そのプレゼントの名前は【下】
泣き止んだユキが「ごめんなさい」と小さい声で謝罪すると、風花は
「ありがとう」
と、微笑んだ。そして、
「とても気持ち良い回復魔法だった」
そう言葉を続けた。
それが、実際にかけた魔法なのか、かけた言葉のことを言っているのか……。ユキには、その判断がつかなかった。
それでも、
「……ありがとうございます」
そういって再度彼女を抱きしめると、今度は風花自身も抱き返してくれたのでユキはそれでよかった。
自身とはまた違う過酷な場所で戦う女の子、しかし、その子の思考は限りなく似ている。だからこそ、感情的になってしまったのだ……。少し恥ずかしくなりながらも、ユキは彼女の体温をその身に刻むよう強く抱きしめた。
その様子を見て、微笑む風音。彼もまた、2人の気持ちをわかっている。お互い、「頼る」ことを知らない2人のことを。
目の前にある2つの小さな頭を同時に撫でると、
「桜木さん、心のしずく探そう。感じた場所まで案内してくれる?」
「はい、案内します」
少しだけ風花の頬が赤くなった気がしたが、まあ気のせいだろう。
いつもの無表情になった、しかし、雰囲気の柔らかくなった風花は、先ほどよりも距離の近くなった2人と一緒にその場所を目指す……。
***
風花と手を繋いで歩く少女ユキは、少し嬉しそうだ。
「風花さん、この辺ですか?」
「うん。でも、やっぱり気配が」
風花が立ち止まったそこは国境だった。その奥には、レンジュ国が管理する森が広がっている。
「今は?感じます?」
「……薄く、あっちの方に」
そう言って、風花は国境に立つユキの方を指す。が、ユキの後ろには、特に何も見当たらない……。木々が生い茂っているだけだった。
「なんだろう。レンジュに行ってみましょうか」
「あ、待って。この子パスポート持ってない」
「あー、そうか。そしたらこの辺散策してから考えましょう」
「パスポート?国境?」
と、風花は2人の会話に首を傾げている。風音が順を追って説明すると、
「なるほど。ありがとうございます。であれば、一旦この辺を探させてください」
状況を理解したらしく、周囲の気配に集中するように目を閉じる。
「……」
その間、ジッと動かない風音と違ってユキは周囲を散策するようにあっちこっちに移動する。カンコウドリが周囲を飛翔しているので、遊んでいるのだ。
「移動してる。誰かが持っているのかな。でもすごく近い」
と、戸惑う風花。こんな微弱な反応なのに、動いているのはわかる。今までにない現象に首をかしげるしかない。
「近いんだ。そしたら、国境に沿って歩いてみようか」
「はい、お願いします」
カンコウドリは、遊んでくれるユキに懐くように周回する。森は、彼女らの声しか聞こえないほど、静かだった……。
***
「……やっぱり、近くにはある」
と、国境沿いの森を一周しても彼女は同じ言葉を繰り返す。
そろそろ、日が沈んであたりが暗くなりそうな時間帯になってしまった。
その間も、ユキは木々を行き交うカンコウドリと戯れカラフルな尻尾を追いかけツンツンしてはくちばしで攻撃される、を繰り返す。カンコウドリのくちばしは、あまり尖っていないので痛くないのだ。
風花は、どこに行っても「近くにある」を繰り返す。しかも、動いていると。
が、風音が周囲を警戒しても人気はない。となれば、答えはひとつしかない……。
「……天野、ちょっとこっち来て」
何かに気づいた表情の風音がそう言って、鳥と遊ぶユキを呼ぶ。
「……襲わないなら行きます」
「誰が襲うか!」
「はいはい、いきますよ」
その茶化しに、風花も自然に笑うことができていた。
そして、
「桜木さん、今はどこにその気配を感じる?」
近くに来たユキの腕を取り動かないようにすると風花に向かって質問する。
「……こっち」
すると、やはりユキのいる方をさしてきた。
「オレ、わかった……」
「え!?」
「……桜木さんには悪いんだけど、結論から言うとこの世界に君が求めているものはない」
「……そんな」
「先生、どういうことですか」
驚く2人を見た風音は、言葉を発するのではなく無言のままユキの瞳に手をかざす。
そして、
「色彩解除」
と、静かな声で魔法を唱えた。
すると、ユキの瞳がひまわりのような明るい黄色に輝く……。
「……この気配。そうです、それが心のしずくです!」
風音が思った通り、彼女はユキの瞳をまっすぐに指差した。しかし、それが違うことをユキと風音は知っている。
「……風花さん、ごめんなさい。これは生まれた時から私に付いている眼球です」
「……え、でも」
「だから、私の方に気配を感じていたんですね。気づかなくてごめんなさい」
この瞳は、どんなに頼まれても渡せない。
なぜなら、この瞳こそがユキの不死身を作り出しているものだから。この瞳が2つとも体から離れれば、ユキは死ぬ。だから、あげられないのだ。
「私は、これがないと生きていけないんです。2つとも失えば、死にます」
「そんな……」
「ごめんなさい」
ユキの言葉に、風花が再度目を瞑った。「心のしずく」の気配を再度確認しているのだ。
そして、瞳を開いた彼女には、落胆の表情が伺える。答えは出たようだった……。
「……確かに、少し雰囲気が違う。じゃあ、ここにはないんだ」
「……ごめんなさい」
落胆しながら、少し寂しそうな顔をする風花。その表情は、「心のしずく」がなかったための落ち込みではない。
「風花さん。今思ってること当てましょうか」
「……」
「せっかくここまで付き合ってくれたのに、無駄だった。申し訳ないって感じでしょうか」
「……ごめんなさい」
「あはは、風花さんは風花さんですね。先生?」
そう言って、風音の方を向くと、
「桜木さん、オレは今日1日楽しかったよ」
と、目を細めて笑いながら優しい声でそれに応えてくる。ガスマスク越しでも、その笑った顔がわかるくらいに。
それを見た風花は、
「私も……なんだかいつもと違う感じで、緊張しちゃったけどその」
と、言葉にするも、その続きが出てこない。
この感情はなんだろう。
風花の身体は、今にでも地面から浮きそうなほど軽かった。
ここにきた時に感じていた、「探し物を絶対に手に入れる」と言う気持ちが薄らいでいる……。
こんな気持ちを持っていて、待っているみんなは私を軽蔑しないだろうか。しずくは見つからなかったけど温かい仲間と出会えてよかったと思う、そんな私を……。
風花は、そうやって思考を巡らせると、
「……楽しかったんだ、私」
はっきりと自身の感情を口にした。
その返答に笑う2人は、どこまでも優しい雰囲気で自身を包んでくれる。抱きしめている訳ではないのに、その温かさがこちらにまで広がっているのをひしひしと感じた。これも魔法の一種なのだろうか。
風花がそれを考えている時、突然目の前にいたユキの身体が光り出す。
「……」
そして、光が消えると最初に会った青年の姿になった。
「風花ちゃん。瞳はあげられないけど、お詫びに」
と言うと、両手を広げる。
「イルミネーション!」
とても心地の良いアルト声を響かせると、周囲の森が白く光り出した。そして、光が消えるとそこには……。
「……綺麗」
それは、色とりどりの光が不規則に点滅するもの、一律を保って流れるようにひかるものが重なって彼女の目を楽しませてくれる。
風花から見える木々全てに、赤と緑の色を中心とした飾り付けがされていた。それは、あのザンカンで見た飾り付けよりもっともっと明るく美しい……。
その合間を縫うように、金のリボンがかけられていく。マッドで上品な色を放つそれは、風がないのにゆっくりと揺れ動き木々の間を駆け巡った。
そして、ガラス玉のような球状の物体も方々に多く飾られていて、イルミネーションの光が動くたびに風花を魅力する。
「……デコレーション」
ユキの魔法に重ねるように風音も言葉を発する。すると、地面の草花が一斉に咲き乱れまるで夢の世界のような空間を風花に見せてくれた。
「ここの魔法って温かいのね……」
イルミネーションの光に反応するように、それらは瞬きを繰り返す……。
風花が、下に咲いた赤いポインセチアを1束手に取り笑うと、
「で、これが俺たちからのプレゼント」
「!?」
そんな彼女に向かって、2人が同時に手をかざす。その光は、周囲の暖かさに負けないほどの温かさで風花を包んだ。脳に何かが入ってくる感覚に驚くが、そこまで嫌な感じはしない。
そして、その光が消えると、彼女の目の前に大きなスクリーンが現れた。
『あれ、桜木さんどこに言ったのかなあ』
『翼、何かやったんじゃないの?』
『……そんなことないと思うんだけど。練習って言って誘ったの悪かったかな』
『深淵の覇者に心を奪われたのだろうか』
『……まあ、もう一回探してみるか』
そこには、見慣れた校舎が映っていた。そして、翼、優一となぜか彬人の姿が。
各々、手にはカバンと一緒に赤や緑色をしたカラフルな袋を持っている。
『そうだ!我々は、赤き衣に身を包む戦士!神から授かりし、この』
『桜木に変なこと教えるなよ。それが正解だと思ったらどうすんだよ』
『あはは、あっち探してくるね』
『あ!ちょっと!もしかして見失っちゃったの?』
『風ちゃんにクリスマスを教えるために、今日はみんなでプレゼント交換するって約束したでしょう』
と、そこにきたのは美羽や一葉。彼女たちも、同じような袋を持っている。
「みんな……」
そのスクリーンには、見知った人たちが。そして、映り込む全員が風花のことを探していた。
「風花ちゃんのいる世界ってこんな感じなんだね」
「いい仲間、いるじゃん」
「うん。なんだか安心したよ」
と、ユキと風音がその映像を見て笑う。どうやら、ユキの思っていたことは杞憂に終わりそうだ。
2人は、風花の脳内を覗き、その世界とこの世界をつなげたのだ。
通常なら、こんなことはできない。しかし、ユキと風音はなぜか「できる」と確信して互いに魔法を展開。そして、それは彼らに応えるようにこうやって現れた。
「まさに奇跡ってやつかな」
「さあな」
「あはは、先生そういうの信じなさそう」
「非合理的だから……」
「うわー、ロマンのかけらもない!サツキちゃんかわいそー」
「サツキは関係ない!!」
と、いつものやりとりをするも、彼女はスクリーンに釘付けだ。
「先生、仕上げはどっちやる?」
「……もう魔力少ないからお願いする」
「はいはい〜☆任せて!先生は、そこでサツキちゃんとの甘い夜でも妄想して待っててよ」
「しない!!!」
やはり、口でユキに勝とうとするのは無謀だ。風音は、諦めの表情を浮かべながらユキの行動を見守る。
会話を止めたユキは、幻術を使って両手に光を集めてあるものを作り出した。そして、
「風花ちゃん、これ持って行ってきな」
スクリーンの映像を瞬きせずに見ている彼女へ、今出したばかりの綺麗な袋を2つ差し出す。すると、彼女はその声に反応するよう、ゆっくりとユキの方へ視線を動かしそれを受け取った。
「……これが、プレゼント?」
「そう。1つはみんなと交換用で持ってって。で、もう1つはここで開けてみて?」
と言って、ユキは赤い方の袋を指差す。
「……」
それに従って風花が袋を開けると、突然自身の身体が光り出した。
「「メリー・クリスマス」」
彼らの声が、風花の脳内に流れてくる。それに驚き視線を前に持っていくも、すでに彼らの姿は自身が放つ光によって消えつつある。
風花は、その温かな光と直接聞こえる声に心地よさを感じ、また、その光が別れの瞬きであることも理解した。
「役に立てずごめんね。でも、懲りずにまた遊びに来て」
「今度は、大切な人たちとね」
「……大切な、人」
その声は、風花の心にゆっくりと染み込んでいく。消えつつあるスクリーンの映像から聞こえていた声と混ざり合い、風花をどこまでも優しく包み込む……。
「そう。君と一緒に戦ってくれる、大切な人」
それは、すでに目の前にいた2人の声ではない。でも、風花にはそれが2人からだとわかっていた。あの、優しい彼らのものだと……。
「……」
その声は、「大丈夫」と言っている。これから何が起きようと、仲間と一緒の君なら「乗り越えられる」と、直接語りかけている。
「ありがとう。ユキちゃん、風音さん……」
風花は、彼らからもらった胸が温かくなる「プレゼント」を心にしまうと、ユキが開いてくれた帰り道を歩き出す。
そして、彼女はその不思議で、どこか温かい空間を後にした。みんなが待っている場所へ、帰るために。
来た時に感じていたあの寒さは、いつの間にかなくなっていた。
もらったもうひとつの袋に入っていたものは?
それは、自分を探しているみんなに会って、「プレゼントを配る」クリスマスというものをやればわかるだろう。
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