第4話 生の喜びを感じよう

「HAHAHA!どこへ逃げようというのかね?」


軽快な笑い声とともに、男はーーサンタクロースは私に問いかける。

彼の相棒はトナカイではなく、唸りを上げるチェーンソー。

とんだクリスマスだ。

なんて日だ。

だから、私はクリスマスが嫌いなんだ、ろくなことがない。


一昨年は前々日に恋人に振られ(三股をかけられていた。しかも一番下)失意の元に予約先のレストランで2人分のクリスマスディナーを食べ

去年はクリスマス合コンに参加し、私だけ収穫なしにて失意の旅路についた。

そして、今年がこの有様だ。

もし、生き延びられたら、来年は何が起こるか分からない。

魑魅魍魎がこの世に溢れ出すのではないか。

ならば、私のこの行いは正しいはずだ。

世界を正す、善行であるはずだ。


だが、このサンタクロース、なんて体力だ。

普通の叔父さんにしては動きが機敏すぎる。

チェーンソーを振り回しながら、どうして全力疾走(のつもり)している私に追いついてきている?


「そんな靴では遠くに逃げられないよ!」


ーーあ、ハイヒール履いているからだ。

どうりで動きにくと思った。

私はすぐさまハイヒールを脱ぎ、そのまま彼に投げつけた。

角度良し、

速度良し、

タイミング良し。

直撃コース、回避動作は間に合わないし、一瞬でも気をそらせれば、夜闇に紛れて逃げ切れすはずだ。


私は攻撃成功を確認せず、そのまま疾走を続ける。

体が軽い、

素足でコンクリート道路を走るのは、足を痛めそうで不安だったが、チャーンソー男に捕まるよりはよっぽど安全だ。


「あんなので逃げられると思うとは、サンタクロースも舐められたものだ」


ぶぉおんという凶器の叫び声。

共に聞こえる、あの男の声。

まさかーー


「暗視ーーゴーグル」


流石はサンタクロース、装備品は潤沢、ということか。

全く、なんという相手を敵に回してしまったのだろう。

たかだが、少しクリスマスをディスった程度でこの悲劇。

あんまりだ、

なんて日だ!

叫びたくなる気持ちを抑え、逃走を続ける。


闘争を選ぶ、という選択肢もなくはなかったが、こちらは空手(であり武術は特段使えない)である。勝てる見込みは限りなくゼロに近い。

ならば、身軽さを活かした機動力で立ち向かうしかない。

相手の疲労を待つしかない。

いくら機敏な動きをしているとはいえ、文明の利器を相棒にしている時点で、所詮は人間の域を超えた性能を持つ可能性は低い。

目からビームを出すことも、

瞬間移動をすることも、

魔法を使うことだってありはしない。


サンタクロースに、そんな逸話はない。

せいぜい、空を飛ぶソリに乗る程度だ。


「そろそろ本気で行きますよぉー」


ふぉふぉふぉおっと、不愉快な笑いが、だんだんと近づいてきた。

……む、さっき私は何を思った?

空飛ぶソリ、

高速の移動手段。

まさかーー


「悪い子には永遠の眠りをプレゼントしますよぉー」


ぶぉん、ぶぉんと、殺意が迫ってくる。

本当にソリに乗ってきやがった。

反則だろ、

世界観考えて来いよ!


ーーって突っ込んでいる場合でない。

このままでは、この突っ込みが最後の言葉になってしまう。

それは嫌だ。

まだ私にはやりたいことがあるんだ。

ここで、

ここで死ぬわけにはいかない。


「来やがれ、クソジジィ!」


私は逃走から闘争に切り替える。

逃げれないなら、逃げない。

相手の装備が潤沢?

それがどうした。

勝てる見込みがない?

それがどうした。

私はいつだって、そんな状況を耐えてきた。

去年も、

一昨年も、

その前もずっと。


形なき同調圧力、

それが当たり前という世間の風当たり、

恋人がいないものは敗北者という悪しき設定。

そういったものと戦い続け、そして生き残った。


なら、今年は勝利しよう。

敗北に近い引き分け、ではなく勝利を狙う。

クリスマスの象徴であるアンタを倒して、私は乗り越えてやる。

今日という、1日を。

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1分でわかるクリスマスの乗り越え方 虹色 @nococox

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