未来とは 第十三部
「さっきも少しいったが、やっぱり園田を語るなら、坂波の存在は大きいな……」
「そうなんですか?」
「そう。園田の成績が上がりだしたのもだいたい坂波と仲良くなった頃と聞いている。それに、坂波もそんな園田に影響されるように成績がよくなっていったからな」
「綾ちゃんが勉強を教えてくれていましたから」
「そうだったな。よく授業が終わったら、園田の席に行っていたな」
「今まではわからないところがあっても、誰かに聞くなんてことはできませんでしたが、綾ちゃんと仲良くなったことで、わからないところを聞けるようになりましたから」
「そうか、それは本当に良かった」
三原先生は坂波のこと目を細くして見つめると、その視線を窓の外へと向ける。
「私たち教師は生徒たちに友達になる機会は作ってやれるが、生徒たちを友達にすることができない。それは、人それぞれの性格があるのはもちろん、私なんかの言葉、行動で仲の良い友達になるものなら、学校という場所はもっとどんな生徒たちにとっても居心地のいい場所になってるはずだから」
三原先生の言っている言葉の意味は理解できる。しかし、その言葉が物語る苦労を俺たちは決してわかることはなかった。
今日まで何十年と教師生活をしてきた三原先生ゆえの見解なのだろう。
「なぁ、坂波。もしも良かったら君と園田の出会いについて聞いてもいいだろうか?」
「えぇ、構いませんよ」
「ありがとう」
確か、小三の頃にクラス替えで一緒のクラスになって仲良くなったと坂波さんは以前に語っていたが、それ以外のことについても俺も知らなかった。
どんな風に出会い、どんな会話をして仲良くなっていったのか。
今度は坂波さんの昔話に耳を傾ける。
「綾ちゃんと会うまでの私は一人ぼっちでした。あの時の私は今よりも怖がりで、何よりも人と話すことを恐れていました。そして、日ごとに自分以外の人たちは友達を作っていく中で一人取り残された気持ちになり、ついに小学校に入学して二年もの間、友達と呼べる人はできませんでした。でも、三年になった時のクラス替えで綾ちゃんに出会いました」
「そうか、三年のクラス替えが君達二人の出会いだったのか」
「はい。クラス替えということで私以外の生徒たちもおどおどしていたのを今でも思い出します。けれど、やっぱり仲の良かった生徒を見つけ、一人、またひとりとグループを形成していきました。今年も私は一人なんだろうなって思いながら、本を読んでいたら綾ちゃんが話しかけてきたんです。その本、面白いのって」
「なるほどな」
「私は心の底から驚きました。そして、あまりに急のことに声が出なくて、どうしようと思っていたら、綾ちゃんはそんな私のことを嫌がることも、軽蔑することもなく、私の声が戻るまで優しく笑って待ってくれました。そして、私が面白いよと言うと、どんな物語か聞かせてと話しかけてきてくれました。それが私と綾ちゃんの出会いです」
実に綾さんらしい言動である。困っている人がいれば有無を言わせず、救いの手を差し伸べる。その中で救う手を選ぶことはない。目の前に困っている人がいるのならただ助ける。それだけなのだ。彼女にとっての当たり前なのだろう。
「それからは綾ちゃんの方から話しかけてくれるようになり、いつしか私の方から話しかけることが多くなりました。それがいつだったかはもう忘れましたが、気付いた時には私が抱いていた恐怖は無くなっていました」
相手が何を考え、どう思っているかわからないからこそ交友関係というのは難しい。そして、それが初対面のもの同士ならばなおのことである。しかし、一度相手のことを知ればその難しさも格段に下がる。ゆえに、坂波さんは一人ぼっちの沼から脱出できたのだろう。
そして、それを救出してくれたのは紛れもない綾さんという存在。
「いやはや、本当に園田のような生徒には頭が下がるよ」
「そうなんですか?」
「あぁ、園田みたいな生徒がたまにいるんだが、そういう生徒のいるクラスはいつもいい雰囲気なんだ。クラスに一体感があるというか、とにかく嫌な雰囲気がしない」
三原先生の歯切れが少し悪いのは、おそらくだが、いじめのことを言っているからだろう。今やどこの世界にもいじめというものは存在する。それはきっとこの学校でも。とはいっても、自分の口からいじめがあって困っている。とは言えないだろう。
「こうやって卒業生と昔話に華を咲かせられるのは、私にとって教師をやってきた誇りの一つだったりするんだ。だから、ありがとうな。坂波」
「な、何言ってるんですか。こちらこそありがとうございます」
俺の隣で各々が深々と相手に対して頭を下げ、己の感謝の深さを行動で示す。その想いはそれぞれにしっかりと伝わり、ゆっくりと二人の姿勢が元に戻る。
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