなく、広く平原が広がる公園であった。

 奥の方には丘のようなところもあり、そこには屋根のある休憩所が建てられていた。

 なぜ、その場所が公園だと断定できるのかというと、駐車したすぐそばに安国公園と書いてある看板があったからだ。


「ここは?」

「安国公園。私がよく遊びにきてた公園だよ」

「遊びにって、特に何もないですけど……」

「まぁ、一人の時は散歩してたくらいだからねぇ」

「自宅から近かったんですか?」

「まぁね。ほら、いつまでも車の中で話してないで出るよ」

「あっ、はい」


 俺と綾さんが車から出たまではよかったが、友継さんたちは一向に車から出る気配はなかった。


「えっと、友継さんたちは……?」

「何言ってんの? デートだって言ったじゃない」

「確かに言いましたけど……」

「ほら、あそこまで歩くよ。ついてきて」


 綾さんが指差す先にあるのは丘の上にある休憩所であった。

 俺はなんてことないが、先日まで一日の大半をベッドの上で過ごしていた綾さんにとってはいささか無謀と思えるような距離だ。


「綾さん。流石にあそこまでは──」

「そうね。だから、少しだけ手を貸してくれるかしら」


 そう言いながら綾さんが掴んだのは俺の右腕の服の袖であった。

 やはり、今の綾さんの状態ではあそこまで向かうことが難しいのだろう。だからといって、せっかくの外出許可であり、ここは綾さんの思い出の場所でもある。

 本人がその気でないならば無理をする必要はないが、本人自身が望んでいるのだから、俺はその意思に従うだけだ。


「わかりました。好きに掴んでもらって構いませんから」

「嬉しい。健くんがいつもよりもカッコよく見える」

「はいはい。わかりましたから」


 綾さんは掴んでいた袖から手を離すと、今度は俺の腕に自らの腕を通してくる。

 これはどうみても、男女の友人がする態勢ではない。

 だが、ここに俺たちのことを見ているのは綾さんのご両親だけだし、二人は綾さんがどんな状態であるかも理解している。だから、ここにいる人たちにとってこの態勢はなんてことない普通のことなのだ。

 俺もわずかながら人並みに動揺こそしているが、すぐに冷静さを保つ。


「ここにはどんな時に来ていたんですか?」

「そうだね……。いろんな時かな。楽しいことがあった時とか、悲しいことがあった時とか、本当にいろんな時」

「それは小さい頃からですか?」

「いいや、小さい頃は家族で来ていたからいつも楽しかったよ。でも、大きくなって一人で来るようになってからはそんな感じ」


 人には言えないことをここに来ては自分の中で清算していたのだろう。

 生きることすら苦痛に感じていた綾さんのことを思えば、なんらおかしなことではない。

 それよりも今考えることがある。


「どうして、俺とここへ?」

「だめだったかしら?」

「いえ、ただ、俺じゃなくてもいいかと思って」

「他に誰かいる? 私のあのことを知っている人間なんて」


 綾さんの質問に対する答えはノーだ。

 本人に直接聞き、確証に近いものを得ているのは俺だけだ。

 てっきり、いつもの感じではぐらかして来ると思ったが、ストレートに綾さんは事実を俺に伝えて来た。

 それが意味することを理解できないほど俺は鈍感ではない。


「あのことで何か思い出したんですね?」

「思い出した。という表現があっているのかわからないけれど、一つ思ったことがあるの。それを今日話すわ」


 綾さんが俺にかけたあの言葉の真実。

 これを知れば俺の人生は終わる。そんなたいそれた言い方をしているが、果たしてどう終わるのか。

 今の俺にはそれがわからなかった。

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