未来とは 第十六部


「言わないことが坂波さんにとってベストだったからじゃないですか」

「どういうこと、緑川くん?」

「坂波さんにとって、綾さんは大切な友達だった。そんな友達がそこまでしてくれたのに自分はそんな友達がから離れてしまう。そのことを三原先生や坂波さんの親御さんは懸念したんだと思います」

「でも、私は綾ちゃんがそこまでしてくれて嬉しいって感じた」

「えぇ、坂波さんは純粋に綾さんの行動を受け止め、嬉しいと感じる可能性もあった。しかし、当時なら違っていた。という風には感じませんか?」

「当時?」

「坂波さんが引っ越しをした年。小学六年生の坂波さんは綾さんとの別れを悲しんでいたんではないんですか?」

「えぇ……」

「今でも、綾さんと別れてしまったことを後悔していると思います。でも、あれから年を重ねたからこそ、冷静にあの時のことを考えられると思うんです。小学生なんて子供で周りのことを考えることも、考える余裕すらないですから」

「つまり、三原先生や春ちゃんの親御さんはこれ以上春ちゃんを悲しませないために、あえて私の行動を言わなかったってこと?」

「そういうことです」

「最近になっても春ちゃんにそのことを親御さんが言っていないことについては?」

「それは、単純に忘れているのかと。もしくは、今でもその可能性を感じ自分の口から話すをの避けているのかと」

「なるほどね」


 俺の言葉に綾さんは頷き、坂波さんは呆気にとられていた。


「すみません。僕の勝手な想像なので、間違っていると思いますが──」

「ううん。多分あってると思う。すごいね、緑川くんって」

「いえ、そんなことありません」

「私たちより年下なんだよこれで。ほんとすごいね。最近の若い子は」

「若い子って綾さんたちと一つしか違いませんよ」

「一年が大きいんだよ。ねぇ、春ちゃん」

「そうだね」


 またしても、二人して笑っていた。

 何気ない会話で笑い、ちょっとしたことで話に華が咲く。

 それは、旧友の親しい仲を象徴しており、その二人はまさに親友というべき存在に俺には見えた。


「さてと、あまり長居するのもあれだから、そろそろ本題に入るね。綾ちゃん」


 坂波さんはカバンの中から一枚の手紙を取り出す。

 それは、今日俺たちが持ち帰ってきた綾さんがタイムカプセルに入れた手紙であった。


「はい。これ綾ちゃんの」

「ありがと」


 坂波さんの手から綾さんの手へと手紙が移る。

 しかし、綾さんは受け取った手紙を一向に開けようとしない。そんな様子に俺と坂波さんは動揺する。


「あ、開けないの? 綾ちゃん」

「あぁ、ごめん。なんか怖くって」

「怖い?」

「これって、私が小学校六年生の時に書いた手紙ってわけでしょ? それで、未来の自分のことを書いてるってことは、子供らしい純粋な未来が書いてあるわけで、それと現実が違っていたら嫌だなって……」


 俺たちは綾さんたちも含め、まだ高校生。一般的に見れば子供の領域である。

 しかし、綾さんや坂波さんは高校三年生。早い人であれば来年から社会人である。大人と言っても遜色ない俺たちにとって、六年前といえど、当時子供だった自分たちの夢を語っている文章が突き刺さることもある。

 当時は見えなかったいろんな現実を知った今、この手紙を開けるというのはある意味とても勇気のいる行為であった。


「無理に開けなくてもいいんじゃないですか?」

「う、うん! 緑川くんの言う通りだよ。これから時間もあるし、ゆっくり向き合っていけばいいと思う」

「そうかな?」


 綾さんにしては珍しく弱々しい声色で坂波さんにそう問いかける。

 綾さんのそんな問いかけに坂波さんは綾さんを励ますかのように、元気よくうんうんと頷いて答えてみせた。


「でも、そういう言い方だと、書いたこと覚えていないんですか?」

「うん。よく思い出せなくて」


 単純に忘れているだけなのか、それともあの事故によって記憶に障害があるのか、どちらが原因で忘れているのかはわからなかったが、忘れているならしょうがない。


「私も正直、覚えてなかったよ──」


 坂波さんはそう言いながら、うっすらと笑みをこぼしていた。

 しかし、その笑みはどこかぎこちない。すぐに、愛想笑いであることがわかった。それに、彼女が手紙に書いてあったことは綾さんのこと。彼女が忘れるはずがない。少しくらい忘れてもどんなことを書いたかのおおよそは覚えていたはずだ。

 坂波さんなりの優しさなのだろう。


「もしよかったら、春ちゃんの手紙とか教えてもらっていいかな?」

「えっ、私の!?」

「やっぱり、嫌だよね?」

「いや、嫌っていうか、恥ずかしいから……」


 ぎこちない雰囲気が病室に漂い、お互いにそれ以上前に進む様子がなかったので、大きなお世話かもしれないが、俺が一歩前に進む。


「綾さんとのことが書いてあったみたいですよ」

「緑川くん?!」

「そうなの?」


 綾さんから見つめられ、ぐっと塞いでいた口を坂波さんは開いた。


「……そう。綾ちゃんとのこと書いていた。緑川くん。なんで言ったの?」

「二人の仲です。当たり前のことかと思って」

「当たり前?」

「そうです。つまり、坂波さんが綾さんのことを書いていたように、綾さんも坂波さんのことを書いているのかと──」

「それって、どういう……」


 しばらく、俺の答えに頭を悩ませていた坂波さんであったが、何かに気づいたように、はっと綾さんの方を見つめる。


「綾ちゃん……。本当に覚えてないんだよね…………?」

「う、うん……」


 綾さんのことを坂波さんがじっと見つめ、坂波さんのことを綾さんも困惑した様子で見つめていた。

 しかし、あまりに見つめられたことで先に綾さんが根を上げてしまい、目がそれる。


「今、目をそらした! 綾ちゃん、本当は覚えてるんでしょ!」

「覚えてないってー!」


 いつしか、病室の中にはかつての二人の姿らしき空気が広がっていた。

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