黄金週間はミュゼに行こう

第01講 ロハでミュゼを巡りたい

「……。

 キリのよい所までお話できたので、今日の講義内容はここまでにしたい、と思います。

 今日の講義を終えたら、ゴールデン・ウイークの短い五月休みが入ってしまうので、中途半端になるくらいなら、ここで話を止める分けです。

 今、正午五分前、二時限の終了まで、あと十五分くらいありますね。

 しかし、やった、早く終わるって期待しないでくださいね。

 僕は、終了時刻よりも極端に早く講義を終えるような事はしないので、この十五分を使って何か語る事にします」


 隠井は、前日の入念な講義準備によって、意図的に生み出した十五分を利用して〈雑談〉を始めたのであった。

 隠井は、講義の本筋から逸れた話をする事にこそ、学生の前に立つ意義を認めているのである。


「さて、今週の木曜日まで講義を受ければ黄金週間に入って、君たちには一週間ほどの短い休みが与えられます。

 〈学生〉という立場にある皆さんは、実は、こんな特典を受ける事ができるのです」

 そう言って隠井は、一枚のポスターの画像をスクリーンに映し出したのであった。


 「学生証が美術館パスポート」


 スクリーンには、オレンジの背景に、白抜き文字のキャッチコピーが読み取れた。


「これは、『キャンパスメンバーズ』というもののポスターです。

 大学の中には、国立系の美術館・博物館と提携している学校もあって、学生証や教職員証を窓口で提示すれば、常設展なら〈ロハ〉、企画展ならばディスカウントで観覧できます。

 だからこその『学生証が美術館のパスポート』というキャッチコピーな分けです。

 で、いったいどのようなミュゼに入館可能か、というと……、えっと……、あっ! ここにページがありました」

 隠井は、「キャンパスメンバーズ」が使える美術館・博物館の一覧を映し出した。


「東京だと、東京国立近代美術館、国立西洋美術館、国立映画アーカイブ、そして石川の国立工芸館、関西だと、京都の京都国立近代美術館、大阪の国立国際美術館がロハになりますね。

 あっ、でも、うちの大学は、関西では特典は受けられないのか。

 そして、東京の特別企画展だと、原則二百円の割引みたいですね。

 ここで注意したいのは、割引を受けられるのは全ての企画展ではない、ということです。なので、割引で企画展にゆきたい場合には、事前に確認しておく必要があるようです。

 それと、これはそれぞれの大学と国立系のミュゼとの間の提携なので、映画みたいに、あらゆる学生が割引になる分けではありません。といった次第で、他大の友達と一緒に訪れる場合にも、先ほどのサイトをみて確認しておいてくださいね」


「先生、その割引って、国立系の美術館・博物館だけが対象なのですか?」

「その通りです。国立系だけですね」

「東京だと、近代美術館と西洋美術館、あとは、新国立くらいか……。割り引いてもらえる所、そんなに多くないですね。自分は、上野に行った時とか、美術館をはしごしたいので、他の美術館にも、その無料・割引制度が適用されていたとしたら、このパスポート最強だと思うんですよね」

「なるほどね」

 隠井は、期待していたような反応が学生の方から来て、思わずニンヤリしてしまった。

 もし、この学生から、「国立系以外にも……」という反応がなかったのならば、隠井自身が、次のような話を切り出す予定であったのだ。


「実は、国立系以外のミュゼを、少しでもお安く訪れたいのならば、こんなパスもあるのです」

 そう言って、隠井は、『東京・ミュージアム ぐるっとパス2022』というサイトをスクリーンに映し出した。


「先生、その『ぐるっと』ってどんなものなのですか?」

「これは、東京を中心とした美術館・博物館、動物園・水族館、あるいは、庭園といった百一の施設の無料券・割引券をまとめたもので、二五〇〇円で発売されています。

 最初に使った日から二ヶ月間有効な〈パス〉で、有効期間中、一つの施設を一度訪れることができるというものです

 これも、施設や展覧会ごと、つまり、常設展か特別展かに応じて、ロハか割引か違っているので、行きたいミュゼがある場合には、サイトにある『展覧会情報』を参照してください」

「二五〇〇円か……。ちょっと高くないですか?」

「二五〇〇円と考えるとそうかもしれないけれど、このパスは二ヶ月有効なので、一月で一二五〇円、頻繁に美術館・博物館に行く人なら、すぐに元は回収できると思いますよ。入場無料の施設も結構多いし」

「それなら、コスパよいかも、ですね」

「その通りなのです。

 繰り返しになりますが、ゴールデン・ウィーク前に、こうした二つの〈ミュゼ・パス〉を紹介したのも、これを機に、ミュゼ・デビュをして、少しでも多くの現場に足を運んでもらいたい、と考えたからなのです。

 僕は、文化系のみならず、大学生がやるべき仕事って、沢山本を読んで、沢山映画を見て、沢山ミュゼに行き、それらの体験を叩き台にして思考する事だと考えているのですよ。

 きっと、君たちの多くは、これまで机に向かっての受験勉強が、主たる学習だった人がほとんどで、さして頻繁にミュゼに行ってこなかったって受講生もいるかと思います。

 でも、できれば、今後は、数多くの〈生〉の体験を積んで、教養豊かな人間になって欲しい、と自分は考えているのです」

「なるほど」

「でも先立つものがないとミュゼには行けないので、少しでもコスパよく行ける方法を、黄金週間前に提示した次第なのです」


「先生、その『ぐるっとパス』ってどうやって使うのですか?」

「昨年度の『ぐるっと2021』までは、親指くらいの厚さで、スマフォくらいの大きさの小冊子の形式で発売されていて、施設を訪れたら、半券を切って渡すというものでした」

「もしかして、今年度から何か変わった点があるのですか?」

「まさしく、その通りで、今年から、〈カード〉形式、あるいは、スマフォの〈電子チケット〉式に変わったのです」

「電子ならチケットを無くす心配はないですね」

「たしかに、その通りなのですが、二〇二一年度までの小冊子は、施設を訪れるたびに半券部分が薄くなってゆくわけで、つまり、その変化に物理的な達成感もあったのです。たしかに、カード化や電子化は世の流れだけれど、オプションとして紙媒体も残してくれたら、というのが古のユーザーの独り言ですね」


「先生、他に、お安く、美術館・博物館に行ける方法ってありますか?」

「うっ、うううぅぅぅ~~~ん、そうだっ!」

 隠井は、ポンと右手で左の掌を叩いた。

「例えば、大学の図書館や、大学付属の博物館とかでロハの展示会がやっていたりするかな。中には、学外者でも入場がロハの場合もあるので、そういうのを探してみるのもよいでしょう」


「先生、あの、すみません」

 最前列に座っていた学生が、おずおずと質問してきた

「さっきから、先生、『ロハ』って繰り返していますが、どんな意味なのですか? フランス語ですか?」

「! えっと、〈只(ただ)〉って漢字って分解すると、カタカナの〈ロ〉と〈ハ〉になるでしょ。つまり、〈ロハ〉って〈ただ〉、無料って事だよ」

「「「「「「「「「「なるほど、『ロハ』ってそういう意味だったんかっ!!!!!!!!!!」」」」」」」」」」

「えっ! 意味わかんなかったの、ほぼほぼ全員かよっ!」

 多くの受講生の驚きと、隠井の驚愕の反応とともに、GW休み前、最後の講義は、かくの如く幕を下ろしたのであった。


〈参考資料〉

〈WEB〉

『キャンパスメンバーズ』、独立行政法人国立美術館、二〇二二年四月二十五日閲覧。

『東京・ミュージアム ぐるっとパス2022』、公共財団法人東京都歴史文化財団、二〇二二年四月二十五日閲覧。

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