そのプレゼントの名前は【中①】
「マナ、ただいま」
「おかえり、ななみ、ユウト。その子だな」
女の子を抱えながら執務室に入ったユキが声をかけると、机に高く積まれている書類に目線を落としているザンカンの皇帝マナが返事をした。相変わらず露出の高い服を着ている彼女は、ある事情がありユキのことを「ななみ」と呼ぶ……。
その後ろの机には、皇帝マナの付き人であるサキ(なぜか瀕死状態)とその顔を面白そうに覗いている皇帝代理サユナの姿が。
「……え、サキさんどうしたの」
顔を真っ赤にしながら目を回している彼を心配するのは至極当然だろう。少し乱れた服装が、その心配に拍車をかける。
「んー?マナがサキにちょっとね」
そう楽しそうに答えたのは、サユナ。どうやら、また対人接触をしたらしい。
この世界では、魔力を消費した分だけ補充が必要だ。
その補充……回復方法は、人によって異なる。それは、睡眠や食事、はたまた自然回復だったり。そんな中、マナの魔力回復方法が、人との接触という、なんとも言い難いものなのだ。まあ、それがなんなのかは想像にお任せするとして……。
「ほどほどにな……」
何かを察した風音は、呆れ口調で返答するだけにとどめた。そこに、
「えー、俺も混ざる〜♡」
と、余計に混乱しそうな発言をするユキ。
「じゃあ、オレも」
と、これまた収集がつかなくなりそうな発言をサユナがするものだから、
「やめろ!」
それを風音が止めないといけない。この空間で、ユキたちの暴走を止めるのは彼くらいしかいないのだ……。
「ははは、ユウトが言うなら今日は止めるか」
と、一番乗り気そうに……というか当事者のマナが書類を手にしながら笑ってその光景を眺めていた。
ユキもそのやりとりに笑いながら、近くにあったソファベッドへ抱きかかえていた例の女の子を寝かせる。まだ、彼女は気絶したままだった。
「なんだか、不思議な雰囲気の子だねぇ」
「サユナ、手は出すなよ」
と、彼女に近寄るサユナをマナが止める。
「流石に得体の知れない子に手を出すまで飢えてないよ」
「飢えてそうな顔してるから忠告してるんです!」
気絶している女の子守るように両腕を広げる風音が、サユナに向かって今にでも牙を向きそうな視線を投げる。
「もー、ユウトくんは真面目なんだから」
「サユナさんが緩いんです!」
「あはは、先生必死すぎ〜」
とまあ、これだけ騒げば彼女も起きるだろう。
案の定、女の子はゆっくりと目を開けた。
「……」
状況を理解していないのだろう。彼女は、瞼を開けるもぼーっと天井を見ている。
「大丈夫?」
「……!」
風音の声に反応するかのように、女の子がスカートを翻してソファベッドから飛び起きた。
「待って、戦うつもりはない」
「……」
杖を取り出し警戒態勢の入った彼女の腕を優しく掴むと、それが伝わったのかそのまま杖をおろしてくれた。
そして、何を話せば良いのかわからないのか、周囲にいる人間を一人ひとり警戒するよう視線を巡らせている……。
「初めましてお嬢さん。私はこの国の皇帝をしているマナと言う者だ。君の名前をまず聞きたい」
と、マナが書類を置いて立ち上がり彼女の方へと歩み寄る。女の子は、その気迫……と言うか露出の高さかもしれない……に圧倒されつつも、
「……桜木風花です。木の桜に、風と花で桜木風花」
はっきりとした口調で名前を伝えてきた。
「え、声可愛い♡」
「オレも思った。ねえ、挨拶して良い?」
「やめろ!」
と、これまた風音がサユナに向かって怒鳴るが、
「……挨拶くらいなら」
桜木風花と名乗った女の子が手を差し出してくる。
「桜木さん、こいつの挨拶は握手じゃありません」
サユナを睨みつけながらガードする風音が忠告するも、彼女にはよくわかってないらしい。不思議そうに、目の前で戦闘が繰り広げられそうな雰囲気を見ている。
「風花ちゃん、サユナさんの言う挨拶ってね」
と、面白そうにユキが風花の耳元で囁くも、やはりよくわかっていないらしく「そうなんですね」と言って手を下ろすだけだった。
「……へえ、やっぱり可愛い」
「サユナ、あとで私が相手するからやめろ」
「そう言う話を昼間からするな!!」
マナの場を収める発言も、火に油を注いでいる行為に等しい。風音が忙しそうにツッコミをすると、
「ふふ。面白い人たち」
風花の表情が一瞬笑ったように見えた。が、気のせいだろう。彼女は、特に表情を変えることなくその様子を見ている。
「……事情がありそうだな。そっちで聞かせてくれ」
と、マナが指差したのはソファベッドの後ろにあったティーテーブル。その指先からは淡い紫色の光が出ていて、すぐにティーテーブルを囲んだ。
「……すごい」
光が消えると、テーブルの上にお菓子とティーセットが現れた。カップに注がれている紅茶には、湯気が立っている。
「甘いものは好きか?」
「はい」
「ならよかった。コーヒーの方が良いか?」
「……いえ、紅茶で」
と、何かを思い出しているのか少しだけ眉をひそめる仕草を見せる。
「ん。じゃあ、座ろうか」
それを特に気にせず、マナがティーテーブルに備え付けられている椅子に座った。
「失礼します」
それに従うように、風花も席につく。が、後の人たちはマナの後ろに従うよう立っている……。
「マナさん?ってどんな立場の人ですか?」
「ん、私か?この国を統括する人、でわかるかな」
「……総理大臣?大統領?それとも、王様?みたいな感じでしょうか」
「……?何だそれは」
「あ、えっと」
どう説明すればわかっていないようだ。風花は、言葉を詰まらせる。すると、
「風花ちゃん。君は、この魔法界の人じゃないね」
ユキが、彼女の目をまっすぐに見つめながら質問をする。風花は、その言葉に抗えないらしく、
「はい……。目的があってさまよっていたらここに」
と、素直に答えた。
それもそのはず。ユキが、口術を使って彼女の言葉を誘導したのだ。同時に魔法で正誤を確認しながら聞いていたので、その言葉に嘘はないことも彼らにはわかっている。
「そうなんだ。ありがとう、話してくれて」
と言って、風花の前に跪き手の甲に唇を落とす。
「……?」
「……」
先ほども感じたが、どうやら彼女は少し鈍感のようだ。と言うより、元々あった感情を忘れてしまったかのような印象を受ける。その仕草はどこか、レンジュで留守番をしているサツキを連想させる……。
それを見たサユナと風音が、
「へえ、やっぱり興味がわいて「やめろ!」」
またもや、先ほどと同じやりとりを繰り返す……。
それを、マナが制し、
「話を戻すぞ。……風花、見ての通りこちらに敵意はない」
と、ゆっくりと、だが威圧的に目の前にいる彼女へ語りかける。
「はい」
「だが、得体の知れないやつを受け入れるほどお人好しではない」
「……はい」
「ということで、ななみとユウトを貸すから目的を達成させて元の世界に帰りなさい」
「は……え?どういう」
マナの懐の大きさは、こういう時に顕著になる。本来であれば、国を危険にさらさないために即刻追い出すような案件でも、「人が困っている」と言う事実があれば彼女は見捨てない。
「その歳じゃ、待ってる人がいるだろう。明日は聖夜だぞ。それまでに帰ってあげなさい」
そう言って、紅茶を一口。
「いただきます。……セイヤ?誰かの名前ですか」
風花も、それにならって目の前のカップを持ち上げ口をつけた。美味しそうな表情でそれを嚥下しながら、疑問を投げる。
「あれ、風花ちゃんの世界にはクリスマスってないの?」
「……クリス?誰ですか?」
「あはは、どんな世界からきたのかな」
ユキが面白そうに聞くと、
「えっと、私、元々別世界から来てて。ある探し物をして今は他の世界で生活してるんです。まだよくわかってないんですけど、学校に通って色々勉強しています」
「アカデミーみたいなところかな、なんか複雑だね。……ところでさ、そんな簡単に異世界って移動できるの?」
「……まあ、特定の条件が合えば」
風花がそう答えるとユキの瞳が輝いた。
「面白そー、俺もやってみたい!」
「なら、私も!」
「や め ろ !!!お前らが行っても最悪の事態しか見えねえ!」
と、それに乗っかるマナ。
やはり、このメンツでは風音がツッコミを入れるしかないのだ……。
「あ、プレゼント」
それを無表情で見ていた風花が、突然小さく呟いた。
「どうしたの?」
「……あ、いえ。本城く……いえ、クラスメイトの人がクリスマスって何か説明してくれたのを思い出して」
「クラスメイト……?あ、そうか。学校ってところに通ってるんだったね」
「はい。……その人が、クリスマスってプレゼントを配るって言ってるのを思い出して」
「……ちょっとざっくりしすぎてるけど、まあだいたいあってるかな」
「ははは、やはり風花は面白いな」
そのやりとりを聞いていたマナが、豪快に笑い出した。そして、いつものごとくスキンシップの激しい彼女が、困惑している風花の頭に手を置いてワシワシ撫でるものだから、
「マナ、オレそろそろ我慢できない」
と、その行動に嫉妬したサユナが後ろからマナを抱いて何かを誘う。そして、それに応えるように、彼女はサユナに向かって唇を差し出すものだから見ていて気が気じゃない。
……まあ、この空間では1名だけだが。
「……?」
やはりその光景を見ても風花にはよくわかっていないようで、この空間でその行為に顔を赤らめたのは風音だけだった……。
「風花ちゃん、それ食べたら行こうか」
ユキが、真っ赤になった彼を見て笑いながら風花に話しかける。
「あ、はい。でもこんなに食べられない……」
「だよねえ。マナ、出し過ぎ。……先生、食べる?」
「……食べる」
「む、そうなのか。じゃあユウト、食べろ。お前の好きなものも出してある。……風花、探し物が見つかると良いな」
そう言うとマナは、立ち上がり風花の額に唇を落とす。そして、早速サユナを引き連れ……奥で倒れているサキもついでに回収して……執務室を出ていってしまった。
嵐のような去り方に、風花は頭を下げることしかできず。そして、ガスマスクを外したために現れた、風音の顔にある刺青をこれまた不思議そうな表情をして眺めていた……。
「……はい、あーん」
「……」
そんな風花を横目に、ユキが彼の好物であるイチゴタルトを一口サイズに切って口へ運んであげている。すると、風音がそれに応えるかのように目を閉じながら口を開けてきた!
「……え、やってくれるとは思ってなかった」
予想外だったのか冗談だったのか、美味しそうに食べる彼を見ながら少し顔を赤くするユキ。
「え、なんかごめん。姉貴によくされてるから……」
「はあ、風音一族ってホント怖い。ねえ、風花ちゃん」
その様子を見た風花が、
「……2人って付き合ってるんですか?」
と、聞くものだから、
「付き合ってない!!!」
今度は、タルトを飲み込んだばかりの風音が顔を赤くする番になった。
「……でも、ユキさん?って女性ですよね。なんで、男性の格好してるんですか?」
彼女の発した言葉に固まる2人。何か悪いことを言ったのだろうか、と風花が心配するほどの間があき、
「……へえ。異世界の人ってすごいね」
「何で気づいたの?」
と、彼らが本当に驚いているような表情をしながら風花に向かって問う。が、言われている意味がわからなかったのか、首を傾げながらこう言った。
「なんでって言われても……仕草が女性ですよ」
「はー、なるほどね。やられた、俺もまだまだだねえ」
その回答に照れ隠しのように楽しそうに笑うと、ユキが自身の身体に両手を当てる。すると、彼の身体がパチパチと音をたてて光り出した。
「……すごい。そんな魔法も使えるんですね」
「敬語使わないでください。私はあなたよりも年下です」
「……そうなの」
その光が消えると、そこにはいつもの敬語を話す少女ユキが、これまたいつものように少し肌寒さを感じさせる白いワンピースを着て現れる。その容姿は、青年よりも身長が縮み、白い髪に黒い瞳がよく目立つ。
風花が、その一連の魔法を珍しそうに眺めていた。
そう。これが、ユキの本来の姿。いつもは、趣味なのかなんなのか魔法で身体変化をして青年になって過ごしている。まあ、一種のこれも「男装」というやつなんだろう。
「ちょっと髪色似てますね、私たち」
「私も思ってた。……短い間だけど、よろしくね」
「はい、風花さん。よろしくお願いします」
そう言って、2人は互いに挨拶(もちろん手と手だ)を交わした。
「……」
ユキと風花。
側から見ていた風音には、その2人にどこか共通の影があることを感じ取っていた。
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