第弐講 一〇一四:鉄道の日
十月十四日の金曜日、隠井は実家に戻らざるを得なかった。
これが、三年前であったのならば、〈休講〉にせざるを得なかったのだが、しかし今や、遠隔でも、〈配信〉で講義ができるようになった。
勿論、毎回の講義をオンラインで済ませるつもりはないのだが、大学に行けない場合に、休講にしないで済むのは実にありがたい。
目下、全ての講義を、原則として〈対面〉で行っている隠井にとっては、久方ぶりの配信なのだが、隠井は、講義開始の三十分前には、ミーティング・アプリを起動させたのであった。
*
「皆さん、こんにちは。
今日は、家庭の事情で、実家から、リアルタイム配信講義を行います。まあ、学期十五回もあれば、様々な理由によって休講が入ってしまう事はよくあります。
だがしかし、大学の講義にパラダイム・シフトが起こって、結果、オンライン講義という新たなオプションが出現しました。
もしかしたら、休めなくて、君たちにとっては不運かもしれませんが、教員にとっては、休講で講義を飛ばさずに済むのは、ありがたき事なのです。
そういった次第で、今日は〈リアルタイム配信〉で講義をお届けする事にします」
自宅のPCの前で、隠井は、いったん〈ミュート〉をかけた後で、ドリンクを口に含んだ。
「先週の講義において、宿題として、『世界に幾つの〈言語〉があるのか? というクイズを出しました。
その流れでゆくと、本来は、今日の講義では、〈言語〉の話をするはずなのですが……」
「ですが……?」
ミュートにするのを忘れていた受講生の声が漏れ聞こえてきた。
その受講生は、自分の声が急に聞こえてきて驚いたのか、慌ててミュートにしたようであった。
「さてさて、当初の予定では、〈言語〉の話をするつもりだったのですが、ちょうど今日の講義日が〈十月十四日〉に当たっていたので、別の話をする事に急に決めました。
もしかしたら、TVのニュースや、端末のカレンダー・アプリの機能で目にした受講生もいるかもしれませんが、それでは、今日は一体何の日でしょおおお~~~かっ?
せっかく、ミーティング・アプリを使っているので、チャット機能を使ってみましょうか。
分かった人がいたら、チャットで何の日か書いてみてください」
多くの受講生から、「「「「「「「「「「鉄道の日」」」」」」」」」」という回答が返ってきた。
「その通おぉぉぉ~~~り、今日は〈鉄道の日〉なのです。
明治五年の十月十四日に、新橋と横浜の間を、日本で最初の鉄道が走ったのです。
そして平成六年に、この明治の鉄道開通を記念して、十月十四日が〈鉄道の日〉に定められました。
その後、毎年、十月の中旬に、例えば、連続した秋の三日間、JRの普通列車が乗り放題な、『青春18きっぷ』の秋版みたいな特別切符が発売されるようになったのです」
「へえ、じゃあ、今度どっかに行ってみようかな」
「いいですね。ぜひ、気の向くままに列車に乗って、大学生の君達には見聞を広げてもらいたいものです」
「普通列車って、鈍行での移動か……キツそうだな」
「なるほど、列車に乗り慣れてない人には、長時間の移動はしんどいかもしれませんね。それに、例えば、普通列車だと、東京から仙台まで約七時間もかかってしまいますしね」
「先生、それだと、移動に時間がかかりすぎて、到着地で観光どころじゃなくなってしまいますよね」
「ですよね。
しかも、この秋の三連切符には注意点があって、〈十八〉とは違って、連続した三日間しか利用できないのですよ」
「それじゃ、土日はまだしも、金とか月曜だと講義があるし、その秋パス、ちょっと使うの難しいかもしれませんね」
「なるほど、ね。そんな君達に朗報です。
実は、今年、二〇二二年には、JR東日本のエリア、関東や東北、そして甲信越に限っての事になってしまうのですが、新幹線や特急も乗り降り自由な、特別パスが発売されるのです」
「先生、それってどういうものなのですか?」
「基本的な使い方は、これまでの秋パスと同じで、連続した三日間乗れる切符で、その利用可能エリアはJR東日本内に限られるのですが、新幹線や特急が計四回乗れるという優れものなのです」
「それっておいくらなのですか?」
「二万円ちょっとですね」
「高いっすねっ!?」
「でも、です。
東京と仙台の間を新幹線で往復するなら、一往復で二万を超えてしまいますよ。つまり、その一往復分の値段で、今年の秋パスを使えば、二往復できる計算になります」
「そう考えると、お得な気がしますね」
「ここでは、仙台を例に出しましたが、JR東日本のエリア内ということは、岩手や青森、新潟にも行ける分けなのですよ」
「なるほどっす」
「JR東日本の企画切符なので、残念ながら、名古屋や関西など西方面の移動には使えないのですが、北への旅行をするのならば、たとえ三日ではなく、二日の旅になっったとしても、元は取れますよ」
「先生、ところで、どうして、今年に限って、そんなお得切符が発売されるのですか?」
「あっ、根本的な事を言い忘れてましたね。明治五年を西暦に置きなおすと分かり易いかもしれません。誰か計算してみて」
「えっと、明治維新が一八六七年だから、五を足して、一八七二年ですよね」
「あっ、そうか! 今年、二〇二二年がキリがよい年なんだっ!」
「そうです。今年が日本における鉄道開業一五〇周年に当たるため、新橋と横浜があるJR東日本において、このような、破格の記念パスが発売された分けです。
この秋の特別パスは、今日十月の十四日から二十七日までのわずか二週間しか利用できないのですが、この間に、連続した三日間で、四回、特急か新幹線を使うのならば、通常の半分以下の値段でシンカリオンに乗れるので、かなりお得な切符だと思います。
『そうだ、東北や甲信越に行こう』と思い立った大学生の君たち、鉄道の一五〇周年記念にまさに〈乗っかって〉みるのはいかがでしょうか?
自由な旅をするのならば、〈今〉ですよ。
さて、今日はここで講義を終了する事にいたしましょう。
それでは、旅をするかもしれない君達、『よい旅をっ!』」
ここで隠井は、講義を終え、ミーティング・アプリを閉じると、荷造りに取り掛かったのであった。
〈参考資料〉
「『鉄道の日』について」、『国土交通省』、二〇二二年十月十四日閲覧。
「鉄道開業150年記念 JR東日本パス」、『JR東日本』、二〇二二年十月十四日閲覧。
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