巡り合わせ 第五部
「ねぇ、健君何か知っていない?」
「いえ、僕は何も」
「そう? 私の何か知らないことを知っているでしょ?」
「何も知らないです。そもそも、僕は綾さんとあの事故がきっかけで初めて顔を合わせただけですし」
「とかいって、実は……」
「どうして、そこまで執拗にこだわるんですか?」
堀田先生は右手を顔のところまで持っていき、頬杖をつきながら俺の方へと疑いの視線を向けてくる。そんな堀田先生の態度に少し怒りを覚えて、つい強い口調で言ってしまう。
「すみません。少し言葉が過ぎました」
「それが原因よ。健君」
堀田先生は俺のことを指差す。
「健君はどうしていつもは冷静なのに、綾ちゃんのこととなると真剣になるの? ここまで話して、健くんの人となりはある程度わかった。私も教師の端くれ。あなたたちを見る目はそれなりにあるの。その経験から言いたいのだけど、なぜ、そこまで綾ちゃんにこだわるの? ましてや、赤の他人よ?」
「それは、命の恩人だからです」
「そうね。それはいい言い訳になるわね」
「言い訳って……」
「なら聞くけど、健君がもしも綾ちゃんのお父さんだとして、仮にも娘の命を奪う原因となった子が自分の子を知りたい、調べたいと言ったらどう思うかしら?」
「それは、いい気はしないです」
「どうしてそう思う?」
「仮にも自分の娘が重体になった原因なんですから、それがどうあれ、あまり近づきたいと思う相手ではないです」
「そこまでわかっていて、私の言う言い訳の意味はわからないってことはないよね?」
堀田先生は俺がただ綾さんのことを命の恩人ってことで調べているのではないことを気づいている。そして、綾さんがなにか悩みを抱えていたことも知っている。
この両者からなら容易にその原因が俺にあると言うことを予想したのだろう。
堀田先生がどういう風に俺を見ているかはわからないが、少なくとも綾さんの悩んでいた原因が俺にある。そういう風に考えているのだろう。ならば、その誤解を解いておかないといけない。
「堀田先生は綾さんが悩んでいる原因が僕に関係していると考えているのですか?」
「まぁ、それもあるかな」
「さっきも言った通り──」
「健君は少し勘違いしているよ」
「勘違い?」
「私は綾ちゃんと健君に関係があることを疑っている。そして、それは綾ちゃんの悩んでいたことと関係している。そう思っている。でもそれは、あの事件があった“前”のことじゃなくて、“後”だと言っているの」
ここまでのらりくらりとしていた堀田先生がズバリと言葉を発する。そして、そうでしょ?といわんばかりにこちらへ視線を向けてくる。
その視線は明らかに一生徒に送るものではなかった。
それは、俺がこの学校の生徒ではないから、容赦なく赤の他人として見ているからなのか、俺という一人の人間を試しているものなのか。それは、今の俺にはわからないことだった。
「それでも何も知らないって言ったらどうしますか?」
俺がそう堀田先生に問いかけるとにっこりと堀田先生は微笑んだ。
「そう言うってことは知ってるってことだよ健君」
どうやら、堀田先生とは正直に話すことでしか情報は得られない。そう俺は確信した。
「わかりました。正直に話します」
「うん」
「綾さんが僕を助ける時に言った言葉が気になって、綾さんのことを調べているんです」
「綾ちゃんが言った言葉?」
「謝罪。ごめんなさいという言葉です」
堀田先生は俺の言葉を聞いて、少し考える仕草を見せると、僕に質問を飛ばしてくる。
「確認なんだけど、本当に綾ちゃんとはその事故で初めて会ったんだよね?」
「はい」
「なら、初対面の健君に謝ることはおかしいよね。なら……」
俺自身、あの日以降毎日のように綾さんが最後に残した言葉の意味を考えていた。
初対面の俺に対しての謝罪。助けてあげた人へ対しての謝罪。
そして、死ぬ覚悟で誰よりも早く動いたはずの俺のことを押してくれた彼女の謝罪。
ここから導かれる答えは一つだった。
「綾ちゃんは死ぬつもりだったのね……」
僕は敢えてその言葉に肯定も否定もしなかった。
俺はその言葉をただ聞くだけにした。
なぜなら、まだそうだと確定したわけではないからだ。そして、その事実を確認するための今の俺の人生なのだから。未確定な今それを簡単に認めることだけはしたくなかった。
それに、死ぬつもりだったのは俺だって同じ。ならば、なぜ綾さんは死のうとしていたのか、同じ境遇を持った一人の人間としてそこが知りたかったのだ。
「まぁ、こんなこと確かに話しにくいわね」
「そんなとこです」
「綾ちゃんの先生としてこれは見過ごせない事態ね」
「あの……」
「大丈夫、誰にも言わないわ。綾ちゃんは誰にも言えなくて、最終的にこんなことになってしまったのだから。それだけ綾ちゃんにとって大きなことだったんだから。安易に公にすることでもないでしょう。それにそんな綾ちゃんの気持ちを優先するべきだと思うから」
「ありがとうございます」
「なんかそれを聞くと、本当に綾ちゃんの彼氏みたいね」
「何言ってるんですか……」
「大人のたわごとよ」
堀田先生は立ち上がり、そのまま座っていた椅子を元の場所に戻す。
「他に何か聞きたいことがあれば、申し訳ないけど日を改めてもらっていいかしら。私もそろそろ……」
「いえ、こちらもそろそろ話を切ろうとしていたところですから」
「そう、それならよかった。もう帰るってことでいいのかしら?」
「いや、まだ会いたい人がいますので、できればその人と会って話しをしたいなと」
「有沙ちゃんかしら?」
「はい、そうです」
先ほどの話からもわかったように、少なからず有沙さんと綾さんは他の人よりも深い関係を持っていたことは明らかだった。だから、少しでもいいから話しておきたかった。もっと言えば、どんな人か確認だけでもしたかった。
「そういうことなら、ここで待っててくれるかしら?」
「わ、わかりました……」
そのまま堀田先生は教室を後にして、しばらく外を眺めて待っていると、校内放送で堀田先生が有沙さんを呼び出す声が聞こえてきた。
確かに、俺が会いに言って話をしたいというのはいくらか問題が起こりそうだし、有沙さんが話をしようとしてくれないかもしれない。
その点、先生の呼び出しとなれば否応無く行かないといけない。
俺の予想が正しければ、堀田先生の一言でまもなくここへ有沙さんがくるのだろう。
であれば、俺はここで待つことにした。
綾さんが授業を受けていたこの教室、この席で。
(なんで、死にたかったんだろうなぁ……)
それは自分に対する問いかけではない。綾さんの死に対する欲求。それに対する問いかけ。
彼女は何に苦しみ、何に嫌気がさしたのか。
そんな空想を膨らませていると、堀田先生がいなくなってから静けさを保っていた教室にガララと、扉を開ける音が広がる。
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