未来とは 第一部

 季節はすっかり夏となり、あたりではセミが啼き、空は蒼い。そして雲はその蒼さに反比例するように白さを強調して、雄大な空を漂っていた。

 俺の学校もつい先日夏休みへと入り、こうして一ヶ月も続く休みの序章でもある今日をだらだらと過ごしていた。夏休みの課題を先ほどまでやっていたが、流石に数時間連続でするのにも体力がいるし、何よりも集中力が続かなかった。

 開いているページの三問目で思案することを放棄して、ベッドへと身を投げ出していた。


 外の景色をエアコンの効いた部屋の中から窓越しにベッドに寝ながら見ていた時だった。珍しく自分のケータイが鳴った。

 連絡を取るような人物もそうはいないため、俺にとってそのことはある意味重大なことを意味していた。

 ベッドから立ち上がり、机の上に置いたままだったケータイを手に取ると、画面には“友継さん”と表示されていた。


「もしもし。どうかされましたか?」


 暢気な声で通話ボタンを押して、電話越しにそう話しかけるとケータイを当てた右側の耳からは友継さんであろう荒い呼吸をする音が聞こえた。そして、次の瞬間、電話を通して友継さんが言った。


「綾の目が覚めた」


 その言葉を聞いた時、思っていた以上の衝撃はなかった。

 まずは、良かったと言う感情が芽生えた。そして、徐々に友継さんの涙ぐむような声も聞こえてきて、事の重大さに気づいていったのだった。


「あ、綾さんの容態はどうなんですか?」

「少し、戸惑っているが、特に問題はないらしい……。そう、先生がおっしゃっていたよ……」


 電話の向こうでは泣くのを必死に堪えながら僕に今の状況を教えてくれる友継さんがいた。

 今までずっと眠っていた娘が目を覚ましたのだ。しかも、約半年も眠り続けていた。受けた傷の内容も決して軽いものではない。もう二度と目を覚まさないかもしれなかったのだ。これだけのことがあって、泣かない親はいないだろう。


「そちらへ、行ってもいいですか?」

「あぁ……。ぜひ、きてくれ……」


 そのあと、電話を切って綾さんの元へと向かう準備をして、家を後にした。いつもなら、歩いて向かう道も今日は少しばかり早足になる。

 今の綾さんがどんな状態かはまだわからない。でも、尋ねなければいけないことがあるのだ。

 俺があの日、やろうとしたことを邪魔され、そしてそんな俺にあの言葉を残した本人にあの言葉の理由を聞ける瞬間が来たのだ。


 早足が駆け足になるのにそれ以上の理由はいらなかった。

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