未来とは 第六部
確証のない否定をし、挙げ句の果てに俺にこれからの自分の行く末を見て欲しいと突きつけてきた。
俺はもう、満足なんだ。そう心の中で思っていた。そう感じていたのだ。
綾さんは完璧であり続けた自分を疎んで死のうとしていたわけではなかったが、死のうとしていたことは事実であった。もうその事実だけで俺は満足だった。
俺は、もう思い残すことなくいけるはずだったのだ。
「それは、緑川くんが私と一緒だから。何が一緒か。それは言わなくてもわかるでしょ」
いつから綾さんが気づいていたかはわからないが、今の言葉ではっきりと俺があの日の綾さん同様に、死のうとしていたことに気づいていたことに俺は確信した。
綾さんと会って、話したことなんて本当につい数十分前が初めてだったのに、そこまで人のことをわかってしまう綾さんがすごいと思ったのと同時に、そんな感情以上に嫌気がさした。今まで、正であり続けただけあったのである。
「つまるところ、道連れってことですか」
「そうね。一緒に死ねない道連れね」
聞いたこともない道連れの使い方に思わず、俺は笑ってしまう。
それは、心から面白くて笑ったものではなかった。そして、嬉しくて笑ったわけでもなかった。
ただ、咄嗟に反応として出てしまった軽い笑いであった。
「それじゃあ、そろそろ父さんたちも帰ってくるだろうし。また今度ね」
「わかりました」
席を立って、改めて綾さんの顔を見る。
その顔は俺なんかよりも輝いていて、綺麗で、死のうとしているような人の顔では全くなかった。
「次、会うときまでには思い出したら、教えてくださいね」
「思い出したらね」
そんな簡単な口約束をして、俺は綾さんのいる病室を後にした。
「もう、帰るのかい?」
病室を出てすぐのところには友継さんと真子さんの姿があった。
真子さんは流石に落ち着いたのか一人で立っており、目元が涙によって赤くなってはいるものの、今は泣いていなかった。
「はい。話したいことも話せたので、今日はこのくらいで」
社交辞令のような言葉だけ交わしてその場をさろうとした俺に対して友継さんは待ったをかけた。
「なぁ、緑川くん」
俺が友継さんの横を通り過ぎる寸前で話しかけられたので、今の俺と友継さんとの距離の間にさほど遠いものではなかった。
「綾は。綾は何か言っていたか……?」
あまりにもアバウトすぎる質問の内容に俺も何を答えたらいいのかわからない。しかしながら、この言葉にそれなりの意味があるということは確信できた。
「何か。というのは……?」
少しばかり表情を曇らせた友継さんであったが、すぐに笑い出して答えた。
「いや、自分の娘と緑川くんのような人が二人っきりで話していると思うと、少しばかりどんな話をしていたのか気になってな。それこそ恋のような。ただ、いかに父だとしてもあまりにも不躾すぎた。今のは忘れてくれ」
笑いながら、なんとか言葉を濁す友継さんであった。もう一度聞き直せばことの真意を聞けたかもしれないが、今の俺にはこれ以上考えることを増やしたくなかったし、今はすぐにでも帰って、ベッドに飛び込みたかった。
「そうですか。では、今日は失礼します」
「あぁ、気をつけて」
今度こそ、友継さんたちの隣を通り過ぎて、帰路へとつく。
その道中、頭の中ではこれからのこと。綾さんが言った死ねない道連れの言葉の意味を考えていたのであった。
そして、綾さんのあの言葉の本当の意味を。
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