未来とは 第十八部
「健くんもそろそろ帰らないといけないんじゃないの?」
綾さんのそんな言葉によって、我に戻った俺は思っていたことを言葉にする。
「綾さん。一つだけ聞きたいことがあるんですが」
「なに?」
一度、綾さんの手に持っているものに視線を移してから、再び綾さんのことを見る。
「それ、覚えていますよね?」
俺は綾さんが手に持っている未来の自らに当てた手紙を指差した。
「どうして?」
「綾さんが覚えていないはずがないと思いまして」
「どこにそんな信頼できる要素があるのかしら」
綾さんは俺の言葉に笑ってこそいるが、決して覚えていないとは言わない。さっきまで当然のように言っていた言葉を言わない。それがもう俺の中で答えとなっていた。
「もしもよかったら、見せてくれませんか?」
綾さんから笑みは消え、俺に鋭い視線を向けて来た。
「どうしてそこまで見たいの?」
「そんなの綾さんのことが知りたいからに決まってるじゃないですか」
「それ、なんだか一種の告白にも聞こえるね」
「そうじゃないってわかっているでしょう」
「えぇ、もちろん」
静かなトーンで俺の言葉に答え、一度窓の外を眺めたと思うと、こちらに視線を戻して持っていた手紙を俺に差し出してくれる。
「どうぞ。気がすむまで読んだら」
綾さんが差し出してくれた手紙を受け取り、その封を過去の綾さんが宛てた人ではなく、俺が開けた。
「綾さんの口から言ってくれないんですね」
「読めばわかるでしょう」
「少し違うんですけど……、まぁいいです」
最後まで綾さんの口からはその言葉を聞けずに、仕方がないので俺は綾さんの手紙の中身を取り出して、その文字を黙読する。
『今これを読んでいる私は何をしていますか。今よりもすごくなっていますか? そうだといいなと思います。なぜなら、今の私ではこの世界は大変すぎるから。いろんな人の期待や応援を無駄にしたくないことを毎日考えています。みんな私のことを助けてくれますが、私はその助けにすら苦しさのようなものを感じます。これが一体なんなのか。今の私ならわかるのでしょうか。今の私にはわからないので、とにかく頑張っています。もしも、今の私がこんなことに悩んでいなかったら、もう解決していたらこの言葉は忘れてください。でも、一つだけ覚えておいてください。決して生きることを諦めないで』
その言葉で綾さんの手紙は終わりを告げていた。
この手紙の内容を三原先生は読んでいたのだろうか。いや、もしも読んでいたら騒ぎになっているに違いない。つまり、この手紙の内容を知っているのは今読んだ俺と、書いた本人である綾さんしかいない。
「どこまで覚えているんですか?」
また窓の外を眺めていた綾さんに問いかける。綾さんはこちらを見ることなく、ゆっくりと答える。
「おぼろげに。でも、生きなさいみたいなことを書いた記憶あるかな。だから、春ちゃんにはどうしても見せられなかった」
この手紙を読めば嫌でもわかる。かたや自分のことを大切に思ってくれている文章であるのに対し、自らは死をほのめかすようなことを書いてあれば、心配するどうこうの話ではない。
「こんなの健くんにしか見せられないね」
どんな感情を持って今笑っているかわからないが、綾さんはこちらに向かって微笑んでくる。そんな笑みを俺は受け止めながら、手に握っていた手紙に力がこもる。
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