巡り合わせ 第六部

 教室の扉が開かれるとそこには一人の女子生徒が立っていた。


 ポニーテルにすらっとした体型に、運動部らしい軽い服装をしていた。この容姿からしてまちがいなく有沙さんだろう。



「えっと、堀田先生って人にここに行けって言われて来たんだけど……」


「はい、有沙さんとお話ししたいと堀田先生に自分がお話ししたら、呼んでくださるということで、ここで待っていました」


「あ、そうなんだ……。えっと、なに?」



 状況がいまだに掴めていない有沙さんは教室の扉のところで立ち止まり、中に入ろうとしてこなかった。もしかしたら、すぐに帰るつもりでいるのかもしれない。



「綾さんのことでお話がしたくて……」


「綾がどうかしたの!?」



 綾さんの名前を出した途端、有沙さんはこちらへと歩みを進めて来て、さっきまでの警戒心はなくなり、いや、なくなったというか、それどころではないほどの形相でこちらへ向かってくる。



「いえ、綾さんは今も眠っているんですが、その綾さんことでお聞きしたいことがあって」


「あっ……。そうなの……」



 いつの間にかすぐ目の前まで来ていた有沙さんだった。そのせいもあって彼女はどうすればいいのかわからず、おどおどしていた。



「もしも時間があれば、少しだけお話しできませんか?」


「別に少しくらいならいいけど」



 俺は隣にある席を手で促し、そこへ有沙さんは座る。



「改めまして、緑川健と言います」


「えっと、最上有沙です。って、そう言えばなんで私の名前を知っていたの?」


「綾さんの親御さんから聞きました」


「そうなんだ」



 徐々に平静になってきた有沙さんはこちらをじろりと見てくる。



「それで、話っていうのは?」


「今の綾さんのことは?」


「事故で入院してることなら知っているけど?」


「実は、その事故で綾さんに助けてもらったんです」


「あなたが……」



 その時の有沙さんの視線は睨むような鋭いものだった。


 その視線を見返さないように俺は少し下の口元あたりを見るようにする。



「綾さんが今、眠っている状態のことは知っていますか?」


「えぇ、何を話しても返事すらしなかったわ……」



 口ぶりからするに綾さんの病院にお見舞いに行っていることは伺える。



「綾さんに助けてもらったことを僕は忘れたくないんです。だから、綾さんのことを知りたくて今日、この時間を……」


「忘れたくないってどういうこと?」



 こちらを今度こそ睨みつけてくる有沙さんの視線を今度は受け止め、その目をしっかりと見定める。


 先ほどから感じていたが、一悶着しないといけないことを決心する。


 ここで下手に回りくどく話せば、場がこじれるだけ。


 だからこそ、俺は強気に出る。



「綾さんが亡くなった時に、彼女のことを僕が覚えておきたいと思ったんです」


「本気で言っているの?」


「はい」



 俺の返事を聞くとすぐに席を立ち、教室を後にしようとする有沙さんの背中に言葉を投げかける。



「綾さんはどんな人か教えてもらえませんか?」



 有沙さんの歩みがピタッと止まり、振り返ることなく答える。



「あなたにそれを言ってどうなるっていうの?」


「利を考えるのであれば何もありません。ただ、僕が綾さんのことについて知れるということです」


「そうよね。なら、私から話すことは何もないわ」



 再び歩き出そうとしてしまう有沙さん。しょうがないと思いながら俺は口を開く。



「綾さんが最後に残した言葉が気になっているから、こうやって話しているとしても、会話することを拒否しますか?」



 有沙さんの歩みはすぐに止まる。


 ここまで綾さんに対する想いが見られる言動をしていれば、きっとこの言葉を発すればすぐに止まってくれることは予想できた。


 しかし、問題はこの後だ。


 果たして、あの言葉を話すだけに値するか。


 有沙さんにあの言葉を話したとして、一番困るのは綾さんの親御さんに話されることだ。堀田先生の場合、話すだけの意味がないし、先生のすることではない。だから、そのあたりの可能性も少ないし、逆に綾さんの通っていた学校の先生ということで他にも情報を持っている、得る要素が多いため、包み隠さずに本当のことを告げた。


 しかし、有沙さんに本当のことを告げた時にどうなるか。


 それを今から見定めないといけない。



「最後の言葉?」


「綾さんにかけられた言葉があるんです」


「なんて言ったの?」


「それは言えません」


「なんで?」


「綾さんに聞いてみないと分からない言葉だからです」


「友達の私には言えなくて、助けたあなたにしか言えないことっていうの?」


「そうです」



 有沙さんはこちらへ戻って来て、俺の胸ぐらをぐいっと掴み上げる。



「あなたのせいで綾が重症なのよ? その上で私には言えなくて赤の他人のあなたにしか言っていないことがあるから綾のことを教えてくれって、自分が言っていること分かっているの?」


「確かに僕のかわりに綾さんがトラックにひかれました。そのことについては謝罪が必要ならばいくらでします。でも、後者についてはあなただからこそ言えないことだってあります」


「やっぱり、喧嘩売ってるでしょあんた……」



 胸ぐらを掴む手がさらに強さを増し、そして少し震えつつもあった。



「いくら家族でも恋の相談はできないでしょう? それと同じです」


「綾が最後に残した言葉があなたへの告白でもいうの?」


「あくまで例です。いくら信頼している友にでも言えないことがあっても、逆にそれよりも希薄な関係の人には言えることがあるっていうことです」



 俺の言葉を聞いてしばらく睨みつけながら、掴んでいた胸ぐらから手をはなして、手を払う。



「少し熱くなった。ごめんなさい」


「いえ、僕も配慮が足りませんでした」



 なんとか落ち着いて話を持っていけるところまでこじつけた。


 有沙さんも何も言わずに席に座りなおしてくれて、どうやら会話をしてくれるらしい。

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