そのプレゼントの名前は【中②】
出されたお菓子を平らげた……と言っても、ほとんどユキと風音が食べてしまったし、なんなら風花はそれを見て胸焼けを起こしたが……3人は、そのままザンカンの街に繰り出した。
途中、執務室から出てすぐ隣の部屋から何か聞こえた気がしたが、まあ気のせいだろう。風花は、特に気に留めずそこを通り過ぎたのだが、風音がガスマスクで顔を覆っていてもわかるくらい真っ赤になっていたので
「どうしたんですか」
と聞くも、
「……なんでもない」
何も話そうとしないので、やはりそこまで重要なことではないのだろう。風花は、気にせずザンカン皇帝の城を後にする……。
***
外に出ると、赤と緑色に装飾された景色が飛び込んでくる。それらは、イルミネーションの光と一緒に煌びやかな街中の雰囲気を作っていた。
「マナ、こういうイベント好きなんです」
その、好奇心のような視線に気づいたユキが、風花に話しかける。すると、ぐるりと街中の様子を眺めてから、
「これって、さっき言ってたクリスマスなの?」
「その一貫って言えば良いのでしょうか。クリスマスまでの数日、ザンカンはこうやって街中イルミネーション魔法が常時展開されてるんですよ」
「へえ……これも魔法なのね」
「マナの魔法なんですよ。だから、この時期は魔力消費が激しいんです」
だからこそ、サキが犠牲になったのだ……。彼の犠牲の上に輝くイルミネーションと考えると、そのありがたさが身に染みるだろう……。
「赤と緑色はクリスマスカラーって言うんだよ」
それに、風音も補足を入れる。
「たしかに、赤と緑がメインですね。なんだか、華やかで綺麗です」
と、風音には敬語で話す風花。年上だからだろうか?その答えはわからない……。
「緑と言えば、風花さんの瞳の色と同じですね」
そう言って、風花の緑のような色をした瞳を覗き込むユキ。
ユキが言う通り、彼女の瞳は透き通った緑色をしていた。
それが、汚れを知らないような雰囲気に拍車をかけている。だから、彼女は純粋な女の子という印象を人に持たせるのだろう。
「……これって、いろんなところでやるものなのかな」
「んー、どうなんでしょうか。レンジュとザンカンと……ぺキラでは見たことありますけど」
「タイルはないな。多分、地域によって違うから他の世界ではないかもしれないね」
「うーん。もっとよくクリスマス聞いておけばよかったな」
と、少し寂しそうに下を向く風花。ユキの位置から見えたその横顔には、自身の住んでいる場所への恋しさが滲んでいるような気がした。
「……早く、その探し物見つけて帰りましょう」
その表情を汲み取ったユキがそう発言するも、当の本人は寂しさよりも探し物が見つかるかどうかを気にしているのだろうなと予想を立てると、
「……見つかるといいんだけど」
やはり探し物に焦点が当たっている言葉を口にしてきた。それを見たユキが、
「風花さん、クリスマスって大切な人と過ごす日なんですよ」
一連の流れで風花自身を把握しつつあるユキがそう発言すると、それでも彼女は一生懸命何かを考え、
「大切、な……人」
と、呟いている。
「そう。大切な人と過ごすために、早く帰らないと」
「……」
彼女は、感情をあまり表に出さない。それは、「無理して表に出さないようにしている」のとは違う。
その奥にあるだろう、自身の気持ちが抜け落ちている、という印象をユキにあたえてくる。だからこそ、笑ったり困ったりするタイミングは掴めていてもそれを表に出さないのだ。
歩きながらも、その必死に何かを思い出そうとする表情は変わらない。その難しそうな顔を見たユキが、
「先生は、明日サツキちゃんとクリスマスデートですもんね」
話題を変える。
「……なんで知ってるの」
「あはは、先生顔真っ赤。サツキちゃん襲わないでくださいね」
「うるせぇ!襲うか!」
「……デートって襲うものなんですか?」
それに乗っかるように、悪気のない風花が発言するものだから、
「違う!!!」
と、声を荒げてしまうのは致し方ない。その様子を、ユキが楽しそうに笑う。
「天野だって、姫と約束してるじゃん」
「してますよ。先生と違ってちゃんとプラン立ててます」
「……かぶらないようにしないとな」
「でも、それがどうプレゼントと関わってくるんですか?」
クリスマスを理解していない彼女が、頭にたくさんのクエスチョンマークを浮かばせながら質問をしてくる。
「……風花さん。それは、元の世界に帰ってから聞いてみると良いと思います。ここと風花さんのいる世界には結構違いがあるように感じます。なので、こっちの世界のクリスマスを先に聞くとそれにとらわれちゃいます」
「……たしかに。桜木さん、色々混乱させちゃってごめんね」
「いえ、私の知識がなくて」
「知識はいつでもつけられます。まずは、今しかできないことしましょう」
そう言って、ユキは立ち止まって風花の手を掴む。
「今しか……?」
「そうです。風花さんと私たちが一緒にいられるのは今しかないでしょ?」
「……」
「だな。桜木さん、オレらにも探し物教えて?一緒に探そう」
「……ありがとうございます」
そうは言うが、風花の表情は硬い。それに気づいた2人が顔を合わせた。
「なにか、懸念してることあったりしますか?」
なんとなく理由に気づいているユキがそう聞くも、
「……」
彼女は黙ったまま。無表情には変わらないのだが、その無の中に彼女の葛藤が隠されている。
「……風花ちゃん。私たちは強いから大丈夫ですよ」
「……」
「それとも、信用してくれてないですか?」
「……違う、違うの」
と、呟く声が次第に小さくなる。その様子を見た風音が、
「桜木さん、オレたちは大丈夫だよ。自分の身は自分で守れるくらいには強い」
「そうそう。先生なんてフェロモンでたいていの敵は倒しちゃいますもんね」
「いや、普通に攻撃するわ」
「先生は、このまま色気路線キャラ行けばいいのにってよく思ってますよ」
「うるせぇ、オレはそんな「はいはい、そうですねー」」
またまた実のない会話が繰り広げられるので、
「ふふ、ありがとう。……私の話、聞いてくれる?」
風花も笑うしかない。
しかし、それで肩の力が抜けたようで、ユキと風音の方をまっすぐに向いて覚悟を決めたように口を動かした。
「もちろんです」
「聞くよ」
「ありがとう。……あのね」
2人の心地良い返答に安心したように、風花が話し出す……。
***
重たい口を開いた風花は木に背中を預けながら、風の国から来た第一王位継承者であること、魔界から来た幼馴染が探し物を奪おうと躍起になっていることなどをゆっくり話し始めた。
そして、今探している「心のしずく」とはなんなのか、どうして集めているのかも一緒に。
その過酷すぎる内容に、静かに耳を傾ける2人。
「……」
風音は、その話を聞いてユキと同じと感じた影の正体に気づく。
これは、彼女が他人との距離を置いているものから来ている。こうやって普通に接しても、本人に自覚はなく壁を作ろうと脳が模索しているように見えた。それが、「私が仲間を守らないと」という気持ちになって彼女の心の奥に張り付いているのだ。
人との繋がりを大事にしているように見える彼女に、その無意識な脳内の拒絶はどう映るのか。もしかしたら、それに気づいてないのかもしれない。心を半分以上失っている状態の彼女には……。
「……」
そのことに気づいた風音が、風花に近づき寂しそうに頭を撫でる。
「……?私、絶対に取り戻したいんです。風の国で私を待っててくれるみんなのためにも、今まで戦ってくれた人たちのためにも」
と、話を続けながらも無理して笑おうとするものだから、
「風花さん」
ユキも風音と同じ考えになったのだろう。目の前にいた彼女に近づき抱きしめた。
「……」
「風花さん、肩の力抜きましょう。ほら、難しいことじゃない」
と言って、回復魔法を彼女にかけた。心を落ち着かせ、安心させる回復魔法を。
その緑色の光が、風花を優しく包み込む……。
すると、風花の頬に一粒の涙が。
「……」
それは、頑張って笑おうとしていた彼女と比べてとても自然なものだった。そして、ポツリポツリと言いたいことを紡ぐように言葉を続ける。
「私、今仲間がいるんです。こんな私にも……仲間が」
「うん」
「でも、私のせいでこんなことに巻き込んで」
「うん」
「だから、私。もっと強くならないと。みんなを守らないと」
「……」
そうなのだ、彼女は、「自分のため」に周りを巻き込んでいることに心を痛めている。きっと、これからその「心のしずく」を取り戻すたび、その感情は大きくなるだろう。
それまでに「もっと強くなってみんなを守る」という感情が「みんなで協力して戦う」になれば良いが、彼女はそういう思考の持ち主ではない。多少自身が無理をしてでも、周囲が傷つく姿を見たくないという思いが強まって1人で戦いを挑んでいくタイプだ。窮地に立たされれば立たされるほど。
それをわかってもユキは、彼女に伝えないといけないことがあった。
「……風花さん、それって仲間に失礼じゃないですか」
「天野」
「先生は、黙っててください」
風花から離れたユキが、少し強めの口調で
「風花さん。あなたの仲間ってどうやって集まりましたか?お金積んで手に入れたものですか」
と問い出す。すると、
「……そんなことしてない」
と、ユキの雰囲気が変わったことに戸惑いながらもはっきりと答えがかえってきた。
「そうですよね。みんな、風花さんに興味を持って集まってきたんですよね」
「なのかな。それは聞いてみないと」
「わかりますよ、聞かなくても。風花さん、あなたもわかってるはず」
「……」
と、やはり強めの口調で風花に話しかけ続ける。
「風花さん。魔法を使って生きていく上で、一番大事なのはなんだと思いますか」
「……」
それを教えてくれた人が、今もユキの隣にいてくれている。
その人は、不器用だがどんなことをしても最後は笑って抱きしめてくれる。背中合わせに一緒に戦ってくれる。なにも返せないのに、それでも仲間だと言ってくれる。
だから、ユキは以前よりもずっと強くなったのだ。
「それって、魔力じゃないんです。頑張って強くなることでもないんです。それは、……仲間なんです。背中合わせで戦える仲間がいるかどうか。そこなんですよ」
「……」
「仲間だって言ってくれた人には、少し弱い部分を見せても良いんです。それを補ってくれるかもしれませんし、相手もその部分が弱いかもしれません」
「……」
ユキの話を静かに聞いている風花。しかし、その表情は硬い。
「やっぱりそういうのって自分から発信しないと相手はわからないんですよ」
「……でも」
「仲間だって言ってくれた人は、そういうありのままの風花さんを見たくて行動してくれてるんだと思いますよ」
「でもっ……私がもっと強くなって相原くんたちを守らないと。傷付けないように、守らないと。仲間だから、私が……」
「風花さん」
「私が……巻き込んで……、辛い思いさせて、傷つけて」
「……風花さん、風花さん」
「私の、せいで……あなたたちも」
「…………」
そんな頑なな彼女を見て、ユキは壊れ物を抱きしめるかのように優しく、優しく抱きしめた。
そして、静かに涙を零す。
その涙は、彼女の優しくまっすぐであろう性格に。
それを潰しにかかる残酷な過去、現実、未来に。
そして、こうして出会えたのに何もできない自分に向けて、涙を零す。
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