第肆講 一一一:トゥッサン

「普段、このゼミは金曜日が開講日なのですが、すでに、創立記念日と文化祭の準備日で、金曜日が休校となり、その結果、金曜日の講義日数が不足してしまう、そうした事情もあって、今日、火曜日が金曜日(仮)として設定された次第です。

 そこで先ずは、今日が何月何日かの確認から講義を始める事にいたしましょう。

 誰かに答えてもらおうかな。

 それじゃ、名簿の上から十一番目の……、中野さん、よろしくお願いします」

「はいっ! えっ、えっと……、」

 中野からの返答を受け、隠井は、ホワイトボードに、敢えて算用数字で日付を書き記したのであった。

 

 111


「そう、今日は〈一〉のゾロ目です。

 実は今日、フランスは国民の祝日なのですが、今日が何の日か知っている人、この中にいるかな?」

「〈一・一・一〉だしポッキーの日かな?」

「プリッツの日じゃね?」

「フランスに、ポッキーやプリッツがあるかどうかは知らんけど」

「えっ、ポッキーの日って、11月11日じゃなくね。11月1日よりも、棒が一本多いし」

 回答してきた学生の中には、このような軽口を飛ばす者達はいたものの、残念ながら、正解を知っている受講生はいなかったようだ。


「それじゃ、わたくしが真面目に答える事にいたしましょう。

 フランスには祝祭日が〈十一日〉あるのですが、それらを大きく分けると、第一次大戦や第二次世界大戦の戦勝記念日といった、国家的な出来事があった日や、あるいは、ローマ・カトリックにとって重要な日がフランスでは祝日になっています。

 後者の宗教的な祝日の中には、復活祭を軸にした移動祝日もあるのですが、固定祝日もあって、〈十一月一日〉は、固定祝日の方なのです。

 それでは、どういった祝日かというと、フランスでは、この日は〈トゥッサン〉と呼ばれています。スペルも綴っておきましょうか」


 そういって隠井は、ホワイト・ボードにスペルを書いた。


  Toussaint


「これ、二つの単語が一語化したものなのですが、その結合部に断線を入れてみましょうか」


 そう言って隠井は、〈s〉と〈s〉との間に赤で斜線を引いたのであった。


  Tous/saint


「前半の『Tous』は〈全て〉って意味で、後半は、仏語では〈サン〉と発音するのですが、スペルをみれば、意味は明らかですよね。英語読みをすれば〈セイント〉です。

 つまり、『トゥッサン』とは、ありとあらゆる〈聖人〉を祀る日で、日本では〈諸聖人の祝日〉とか、〈万聖節〉と訳されています。


 次に、これを英語に置き換えてみましょうか。

 〈tous〉は〈all〉、〈saint〉は、このまんまじゃなくって、英語では〈hallows〉の方が使われているのですが、まとめて訳すと、〈オール・ハロウズ〉となります。


 ここまで話せば、察しの良い、受講生の中にはピンと来た人もいるかもしれませんね。

 ここからの話の流れは、昨日、十月三十一日、いわゆる〈ハロウィン〉に、話が繋がってゆきます。


 ハロウィンの〈ウィン〉は、〈ハロウズ・イヴ〉の音が詰まったものなのですが、これは、〈クリスマス・イヴ〉の〈イヴ〉と同じです」

「先生、それじゃ、クリスマス・イヴって、クリスマスの前日だから、ハロウィンって、その……、ハロウズ・デイ、聖人の日の〈前日〉って事ですか?」

 受講生の誰かが、こんな反応を示した。


「えっと、ね。。概ね合っているんだけど……。

 『イヴ』は、そもそも前日って意味じゃないので、ここで誤解を解いておくことにしましょう。

 クリスマス・イヴが十二月二十四日で、いわゆるクリスマスの前日だから、ここから連想して、何かの前日を「〜イヴ」って呼ぶ人もいるけれど、そもそも、〈イヴ〉って〈前日〉って意味ではありません」

「えっ、違うんすか!?」

「イヴは、イヴニングの省略、これが分からない大学生はいないでしょう。

 つまり、クリスマス・イヴってクリスマスの晩、ハロウィンは聖人の日の晩って事なのですよ」

「先生、でも、それなら、クリスマス・イヴって二十五日の夜、ハロウィンって十一月一日の夜って事になるのでは?」


「ここで、カトリックにおける一日の終わりと始まりが、我々が今使っている十二時間制や二十四時間制の時刻ではなく、〈陽が沈んだ時〉という自然時間に従っている事を抑えておきましょう。

 つまり、クリスマスとは、十二月二十四日に陽が沈んだ時から二十五日に陽が沈むまで、聖人の日は、十月三十一日に陽が沈んでから、十一月一日に陽が沈むまでで、クリスマスの中でも、二十四日の晩を〈クリスマス・イヴ〉、聖人の日においては、三十一日の晩を〈ハロウズ・イヴ〉と呼んでいる分けなのです。


 つまり、十月三十一日の昼、太陽がサンサンと照っているうちは、未だハロウィンではなく、だから、昼間に、『ハッピー・ハロウィン』と言ったりするのは、いささか気が早く、使用の際には要注意って話なのです。

 たとえてみると、誰かの誕生日の前日の昼に、誕生日おめでとうって言わないって考えれば、昼間の『ハッピー・ハロウィン』もオカシイって思うでしょう」


          *


「先生、昼のうちは、ハロウィンやクリスマス・イヴじゃないっていう時間の話は分かったのですが、ところで、なんでハロウィンではコスプレするんすかね?」

「ハロウィンって、もともと、ケルト人が住んでいた地に、キリスト教を伝えようとした際に、伝道師が土着の宗教的行事を利用したもので、ベースは、ケルト人の〈サウィン祭〉っていう祭なのです」


「『さうぃん』ってどんな祭なのですか?」

「古代ケルトでは、秋の収穫祭の後こそが一年の境でした。つまり、十一月がそれに当たります。

 そして、ケルトでは、一年の境界には、現世と異界の扉が開いて、そこから先祖の霊が現世に戻って来る、と考えられていました。

 だから、フランスでは、十一月二日は〈死者の日〉と呼ばれ、墓参りをする日になっているのです。まさに、お盆ですよ」

「へえええぇぇぇ~~~、でも、仮装の話は?」

「ちょっと待ってて。

 いいかい、再確認だけど、ケルトにおける一年の境に、異界の門が開くと、先祖の霊だけではなく、異界の者たちもまた現世にやってきちゃうのです。

 その時、異界の者が、現世の人間を異界に連れていってしまう事もあり得るって考えられていました。

 そこで、です。

 秋の一年の境に異界の門が開いた際に、現世の人間が、異界の者の扮装をして、現世から異界に連れていかれないようにしたのが、ハロウィンの仮装なのです」


「俺は、昨日化け物メイクだったから、セーフかな」

「わたし、昨日、シスターのコスだったよ。危なかった」


「つまり、そういうこと。

 ハロウィンはただのコスプレ・イヴェントではありません。ハロウィンの仮装は、異界からの侵入者の目をごまかすために、異形の仮装でなければならないのです。

 ナースやコップ、シスターのコスや、アニメキャラクターのコスでは、異界に連れていかれてしまう可能性が生じるので、要注意です。

 だから、来年、十月三十一日の晩にハロウィンの仮装をする場合には、必ず化け物メイクをするようにして、異界の者に誘拐されないようにしてくださいね」

「先生、『呪術回線』のコスなら、ギリ、セーフっすかね」

「かもね」


「毎年、この時期には、講義の中でハロウィン関連の話をするのですが、この話を聞いた君たちに覚えておいて欲しいのは、祭を楽しむ際に、その文化的背景を知った上で参加する方が、何倍もイヴェントを楽しめるようになるって事です」


〈参考資料〉

 〈WEB〉

 「フランスの祝祭日」、在日フランス大使館、二〇二二年十一月一日閲覧。

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