思い出 第十部
長時間にわたって自らの過去について、そして自分と綾さんのことについて語った姫野さんは一息吐く。
「そして、私は努力をしながら天才になれた彼女と努力しても天才になれなかった自分を比較して勝手に嫉妬した。さらに、その天才の鼻を折ってやろうとしたけど、最後まで折れず、全く彼女に敵わなかった過去を今でも引きずっているってこと」
そう締めくくる姫野さんの表情には笑みが浮かんでいた。
しかし、その笑みは過去を思い出して懐かしむようなものではなく、自分の杜撰な過去を思い出し、自分に対して嘲笑しているかのような乾いた笑みであった。
「どうかしら、彼女について知れたかしら。緑川くん」
「はい」
「そう。それはよかった」
姫野さんの話はだいぶ興味深いものだった。特に姫野さんのいじめに対する綾さんの反応についてだ。なぜ、綾さんは姫野さんの度重なる嫌がらせに対して無反応であったのか。それが今日まで綾さんについて調べてきた中で、あの日のあの言葉の真相に迫る事柄なのかも知れない。
「私の話を聞いたあなたに質問したいのだけれどいい?」
「なんですか」
「あなたはなぜ、園田綾は私の嫌がらせに対して無反応だったと思う?」
姫野さんのその言葉を受け止め、改めて頭の中で思案する。
これまでに聞いてきた綾さんとは打って変わった対応。俺が今日までに見知ってきた彼女なら、まず姫野さんの行動について言及し、そして改めさせるだろう。
綾さんがそれをしなかった理由。それがあるとするならば、まず可能性の一つとして姫野さんという存在。俺が少しばかり話しただけでもわかる姫野さんという周りの人とはひと味変わったその雰囲気に、その人間性に対して綾さんが何かしらの感情を抱いたということだ。
もうこの人には何をしても敵わないから、無駄な抵抗はやめようとか。
私と同じで頭がいいのに、なんでこんなことをするのだろうか。
このような思惑があり、抵抗せずにいたと考えられるだろう。
そして、二つ目に、姫野さんとの接点。
綾さんと姫野さんはテストの点数のことで顔を合わせ、話し込んだことになった。その結果仲違いするような形になっている。あの時の何かしらの衝撃が綾さんにそうさせたのではないか。
ほとんど初めて会話したと言っても過言ではない同級生による強烈なビンタ。
あなたは天才なのだという発言。
そうやって考えていくと、一つの答えが思い浮かぶ。
「困惑してたんじゃないんですか」
「困惑……」
俺が考えたことはこうだ。
綾さんはいつも楽しく生活をしていた。しかしそこに自分に対して嫌悪感を持っている人が現れた。彼女なりに対処しようとしていたが、自分と相手との間に大きな隔たりがあり、それが今までの経験などでは到底埋まるものではなかった。だから、綾さんは姫野さんから受ける嫌がらせを受け止めることしかできなかった。自分がどういうことをすれば姫野さんが心を開いてくれるかわからなかったから。ただ時が経ち、姫野さん自身に変化を怒るのではないかと耐えた結果が無反応であった。
「──っと、こんなかんじかと」
俺は今思ったことをそのまま姫野さんに告げる。
「私の変化……」
もしも、あの時にいじめている姫野さんに何かしらの変化があれば綾さんは変わっていたのかも知れない。
自分のしていることに反省し、姫野さんが自らの足で、心で綾さんの元に謝りに行っていたら、綾さんと姫野さんは今とは違う人生を歩んでいたのかも知れない。そう、一人妄想すると感慨深いものがある。
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