第05講 日仏の国民の祝日
七月に入ると、疲れ顔の数多の学生の顔を目にする頻度が高くなるのは、感染症前における毎年の恒例であった。
春学期の講義が始まった四月上旬から早三ヶ月、感染症流行後、対面講義が本格的に開始した二〇二二年度の七月の状況というものも三年前と同じであった。
たしかに、四月末から五月の初旬にかけての約一週間ほどの黄金週間があったものの、それ以降は、土日の週末以外には一日すら休みがないまま七月に突入する。おそらく、これが、多くの学生の疲労蓄積の理由の一つであるに違いなかろう。
「ちょっとちょっと、君たち、いくらなんでもだらけ過ぎだよ。少しは気を引き締めんかいっ!」
「先生、そうは言っても、ゴールデン・ウィークが終わってから今日まで、五月、六月、七月と、国民の祝日が一日もなくって、ようやく迎えることになる来週の月曜日の十八日の〈海の日〉は、大学は休日開講で、普通に学校あるし、しかも七月は、延々とテスト・レポートの連続で休む暇はないし、さらに、毎日蒸し暑いし、そりゃ、疲れもピークになるっすよ」
「それは、大学生っていうか、日本に住んでいる人間の宿命だよ。
でも、君ら、社会人一般とは違って、今学期もあと少しだし、そしたら夏休みなんだからさ、もう少しシャキッとしなさいって」
「……。ウィッす。たしかに、キツイッすけど、まあ、ここまできたら、あとは気合と根性でノリキるっす」
「それじゃ、来週の月曜日が〈海の日〉って話題が出たので、ここで、ちょっとクイズでもしてみようか。
みんな端末出して。今から、クラス・ページにリンクを貼るから、そのアンケに回答してみて。
さて、日本における今現在の〈国民の祝日〉は、いったい何日でしょうか?
四択です」
そう言いながら隠井は、講義前にあらかじめ仕込んでおいたアンケートを、教室前方のスクリーンに提示した。
一.十日
二.十二日
三.十六日
四.二十四日
「さあ、みんなで考えよう。
所詮はただのクイズなので、あまり深く考え過ぎないで。勘で答えて構わないからね」
しばらくすると、続々とアンケートが集まってきた。
「さすがに『四』って答えた受講生は殆どいなかったみたいだけれど、集計では『一』の十日が多かったね」
「で、先生、答えは何んなんすか?」
「正解は『三』です」
「意外と多かった。で、その十六日の内訳って、どんななのですか?」
「えっと、たしか……、『内閣府』のページに情報があった記憶が……」
隠井は、『内閣府』のサイトにアクセスした。
一月:一日(元日);十日・第二月曜(成人の日)
二月:十一日(建国記念日);二十三日(天皇誕生日)
三月:二十一日(春分の日)
四月:二十九日(昭和の日)
五月:三日(憲法記念日);四日(みどりの日);五日(こどもの日)
六月:なし
七月:十八日・第三月曜(海の日)
八月:十一日(山の日)
九月:十九日・第三月曜(敬老の日);二十三日(秋分の日)
十月:十日・第二月曜(スポーツの日)
十一月:三日(文化の日);二十三日(勤労感謝の日)
十二月:なし
「さて、この一覧を見てみると、六月以外に、なんと、十二月も祝日は無いみたいだね。でも、十二月は年末・年始の休みがあるから、祝日が一日もないって印象は薄いよね。
これに対して、一年の中間月の六月は、ゼロ祝日な上に、梅雨の長雨と相まって、日増しに疲労は溜まってゆくし、『休みない』『休みたい』って気持ちが本当につのるよね。
まあ、僕も昔は学生だったので、君らの疲れも理解できない分けではないけれど、残り二週間、ここまで来たら、あとはハート次第だからね」
「結局、精神論かよ」
「そうだよ」
「先生、ふと思ったのですが、日本の祝日の数が十六日ってのは分かったのですが、ヨーロッパ、例えば、フランスとかの祝日の数ってどんななんすかね?」
「実は、今日、フランスの祝日の話をしよう、と思ってパワポを作っておいたのです。それを見てみましょうか」
祝祭日 二〇二二年;二〇二三年
元旦 一月一日;一月一日
復活祭の翌日の月曜日 四月十八日;四月十日
メーデー 五月一日;五月一日
一九四五年五月八日戦勝記念日 五月八日;五月八日
昇天祭 五月二十六日;五月十八日
聖霊降臨祭の翌日の月曜日 六月六日;五月二十九日
革命記念日 七月十四日;七月十四日
聖母被昇天祭 八月十五日;八月十五日
諸聖人の祝日 十一月一日;十一月一日
一九一八年休戦記念日 十一月十一日;十一月十一日
ノエル(クリスマス) 十二月二十五日;十二月二十五日
「日本の祝日が〈十六日〉であるのに対して、フランスの祝日は〈十一日〉です」
「「「「「あれっ?」」」」」
「意外ですか? 日本は働き過ぎとよく言われているのに、実は、国民の祝日という点においては、日本の方が五日も休みが多いのですよ」
「先生、フランスの方の祝日、二〇二一年と二〇二二年の日付を見ていて気が付いたんすけど、『復活祭の翌日の月曜日』、『昇天祭』、『聖霊降臨祭の翌日の月曜日』、これらって宗教関係の祝日っぽいすけど、年によって日付が大きくズレているっすよね。なんで、こんなに日付が違うんすか? 日本だと、移動祝日は第二月曜とか第三月曜とか、年による日付のズレは一日とか二日の違いじゃないっすか?」
「あっ、それはな、復活祭は、春分の日の次の満月の次の日曜日って決められているんだ。つまり、月の満ち欠けってのは、ざっくり言うと〈二十九.五日〉周期だから、この前話した〈七夕〉、旧暦の七月の上弦の月の日が、今の暦だと毎年変わるように、満月の次の日曜日に当たる復活祭も、当然、年によって大きく動くんだよ。
で、昇天祭は復活祭から四十日、つまり、復活祭から五週目の木曜日で、聖霊降臨祭は復活祭の五十日目、こんな風に復活祭が基準になっている分けだから、毎年大きく動くんだよ」
「へえ、日本人の感覚では、よく分かんない仕組みっすね」
「復活祭、昇天祭、聖霊降臨祭関連以外の残り八日の祝日は固定だから、それらは比較的分かり易いよ」
「先生、あと気になったんすけど、革命とか、戦争の勝利とかを記念した祝日もあるんすね、そこんとこも日本の祝日とはコンセプトが違いますね。
あれっ! たしか、今日って……」
「そう、今日、七月十四日は、実はフランスの革命記念日なんだよ。
一七八九年七月十四日、フランス革命の象徴として、当時の政治犯や思想犯が収容されていたバスチーユ牢獄が陥落した日、この日を革命記念日として、フランスでは国民の祝日になっているんだよね」
「それって、日本の歴史的事件に喩えてみると、大政奉還の日が国民の祝日になっているみたいなもんすかね」
「ハハハ、たしかに、そうかもな。
さて、今日、七月十四日の講義では、フランスの革命記念日を祝って、革命関連の映像をみて、それに対するリアクション・ペーパーを書いてもらおう、と考えているのです」
「先生、ところで、いったい何を観るんすか?」
「それは、もちろん」
「「「「「もちろん?????」」」」」
「『ベルばら』、『ベルサイユのばら』一択ですよ」
そう言って隠井は、一週間かけて一話から観直した『ベルばら』のアニメ全四十話の中から独断と偏見で選んだ、第一話、第八話、第三十七話から第四十話、それらの話から抜き出した、選りすぐりのシーンを流し始めたのであった。
〈参考資料〉
〈WEB〉
「『国民の祝日』について』、『内閣府』、二〇二二年七月十四日閲覧。
「フランスの祝祭日」、『在日フランス大使館』、二〇二二年七月十四日閲覧。
〈アニメ〉
『ベルサイユのばら』第一話;第八話、第三十七話〜第四十話、一九七九年十月〜一九八〇年九月、製作:東京ムービー新社、二〇二二年七月十四日視聴。
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