令和四年度(2022年度)春学期

開講前のキャンパスで見止められた久方ぶりの光景

第00講前半 満開の桜の木の傍の嘘じゃない本当の話

 令和四年、二〇二二年の桜は、三月十七日に福岡が開花日になって以降、二十日に東京、二十二日に名古屋、二十三日に大阪で開花日を迎えた。

 WEBにて、開花予想・満開予想を確認してみた所、四月に入ってからは、五日に仙台、七日に新潟、そして二十五日に札幌で、桜は花咲く予想になっていた。

 東京都を例に取ってみると、令和三年の〈開花〉日は〈三月十四日〉だったので、この年の状況と比べると、今年、令和四年の開花日は、一週間ほど遅いのだが、東京の平均開花日が三月二十四日である事を鑑みると、今年の開花日は、〈やや早い〉という事になるらしい。


 ちなみに、隠井が参照したサイトによると、五から六輪以上に花が咲いた状態になった最初の日を「開花日」と呼び、八割以上の蕾が開いた状態になった最初の日を「満開日」と呼ぶ、との説明が記されていた。

 

 東京の平均〈満開〉日は、三月末の三十一日らしいのだが、今年、令和四年の満開日は三月二十七日であった。それゆえに、予想満開日の二日前、好天の下の二十五日に催された、隠井が勤務する大学の卒業式は、ほぼ満開状態の桜の中、という絶好の状況に置かれた分けで、キャンパスのそこかしこの桜の木々の傍では、友人たちとの記念写真の撮影に興じる、晴れやかな卒業生の姿があった。


 このような光景を目にするのは、実に三年ぶりの事だよね、そう隠井は思った。

 たしかに、卒業生やその保護者、あるいは、卒業生たちを送り出す在校生たちで、〈過密〉になって歩く隙間すらない、そのような感性症前の卒業式と比べたら、人出は然程ではないのかもしれない。

 だがしかし、今年の卒業式の日のキャンパスの、花咲く桜の木の傍で見止められた光景は、少しずつではあるが、大学が感染症前の状況を取り戻しつつある、その証左なのかもしれない、そのような感慨を隠井に抱かせたのであった。


 卒業生を送り出し終えた大学のキャンパスは、雰囲気が一変し、数日後に迫った入学式の準備で忙しなくなる。

 例えば、明らかに場慣れしていない若人の姿を見かけるようになるのだ。

 彼等は、入学に先立ち、科目登録のために大学に来ている〈前〉学生で、中には、広いキャンパスで迷子になってしまい、満開の桜の木の下のキャンパス案内図と睨めっこしている者もいた。

 かつて、隠井は、そうした学生になる前の若人に、場所案内をした事もあったのだが、このように、ちょっとしたガイドの真似事をする事にも、懐かしさを覚えるのであった。

 前年、令和三年度にも、一部講義において、対面講義や、対面と配信の混合である〈ハイブリッド〉が実施され、キャンパスで学生の姿は認められてはいたものの、一年生の講義の主体である外国語科目は、〈密〉を回避するために、この二年間、原則、オンラインで実施されてきたので、三月末に場慣れしていない、入学前の〈前〉学生の姿は、とんと見かける事がなかったのだ。

 ゆえに、この光景も、いと懐かしき、であった。


 やがて数日が経ち、三月末日が訪れた。

 今日この頃、昨日、今日の最高気温は二十度を越え、春のぽっかぽかな陽気、というよりもむしろ、やや暑いと言えるような汗ばむ気候の中、入学式の準備が進められていた。


 時計の針が天辺を越える数分前に、この日の仕事を終えた隠井が、もはや夜食と呼んでも差支えのない、遅めの夕食を取るために部屋を出ると、外は雨が降り頻り、さらに肌寒ささえ覚えた。

 どうやら、暖かで心地好き日々は三月三十一日の年度替わりでもって、いったん終わりを迎えてしまったようだ。

 予報を確認すると、四月一日に入った途端、最高気温は前日・三月三十一日の半分、最低気温は前日の三分の一程度になってしまうらしい。

 そして、まるで、前日までの陽気が嘘のように、気温が急降下した、四月一日のキャンパスでは、今度は、大学の入学式が催された。

 そんな肌寒さを覚える曇天の下でも、新入生やその親御さんたちでキャンパスが賑わっているのは、一週間ほど前の卒業式同様の光景であった。


 桜は、満開から一週間から十日程度が〈見頃〉と言われている。

 だから、たしかに、気温が急降下し、深夜から朝にかけての雨に打たれたものの、東京の満開日の四日後に行われた入学式の日のキャンパスの桜は、未だ見頃であり、桃色の桜の木の傍では、未だ咲き誇る桜の木を背景に、マスクの下では晴れやかな笑顔の花を咲かせているに違いない新入生が、親御さんたちと記念写真を撮る姿が、この入学式の日にも、キャンパスのここかしこで認められた。


 入学式が終われば、然して日を置かずして、講義が開始になる。

 しかも、今年からは、原則、〈対面〉講義が全面的に解禁になるのだ。

 かくして、〈前〉マークが取れた新入生の姿を端目で見ながら、隠井は、早くも翌週から始まる講義の準備に勤しむのであった。


 これが、四月一日〈午後〉の、嘘じゃない本当の状況であった。


〈参考資料〉

「2022年桜開花予想(第8回)」、二〇二二年三月三十一日付、日本気象協会、二〇二二年四月一日閲覧。

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