祝日の御話

閑話休題 秋のお彼岸の御萩 

 九月は、老人を敬愛する第三月曜日の〈敬老の日〉と、〈秋分の日〉という二回の国民の祝日があるのだが、はたして、どちらが〈お彼岸〉なのかを混同してしまう人も少なくはないようだ。

 結論から言うと、秋分の日の方こそが〈お彼岸の中日〉である。


 〈お彼岸〉とは、サンスクリット語を起源とし、「悟りの境地、極楽浄土を目指す」という意味があるそうだ。

 お彼岸とは、一日限定の行事ではなく、いわゆる、お彼岸の中日の前後三日を含んだ七日間を指すのだが、その前後、計六日に、一日一つずつ計六つの修行を実践し、中日には、先祖への感謝の意を捧げるのである。

 

 また、〈お彼岸〉という語は、我々が生きているこの世たる〈此岸〉に対して、〈彼方〉にある向こう岸、煩悩の無い仏さまの世界も意味する、という。

 お彼岸の期間に、亡くなった人を偲んだり、先祖を供養し、例えば、法要を執り行ったり、墓参りをしたりする習慣は、飛鳥時代の聖徳太子の頃にまで遡る事ができるそうなのだが、これは、日本独自の古い仏教行事で、どうやら、日本以外の仏教国には、お彼岸に相当する行事は存在しないらしい。


 なるほど確かに、お彼岸は〈期間〉ではあるものの、現代の日本の祝日法において、国民の祝日になっているのは、春と秋のそれぞれのお彼岸の真ん中、いわゆる、お彼岸の〈中日〉で、三月は〈春分の日〉、九月は〈秋分の日〉がお彼岸の中日に当たる。ちなみに、今年、二〇二二年に関しては、〈三月二十一日〉と〈九月二十三日〉が祝日になっている。


 ここで注意したいのは、国民の祝日のうち、お彼岸の中日に当たる、春分の日と秋分の日に関しては、実は、日本の法律では、明確な月日が記されていない点である。

 具体的に一体いつが、〈祝日〉としての春分の日や秋分の日になるかは、毎年二月一日の官報において、春分の日と秋分の日の日付が掲載された「暦要項(れきようこう)」が公になる事によって初めて、その翌年の春分の日と秋分の日が〈正式決定〉となるのだ。

 つまり、春分の日に関しては、二〇二〇年と二一年は三月二十日、二一年は三月二十一日、これに対して、秋分の日に関しては、二〇二〇年は九月二十二日、二一年と二二年は二十三日といったように、年によって日付が前後するような事態が起こっている。


 それでは、一体どうして、このように、年によって、春分や秋分の日の日付が変わるのか、というと、それは、春分や秋分が、そもそも天文学の用語である事と関連がある。


 太陽の通り道である〈黄道〉と、地球の赤道を宙にまで延長した〈天の赤道〉、これら〈黄道〉と〈天の赤道〉が交わる二つの交点のうち、太陽の黄経が〇度になるのが〈春分点〉、太陽の黄経が一八〇度になるのが〈秋分点〉なのだが、地球の動きは常に変化するため、年によって、太陽が春分点の上を通過する日である〈春分の日〉や、秋分点の上を通過する日である〈秋分の日〉が変化する、という話なのである。

 とはいえども、国立天文台によって計算された二〇五〇年までの一覧を見てみると、春分の日は、三月二十日か二十一日のどちらか、秋分の日は、九月二十二日か二十三日のいずれかになっている。


 問題は、何故に、黄道と赤道が交わる春分と秋分が〈お彼岸〉として、死者や先祖を偲ぶ期間になっているのか、という話で、それは、天文学的な意味において、春分の日や秋分の日においてこそ、太陽が真東から昇り、真西に沈んでゆく事と関係がある。

 仏教的な意味においては、太陽が沈みゆき、西の彼方にあるとされているのが〈極楽浄土〉で、その太陽が真西に沈みゆく春分の日と秋分の日こそが、この世である此方から、彼方たる極楽浄土への道が最も通じやすくなる時期だと考えられ、それゆえにこそ、春分と秋分の期間をお彼岸として、彼方にある先祖に、自分たちの気持ちを通じさせる行事が為されるようになったのであろう。


 それでは、春のお彼岸と秋のお彼岸はどう違うのか、というと、先祖の供養や墓参りの習慣という点において、然したる違いはないのだが、相違点があるとするのならば、例えばそれは、お供え物に認められて、春は〈ぼたもち〉、秋は〈おはぎ〉という点が異なっているわけだ。

 しかしながら、これらは呼び名が違うだけで、実は、ぼたもちもおはぎも同じ食べ物である。

 それでは、同じ物なのに、何ゆえに呼称が異なっているのか、というと、季節の花にちなんで呼称を変えているだけの話で、つまり、春のお彼岸の時期には、比較的大きめの〈牡丹(ぼたん)〉の花が咲くから、大きめの〈ぼたもち〉を、これに対して、秋のお彼岸の時期には、比較的小さめの〈萩(はぎ)〉が咲くから、小さめの〈おはぎ〉を供えるのだ。


 ちなみに、お彼岸は、お盆と違って先祖が帰ってくるのではなく、あくまでも、極楽浄土に通じやすくなる期間なので、秋のお彼岸には、我々は御萩を供えて先祖に感謝に意を捧げる、という話なのである。


〈参考資料〉

〈WEB〉

 「国民の祝日について」、『内閣府』、、二〇二二年九月二十二日閲覧。

 「何年後かの春分の日・秋分の日はわかるの?」、『国立天文台』、二〇二二年九月二十二日閲覧。

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