未来とは 第七部


「暑い……」


 夏の太陽の日差しを避けるように木の陰で立っていたが、その程度では夏の暑さから逃れることはできなかった。今すぐにでも冷房の効いた屋内に入りたかったが、ある人物と待ち合わせをしていたため、ここで立っていなければいけなかった。

 待ち合わせ時間よりも念のため二十分ほど早く来ていたが、流石に早すぎたのか待ち合わせ時間の五分前になっても待ち人は来なかった。

 着ている服の襟元を右手で掴みパタパタとしながら、体の中の風通しだけでもよくして、なんとか夏の暑さに抗っていた。


「ごめん。待たせちゃったかな」


 見ていた方とは真逆、俺の後ろの方から女性の声がした。


「いえ、つい先ほどついたばかりなので……」

「えっと……。ありがとう」


 俺の汗の量からして言っていることが嘘だと見抜かれ、待ち人であった坂波さんからは俺の安い気遣いに対する感謝の言葉が漏れる。

 そんな俺に対し坂波さんは涼しげな白い服に長いスカート姿であった。

 坂波さんと会うのは綾さんの病室で顔を合わせて以来であった。故に、これが二度目の顔合わせであった。


「それじゃあ、行きましょうか」

「そうですね」


 俺達は、坂波さんが通っていた小学校。つまり、綾さんの通っていた小学校へ向かったのだった。

 今日のこの段取りが組まれたのは今から二日前のことだった。夏休みに突入し、しばらく経ち、いつものように綾さんの病室に訪れ、日常的な会話をしている時に俺が坂波さんのことを思い出したことがきっかけであった。

 綾さんに坂波さんのことを聞いてみると、綾さんは彼女のことを鮮明に覚えており、俺が話すよりも前に、次々と彼女との思い出話を語り出した。綾さんが一通り語り終わり、俺が彼女の連絡先を知っていることを告げると、ぜひもう一度話したいということで、彼女へ俺の方から連絡した。

 返信はすぐに帰って来て、坂波さんからもぜひ会いたいという旨が綴られていた。

 そんなやりとりをしていた時、綾さんが不意に小学生の時に埋めたタイムカプセルのことを思い出し、それを今でもあるのか、あるなら見て来てほしいという話題が出たのだった。

 そして、綾さんはまだ病院から出られず、代わりとして俺が行くことになり、その案内として坂波さんも一緒に来ることとなったのだった。

 正直、見ず知らずの俺が一人で行くより、その学校の卒業生であり、その時の同級生がいるのなら大変心強い。当時の先生がいれば顔を見ただけで、話が通るであろう。


「それにしても、夏休み期間中に行っても大丈夫ですかね?」

「それなら大丈夫。私が事前に学校に連絡し、先生に時間を作ってもらったから」


 一昨日決まったばかりなのに、用意周到に手を回してもらっていて安堵する。


「ありがとうございます」

「いえいえ。たいしたことじゃないので」


 坂波さんは謙遜しているが、そんなことはない。事実、俺はつい先ほどまで坂波さんがいるから、顔パスでいけるだろうということくらいにしか考えていなかったのだから。


「ちなみに、僕のことって……」

「もちろん伝えてありますよ?」

「そうですか。助かります」


 さらに、今日初めて学校に訪れる俺のことまで配慮しているあたり、坂波さんも綾さんに劣らず素晴らしい女性だとしみじみ感じていたのだった。


「あの、聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」

「どうしました?」


 隣を歩く坂波さんはこちらを見ることなく、不意に言葉を切り出して来た。あまりに突然だったので、坂波さんの次の言葉が何か予測できない。とりあえず、軽く今の自分の身なりだけ確認しておいた。


「綾ちゃん。私のことなんて言っていました……?」 


 覇気のない声で徐々に消え入りそうな声で坂波さんは問いかけて来た。その言葉から坂波さんが抱いている不安の感情が読み取れた。


「色々言っていましたよ。それこそ僕が覚えられないほど多くの思い出を話していたました」

「本当ですか!?」


 さっきとは打って変わり、声に覇気があり、大きな声で反応を坂波さんは返した。周りが車などの騒音である程度うるさいのでよかったが、周りを歩いていた人は数人こちらに視線を送って来ていた。


「え、えぇ。僕が坂波さんの名前を出した途端。次々と語り始めましたよ」

「そ、そうですか……」

「そんなに、今の綾さんと会うことが緊張しますか?」

「えぇ、五年以上会っていませんでしたから……」


 実は今日の小学校に行ってタイムカプセルのことを確認したのちに、綾さんの元へ二人で訪れることになっていたのだった。

 そのせいもあってか、どこか隣を歩く坂波さんには緊張している面持ちがあった。


「大丈夫ですよ。綾さんのことですから」

「そう……、ですね。綾ちゃんですから」


 適当に言った言葉であったが、なんとなくその言葉に信憑生があるように感じた。信ぴょう性があったのかなかったのか、坂波さんからも落ち着いた返事が返って来た。

 俺たちは坂波さんと足取りを合わせて、二人の卒業した小学校へと向かった。

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