未来とは 第八部
「ここが、私たちが通っていた小学校よ」
坂波さんの案内の元、目的地である小学校へとたどり着いた。
夏休みということもあり、学校内、校庭には児童の姿は一つとしてなかった。
「中に入りましょうか」
「はい」
俺は坂波さんに促されるまま、その背中についていき、児童などが出入りする昇降口ではなく、来賓の方や、教師が出入りする玄関の方へと向かい、置いてあるスリッパに履き直し、職員室へと向かう。
坂波さんは落ち着いた様子で、職員室の扉を三度ノックし、「失礼します」という言葉とともに、その扉を開けた。
「三原先生はいらっしゃるでしょうか?」
彼女の後ろにいた俺からは職員室の中の様子が全てわからなかったが、夏休みとは言え数名の教師はいるようであった。
「あぁ、坂波か。今行く」
やや年老いた男性の声がしたと思っていると、坂波さんは扉から二歩ほど後ろに下がると、職員室からは眼鏡をかけた僕たちよりも身長の高い教師が姿を表した。
「お久しぶりです。三原先生」
「あぁ、少しの間に大きく、そして綺麗になったな」
「ありがとうございます。それで、こっちの彼が事前に話していた緑川くんです」
「初めまして、緑川健と言います」
「初めまして。坂波、そして園田綾の六年の時の担任だった三原宗治といいます。よろしく、緑川くん」
「はい、こちらこそ、今日はお世話になります」
それぞれ、軽い挨拶も済ませたことで、坂波さんから本題へ切り出していく。
「先生、今日は言っていた通りタイムカプセルのことで来たんですけど、ありますか?」
「あぁ、もちろん。ちょっと鍵を持ってくるから待っていてくれ」
三原先生は再び職員室の中へと姿を消して、ものの数分で帰ってくるとその右手には“第二倉庫”と書かれたタグのついた鍵が握られていた。
「それじゃあ行こうか」
そして、三原先生が筆頭となる形で、その後ろに俺と坂波さんが横並びになってついていくようにして、廊下を歩き出した。
「坂波はあれから、どうかね」
「はい。転校した先でも友達ができて楽しい学校生活が送れています。今通っている高校も自分の第一志望の高校に入れて、充実した毎日を送れています」
「そうか。それは良かった。坂波と園田は本当に仲が良かったから、少し心配していたが、今の報告が聞けて、私は安心したよ」
三原先生の言葉遣いは優しく、ゆっくりでありながら話すスピードにストレスを感じることのない口調であった。先ほど見た感じでも年齢も四十代から五十代と察するに、長年の教師生活によって育まれたもの、もしくは三原先生特有のものなのだろう。
「私も少し前に園田のことを聞かされたよ。まさかあんな事故に巻き込まれるなんて」
「えぇ、私も聞いたときはびっくりしました」
「教師生活をして、はや二十年以上になるがあんな肝を冷やしたのは初めてだよ」
教師という立場上、毎年のように新しい人との出逢いがある職業である。その中で自分が担当したクラス、そしてそれが卒業の年のクラスの児童ともなれば、たとえ卒業した後でもこうして思い出の中に深く残り、名前が出るたびに思い出すのであろう。
そういう教師だと三原先生の背中を見ていれば感じてくる。
「確か、緑川くんを助けるために園田は轢かれたのだったかな?」
「えっと、そう、です……」
気まずそうに坂波さんは三原先生の質問に答え、こちらへと謝罪にも似た視線を送ってくる。しかし、三原先生の言っていることは何も間違っていない。だから、坂波さんがこちらの心配をすることはなにもない。その態度を示すためにも、俺の方から発言する。
「そうです。僕を助けるために彼女は事故に遭ってしまいました」
はっきりと答える俺に対して、坂波さんは驚いた表情をするが、ここでこの事実をはっきりと告げておかないと、これから先、美原先生に嫌悪感を抱かれながら接してもらうことになる。もしも、現時点で俺のことを非難しているのなら今すぐにでもここから去る覚悟であった。だから、俺は事実を隠すことなく告げた。
「うむ。園田らしいな」
三原先生の口から出た言葉は、ここにはいない生徒の名前であった。
「緑川くん。君は深く考えすぎないことだ」
「え?」
「君がなぜ轢かれそうになっていたのかはわからない。しかし、それを助けたのは園田自身。つまり、園田の自己責任なんだ。だから、君が深く悩む必要はないと私は思うのだよ。それに、私が知っている彼女がそうだった。私が何を言おうが自分の正しさを証明する子だった。だから、私はまだ私の半分ほどしか生きていない彼女に言ったことがあるんだ」
三原先生の背中を見つめながら、思い出話に耳を傾ける俺と坂波さんがそこにいた。
「正しいと思うなら進みなさい。でも、その道は自己責任だぞ。っとね」
何かを思い出したのか、ふっと笑い出す三原先生に坂波さんは質問を投げかける。
「先生、それってなんの話ですか?」
「ん? なんだ、坂波。親御さんから聞いていないのか?」
「両親からですか?」
「そうか……。まぁ、話しても悪いことではないから、私の口から話そうか。実はな、坂波が転校すると聞いて、園田は坂波の親御さんのところまで直談判しに行ったんだよ」
「え、そ、そんな話聞いたことないです……」
「私も君の親御さんが話していなかったのは意外だったが、園田は君が転校することが納得できなくて、私に理由を求めて来たんだ。私も君の親御さんの理由だとなんども説明したが、絶対に違うはずだと聞かなかったんだ。だから、そう思うなら、自分の思った通りにしなさいって言ったんだ。そこからは自己責任になるがいいか?ってね」
「それで、綾ちゃんはどうしたんですか?」
「君の親御さんと話したみたいだぞ。話した後、律儀に私のところに来て、先生のことを疑うようなことしてすみませんでしたって。まさか本当に行くなんて思っていなかったし、その後、私に対して謝罪までして来たから、園田は本当に小学生かと疑ったよ」
またしても三原先生はその光景を思い出すかのように笑い出した。そして、鍵を持っていない左の手を顔のところへ持っていき、何かに触れてから、再び手を元の位置に戻した。
「園田綾というのはそういう子だったんだ。まっすぐでどこまでも揺るがない女の子。だから、今回のこともきっとそうだと私は思っている。緑川くんが思い込むことは一つもない。むしろ、胸を張っていなさい。そうでなければ彼女の行動。そして、その意志を冒瀆することにだってなるんだ。いいかい、緑川くん」
最後の言葉を発したときだけ三原先生は後ろを振り返り、俺の顔をじっと見つめた。それは無表情に近いものであったが、その目には意志が込められていた。それは、かつての彼女の姿を目にした三原先生から俺に対する意志だったのだろう。
「はい。わかりました」
「よろしい」
また前を向きなおして、一歩一歩目的地へと足を運ぶ。そして、目的地であった第二倉庫の扉の前へと到着した。
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