現実 第二部

 病院に着くと、入り口のところですでに綾さんたちが待っていた。


「遅いよ、健くん」

「これでも、急いだ方です……」


 公共機関以外は全て走ってきた。それこそこの入り口に来るまでも走ってきているのだ。まだ暑さが終わりを告げていないこの季節によくやったと自分では思うほどに。


「よくきてくれたね」


 綾さんのすぐそばには友継さんと真子さんが控えていた。俺の顔を見るなり立ち上がった綾さん同様に、立ち上がり俺のことを迎えてくれた。


「ちょうど暇でしたから」

「はいはい。立ち話はこのくらいにして、いこ」


 綾さんは俺と友継さんが話す時間すらも惜しみ、俺の背中を押して病院の外へと促していく。


「そう言われても、少し休憩しないと……」

「大丈夫。私のお父さんが運転してくれるから」

「運転?」


 俺たちと一緒に友継さんたちもついてきていた。デートなどと言っていたがやはりそんな甘酸っぱいものではなかったのだ。


「外出と言っても、遊園地のような騒がしいところや、海のような遠くまではいけないんだ。だから、本当にその辺りを歩くくらいの外出なんだよ」

「なるほど。じゃあ、やっぱり今から歩くんですね」

「いや、ここから少し離れた場所。私たちの家の近くまで車で移動する。そこならお医者さんからも許可をもらったから」


 そういうことなら確かに俺たち二人で公共機関を使って向かうよりも友継さんたちに運転してもらって連れてってもらった方が都合がいい。ただ、どうしてこの辺ではだめなのだろうか。そのことを聞かずにはいられなかった。


「どうして、この辺りを歩くだけじゃダメなんですか?」

「一応、この子の記憶の確認も兼ねてのことなんだ」

「なるほど……」


 そうであれば、綾さんの思入れが強いところに越したことはない。今日の行動の全容が読めてきたので、抵抗することはもうせず、流れに身をまかせることにした。


「車を持って来るから、すまないがここでしばらく待っていてくれないか?」

「わかりました」


 病院の入り口を出たところで友継さんは自らの自動車の元へと駆け出していった。俺と綾さん。そして、真子さんは入り口付近で友継さんの車を待つことにした。


「健くん。今日はありがとうね」

「いえ、感謝されるようなことじゃありませんよ」


 俺たちの後ろに立っていた真子さんから声をかけられる。

 こんな風に話すのはいつ以来だろうか。綾さんが目を覚ます前は病室で顔を合わせれば話していたが、目を覚ました後では面と向かって二人で話したことなどあまりない気がする。


「この子が無理を言ったんじゃないかって、私たち不安で……」

「それなら大丈夫ですよ。本当に今日暇だったので」

「そう。ならよかった。実は、今日のこの外出も突然この子が言い始めてね」

「そうなんですか?」

「だって、夏休みの間ずっと病院の中だったんだもの。少しは外に出てもバチは当たらないでしょう」

「とまぁ、こんな風で、先生方も驚いて……」

「目に浮かびます……」


 入院者が外出するには最低限の手続きと期間が入りそうなことは容易に想像がつく。ましてや、綾さんのように体が元気でも中身がなんとも言えない人はその判断はたとえお医者さんでも難しいだろう。


「先生の方は、これだけ元気ならば大丈夫でしょうと許可はもらえたのですが、幾分私たちも突然のことで……」

「大丈夫だって。少し歩くだけだし」


 大丈夫じゃないのは周りの心の準備だということを綾さんはわかっていないのだろうか。まぁ、これも素の綾さんなのだろうかと俺は勝手に解釈してしまう。


「今日も短い間ですが綾をよろしくお願いします。健くん」

「あっ、はい」


 改まって真子さんにお願いされ、背筋がシャキッとなる。

 そんなまっすぐになった背中を綾さんにバンッと力強く押されてさらに気持ちに気合が入る。


「期待してるよ?」


 目の前に友継さんの車が到着し、真子さんが助手席に。そして、綾さんは俺に一言残して後ろのドアを開けて席に着いた。

 いつまでもこんなところで立っているわけにもいかず、俺も後ろのドアを開き、友継さんの車に乗車した。

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