未来とは 第十五部
「それじゃあ、開けますね」
「……お願い」
いつものように綾さんのいる病室の扉を開ける俺の後ろにはこれ以上なく緊張した面持ちの坂波さんがいた。
長年会えていなかった友であり、尊敬の人。様々な思いに今坂波さんはかられているのだろう。
長年会えなかった寂しさ。会っていなかったのに今更再会することへの不安。綾さんが今の自分をどう見ているのかという疑問。
それらの思いを俺がどうこうするなんてこともできない。こればかりは坂波さん本人が切り開いていくしかない。だから、俺は迷わずに扉を開き、病室へ踏み込む一歩をいつもより大きくした。
「失礼します」
「やっときた。健くんに春ちゃん」
「あ、綾ちゃん覚えてくれてるの……?」
「当たり前だよ。あんなに仲よかったもん。忘れろって言われても忘れられないね。それに少し前に健くんにも聞いてるから──」
「あ、綾ちゃん……!」
ずっと俺の後ろに身を隠すようにしていた坂波さんは綾さんの元まで駆け出し、今まで離れていた二人の距離をすべて無くした。
長年会っていなかったことへの不安。自分だけが相手のことをずっと考えているかもしれないという不安。そういった不安を綾さんは一瞬にして払拭した。
「ほらほら、健くんもいるんだから」
「いえ、やっぱり僕は邪魔になるので帰りますね」
「ダメダメ。私の代わりに今日健くんに学校に行ってもらった意味がないじゃん。聞かせて、あなたが感じたことを──」
綾さんの言葉はどこか含みがありげにそう言った。
「ごめんなさい。つい嬉しくて……。私も緑川くんがいてくれた方がいい。まだ二人っきりっていうのも緊張するから」
我に戻ったのか、綾さんから少し距離を置き、お互いの手が届かないギリギリの距離を保って椅子に坂波さんは腰掛けていた。
「わかりました。では、失礼します」
俺は近場にあったもう一つの椅子を持ってきて、坂波さんの付近に椅子を置き、腰掛ける。
「それじゃあ、まずは三原先生のこと聞きたいかな」
「タイムカプセルのことじゃなくて?」
「楽しみは最後の方が盛り上がると思うから。どう?」
「そうですね。一番長くなりそうな話ですから」
「なら、三原先生の話からするね」
「うん。おねがい」
話をすると言ったはいいものの、さっそく坂波さんは苦悶の表情を浮かべていた。
「話すっていっても、正直なところ、あんまり昔と変わってなかったかな……」
「そうなの?」
「うん。少し失礼だけど少し老けてる感じはしたけど、それ以外は昔と同じ三原先生だった」
「へぇ〜。でも、老けた三原先生も見たかったなぁ」
綾さんの言葉に坂波さんからも自然と笑みがこぼれる。
時間が二人の関係を止めていたのは確かだが、それでも二人の中ではその関係は止まることなく、流れ続けていたのだと隣で見ている俺からは感じた。
やっぱり、俺いらないでしょ……。
「そういえば、引っ越しのことを私の親に聞きに来てたって本当?」
「あ〜。そんなこともあったね……」
「本当なんだ?」
「まぁ〜。うん……。ごめんね。迷惑かけて」
「そ、そんなことないよ! むしろ嬉しかった。そこまでしてくれたことに」
「そう? でも、親御さんには私がごめんなさいって言ってたって言っておいてほしいかな。いくら小学生だったとはいえ、失礼なことしたから」
「わかった。でも、私も三原先生が言うまで知らなかったから、そこまで心配することじゃないと思うよ」
「あれ、三原先生が言ったの?」
「うん。先生もびっくりしてた。まさか私が今まで知らなかったなんてって」
「なんで、誰も言わなかったんだろう?」
「本当に、私もそれが不思議で……」
「健くん。なんでだと思う?」
「えっ。僕ですか?」
「そう。第三者から見て、なんで私の行動を誰も春ちゃんに言わなかったのか」
まさか綾さんにそんなことを振られるとは思っておらず驚いたが、答えがないわけではなかった。つまり、答えようと思えば、自分なりの考えなら話せた。
とはいえ、ベラベラと俺が語り出すのもおかしな話だし、話の流れ的にも坂波さんもこちちらをじっと見つめてきているので話すことにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます