思い出 第十一部

 もしも、あの時にいじめている姫野さんに何かしらの変化があれば綾さんは変わっていたのかも知れない。

 自分のしていることに反省し、姫野さんが自らの足で、心で綾さんの元に謝りに行っていたら、綾さんと姫野さんは今とは違う人生を歩んでいたのかも知れない。そう、一人妄想すると感慨深いものがある。


「ありがとう。少しわかった気がするわ」

「そうですか。それはよかったです」

「そうね。でも、お互い様でしょう?」

「お互い様というのは?」

「私もあなたとの今日の会話でわかったことがあった。そして、あなたも今日の私との会話でわかったことがあった。違う?」


 姫野さんがどこまで俺の心を読めているのかわからないが、その質問の答えは正しかった。確かに俺は今日の姫野さんとの会話の中で一つの答えを見つけた。

 その答えとは綾さんが最後に残した言葉。あの言葉の意図の答えが……。


「えぇ、そうですね。まったく姫野さんには敵いませんね」

「一応、あなたよりも年上だもの」

「年齢って関係ありますか?」

「あるわ。少なくともあなたよりも一年は多くの人としての経験を積んでいる」

「それはまぁ、そうですけど」

「それじゃあ、今日はもうお開きでいいかしら?」

「そうですね」


 気づけばかなり長いこと姫野さんと話していたので、店内には俺たち以外には誰もいなくなっており、机の上にあったカップもお互いに空になっていた。


「私はもう少しここで時間を潰していくけれど、あなたはどうする?」

「これ以上僕がここにいてもお邪魔なだけなので帰ります」

「そう」

 席を立って、姫野さんの方に体を向けて頭を下げる。

「今日はありがとうございました」

「そこまでされるようなことはしてないわ」

「いえ、姫野さんのおかげで少し前に進めたような気がします」

「そう。それはよかったわ」

「えぇ……」


 店の雰囲気がここにきて、この場から去ることへの詫びしさを想起させて、踏み出そうとする足を重くさせていたが、しっかり床を踏みしめて俺は姫野さんから体を翻した。そして、レジの元へ行き、会計をすませる。


「ありがとうございました」

「コーヒー美味しかったです。また、時間があればきたいと思います」

「お待ちしております」


 祥平さんは小さく、そしてゆっくりとした動作で頭を下げて、俺が店を後にするその一瞬まで頭を下げていた。そして、店の扉が閉まると、ゆっくりと頭を上げて、ある場所へと歩き始め、ピタリと止まる。


「おかわり、入れましょうか?」


 その言葉に彼女は一度だけうなづいて答える。


「少々おまちください」


 店の中には依然としてゆっくりとした時間の流れが漂い、そして、その中でそんな時間の流れに姫野萃香は身を委ねていた。

 懐かしくて虚しい。でも、今までの学生生活の中で一番印象に残っているあの時代に想いを馳せながら。

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