第伍講 一一一一一一:リメンバー・ポイント

「みなさん、こんにちは、お久しぶりの隠井です。

 前回、十一月一日は、〈一・一・一〉といったように、〈一〉が三つ揃った、ピンゾロの火曜日を、仮金曜日として講義を行いました。

 そして、実際の金曜日、十一月四日の方は、文化祭の準備日として〈休校〉だったので、実に十日ぶりの講義になりますね。


 さて、前回の講義では、十一月一日当日が、フランスでは、ありとあらゆる聖人を祝う〈トゥッサン〉として祝日になっていて、それに続く十一月の二日は、たしかに、祝日にはなってはいないのですが、ありとあらゆる死者を祭る〈死者の日〉として、フランスでは、十一月の一日と二日の連続した二日が重要な日になっている、という事を〈ハロウィン〉と絡めてお話した、と記憶しております。


 そして、十日ぶりである今日、十一月十一日は、今月の一日よりも、さらに、一本棒が多い、〈一〉が四つも並んだピンゾロの金曜日になっているのですが、さて、ここでクイズです。

 今日は、いったい何の日でしょうか?」


「今日こそ、ポッキーかプリッツの日じゃない?」

「いや、〈ワン・ワン・ワン・ワン〉で犬の日だよ」

 かくの如く様々な回答が返ってきた。


「ちょっと検索してみたところ、十一月十一日というのは、日本では、三百六十五日の中でも頭抜けて記念日が多い一日なのだそうです。資料があるので、お見せいたしましょう」

 そう言って、隠井は、作成したリストをスクリーンに映し出したのであった。


 チーズの日

 鮭の日

 下駄の日

 西陣の日

 日本鉄道設立の日

 恋人たちの日

 宝石の日

 鏡の日

 おり紙の日

 ピーナッツの日

 サッカーの日

 介護の日

 公共建築の日

 ポッキー&プリッツの日

 もやしの日

 煙突の日

 箸の日

 きりたんぽの日

 磁気の日・磁石の日

 コピーライターの日

 などなど


「へえ~、〈ポッキー&プリッツ〉しか知らんかったけど、色々あるんすね」

「ポッキーもそうだけど、〈煙突〉とか〈箸〉とか、〈きりたんぽ〉とか、算用数字の〈1〉が縦棒になっているって、全く同じ単純発想だよね」

「でも、〈1111〉でペンが四本で、〈コピーライター〉って、ちょと強引じゃね?」

「それより、十一対十一で〈サッカー〉の日って、普通過ぎて、逆に思いつかんかったわ」


「自分、漢字の〈十一〉をプラスとマイナスってみなして、〈磁石〉の日とか、〈鮭〉の漢字を分解して〈十一十一〉って、その発想ありませんでした」


「一一で〈いい日〉だから、〈介護〉の日とか、音の語呂合わせかよ」


 様々な意見が教室内で飛び交っていた。


「このように見てゆくと、記念日の多くは、算用数字や漢数字の形や音をもじったものが多いって事に気が付きますよね。

 さて、類似タイプの、数字の形や音を使った記念日が、日本以外にもあるかどうかの議論は、ひとまず別問題として棚に置いて、ここで言及したいのは、十一月十一日というのが、世界の幾つかの国において〈記念日〉になっている、という事実です。

 例えば、十一月十一日は、英国では、〈リメンブランス・デー〉、あるいは、〈ポッピー・デー〉と呼ばれている祝日です。

 一方、米国では、〈ベテランズ・デー〉と呼ばれ、アメリカ合衆国でも祝日になっています」


「先生、〈ベテランの日〉って、勤労感謝の日みたいなものですか?」

「いやいやいや、まったく違って、この場合のベテランというのは〈退役軍人〉を指すのです。

 つまるところ、米国における〈ベテランズ・デー〉とは、戦時あるいは平時に兵役に服した存命中の退役軍人を称える日なのです」

「じゃあ、イギリスの〈リメンブランス〉ってのは?」

「これは、第一次世界大戦の休戦を覚えておいて欲しい、という、一次大戦の休戦記念日です。

 米国では、一次大戦の休戦記念日じゃないのですが、退役軍人を祝う日が、休戦記念日と同日に置かれているのです。


 第一次世界大戦で戦った二つの陣営のうち、ドイツやオーストリアの〈同盟国〉に対して、イギリス・ロシア・フランスの〈三国協商〉、これら三つの国を核とした諸国が〈連合国(Allied Nations)〉なのですが、連合国側の国の中でも、ロシアやイタリアと同様に日本では、この日、十一月十一日を記念日として扱ってはいません。なので、日本人である我々は、一次大戦休戦の日といっても、ピンとこず、同じ〈ピン〉でも、縦棒の形で、ポッキーの日という連想しかできなくなっちゃっていますよね」


「あれ、なんでロシアは記念日として扱っていないのですか?」

「ロシアは、終戦前の一九一七年にロシア革命が勃発したので、終戦の時点においては連合国から抜けていたからでしょう」

「なるほど」


「先生、連合国側、例えば、フランスでは、十一月十一日って、どんな扱いなのですか?」

「フランスでもこの日は祝祭日になっていますよ」

「やっぱり」

「しかも、その名も〈一九一八年休戦記念日〉」

「まんまっすね」


「第一次世界大戦は、ヨーロッパで約一千万人が死亡し、約二千万人が傷痍者になった程の大きな規模の戦いでした。

 フランスに焦点を絞ると、第一次世界大戦当時の人口が約四千万人だったのですが、この大戦で、百四十万人の軍人と三十万の一般市民が命を落とし、傷痍軍人の数は四百万を超えました。

 戦後、第一次世界大戦の退役軍人たちは、十一月十一日を国民の祝日にするように働きかけ、一九二二年に、法律によって祝日として制定された次第なのです」

「「「「「「…………………………」」」」」


「一時大戦の休戦協定は、一九一八年十一月十一日の標準時刻の午前五時に、ドイツとフランスの間で同意され、パリ時刻の午前十一時に発効されました。つまり、〈一〉が六個並ぶこの時こそが第一次世界大戦休戦協定が締結された時点なのです。

 だから、もし可能ならば、みなさんにも午前十一時に、一分間の〈黙祷〉をしていただけたら、と思います」

「先生、〈午前十一時〉って、とっくに過ぎてますけど」

「そこは、無問題、日本とフランスは時差があるから」


 そう言って隠井は、日本時刻とパリ時刻の時計を表示した。


 日本時刻:17:00

 パリ時刻:09:00


 日本とパリの時差は八時間なので、パリ時刻の十一時は、日本時刻の午後七時なのである。


〈参考資料〉

 〈WEB〉

「11月11日【今日は何の日?】」、『ニッポン旅マガジン』、二〇二二年十一月十一日閲覧。

 「一九一八年休戦記念日」、在日フランス大使館、二〇二二年十一月十一日閲覧

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