未来とは 第二部

 病室のドアを三度ノックするとドアの向こうから「どうぞ」という声が聞こえる。その声を聞いてから、ゆっくりとドアを開く。


「待っていたよ、緑川くん」


 見慣れた病室には友継さんと泣いている真子さんの姿があった。

 そして、そんな真子さんを優しい手つきで介抱している人がそこにはいた。


「えっと、君が緑川くん?」


 俺にあの言葉を放った彼女の口から発せられた第一声は名前の確認であった。


「はい、緑川健です。初めまして」

「は、はじめまして。緑川くん。でも、初めましてじゃないんだよね?」

「まぁ、そうですね。あやさ……、あなたが僕を助けてくれたんです」

「そうなんだ。あと綾でいいよ」

「ありがとうございます。でも、一応年下なので綾さんで」

「そうなんだ。健くんって私より年下なんだ」

「すっかり、元気なんですね」

「まぁね。ただ、まだ記憶がおぼつかないかな。健くんが言ったように私が君を助けたらしいけど、私にはそんな記憶がないんだよね。お父さんがさっき教えてくれてわかっていたけれど」

「どうやら、軽い記憶障害があるらしい。でも、先生が言うには一時的なもので時間が経てば思い出すとのことだ」

「そうですか……」


 友継さんのその言葉に心からほっとさせられた。目を覚ましたのにあの言葉の真意が聞けなくなってしまうと思うと、いてもたってもいられない。


「ほら、健くん来たしそろそろ、泣き止まないとお母さん」


 真子さんは依然としてベッドに座っている綾さんにしがみつくような感じで顔を埋めて泣いていた。


「いえ、目を覚ましてすぐに押しかけてしまった僕が申し訳ないので、今日は綾さんの顔を見られたら帰ろうと思っていたのでこれで……」

「そうなの? 私としては少し話したいことがあったんだけど」


 綾さんの方から話したいことがあるというのは正直驚いた。もしかして、綾さんは自分が俺に最後に言った言葉については覚えているのだろうか。そのことについて話しておきたいのだろうか。もしもそうならば、こちらとしては願ってもないことである。


「大丈夫なのか?」

「大丈夫だよ、お父さん。だから、少しの間お母さんと席を外してくれないかな?」

「父さんたちがいると話せないのか?」

「お父さんたちがいるって言うよりかは、お母さんがこの状態だと私としても健くんとしても話せる状況じゃないでしょ?」

「……そうだな」


 友継さんと綾さんは泣きついている真子さんに話しかけて、友継さんに支えられながら立ち上がった。


「それじゃあ、しばらく席をはずす。何かあれば健くんを頼りなさい」

「わかった。お母さんをよろしくね」


 友継さんと、目元を真っ赤にしてハンカチで涙を拭いていた真子さんは俺の横を通り過ぎて病室を後にした。


「それじゃあ、話そうか。健くん」

「はい」


 ついに、本人に聞くことができるんだ。


 そして、俺は晴れて胸につっかえていたものが取れて、思い残すことなくいける。

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