冬クォーター総括

冬Qエピローグ ゼミ論・ラインナップ

 十二月二十三日の木曜の冬クォーター・ゼミの終了から、早くも一週間が経過しようとしていた。

 

 そういえば、二十三日の昼に、〈十二月二十三日〉のことを「イブイブ」と呼んでいるような呟きをSNSで幾つも見かけたのだが、クリスマスである二十五日の前日の二十四日が「イブ」で、さらにその前日の二十三日が「イブイブ」ということなのだろう。


 この「イブイブ」という表現を見て、隠井は頭を抱えてしまった。


 〈クリスマスイブ〉の〈イブ〉というのは、イヴニングの省略で、横文字で書くと〈evening〉、これは〈宵〉という意味で、日が暮れた直後から夜中までのことである。

 つまり、「イブ(ニング)イブ(ニング)」とは、仮に強引に訳してみた場合、「宵々」となるわけで、言いたいことは文脈から明らかだし、音の響きも可愛いかもしれないが、まったくもって「前の日の前日」という意味にはならないのである。


 後半の省略されていた〈イング〉を復元さえすれば、中学レヴェルの英単語が見えてくるわけだから、前々日を「イブイブ」などと呼ぶことに関して、どうしても違和感を拭い去ることができないのである。


 語源にまで遡ってくれ、とまでは言わないが、もう少し言葉に敏感であって欲しい、と思う隠井であった。


 とまれかくまれ、ゼミ発表をベースにした〈ゼミ論〉の締切は〈大晦日〉の二十三時五十九分五十九秒、年が明けた瞬間に締め切られるようにタイマーを設定していたのだが、十二月二十九日、締切まで二日を残すこの時点で、早くも、続々とレポートが届き始めていた。


 隠井は、まずは、今回のゼミにおける発表のラインナップを確認してみることにした。


A 美術館・博物館

01 文学部・日本語・日本文学コース・二年、可愛天(かわい・そら):松尾芭蕉;関口芭蕉庵;「秋季展 柿衞文庫名品にみる芭蕉―不易と流行と―」永青文庫

02 文学部・美術史コース・二年、椎名夏海(しいな・なつみ):北斎;「常設展」すみだ北斎美術館

03 文化構想学部・表象メディア論系・二年、佐藤冬人(ふゆひと):浮世絵;「浮世絵劇場」角川武蔵野ミュージアム

04 文学部・美術史コース・三年、藍川梨沙(あいかわ・りさ):印象派;「ポーラ美術館コレクション展 甘美なるフランス」Bunkamuraザ・ミュージアム

05 文学部・西洋史コース・三年、船渡大輔(ふなと・だいすけ):古代オリエント・ギリシア;「女神繚乱」古代オリエント博物館

06 文化構想学部・複合文化論系・三年、大田明(おおた・あきら):古代エジプト・ミイラ;「大英博物館ミイラ展 古代エジプト6つの物語」国立科学博物館


B 物語の具現化

07 文学部・演劇・映像コース・三年、田島詩子(たじま・うたこ):映画の日;「ラ・シオタ駅への列車の到着」

08 文化構想学部・表象メディア論系・三年、葛西直人(かさい・なおと):映画の中の飲食物;『ソードアート・オンライン』の黒パン

09 文化構想学部・複合文化論系・三年、副川浩子(ふくかわ・ひろこ):文学作品の中の飲食物;『オデュッセイア』のキュケオーン

10 文学部・社会学コース・三年、井手口萌香(いでぐち・もえか):VRとAR:劇場版『ソードアート・オンライン オーディナル・スケール』


C 旅・屋外イヴェント

11 文化構想学部・社会構築論系・三年、中野馨(なかの・かおる):御朱印巡り

12 文学部・日本史コース・四年、千賀茉莉(せんが・まり):嵯峨天皇・空海・小野篁:京都・嵯峨野・大沢池;六道珍皇寺

13 文化構想学部・文芸・ジャーナリズム論系・四年、佐藤秋人(あきひと):AR・サウンド・ウォーク;東京・千代田区・秋葉原

14 文化構想学部・一年、桝田祐美子(ますだ・ゆみこ):プロジェクション・マッピング;高知県・高知市・高知城


 それにしてもだ。

 フィールドワークによる取材を必須にした「書を携えよ、町へでよう」というテーマのゼミ論のベースとなる口頭発表、美術館・博物館や、旅行を題材にしたものがほとんどになるかな、といった当初の予想を遥かに越えて、実にバラエティー豊かなものが出揃ったものだ。


 そもそも、この冬クォーターのゼミそれ自体が、文学部・文化構想学部という二つの文系学部のブリッヂ科目で、受講生は、聴講生を含めて,一年から四年生まで学年全てに渡り、さらに、専門も多岐に渡る、雑多な学生の集まりだったわけだから、このような〈ごった煮〉状態になるのも必然だったように思われる。


 さらに面白かったのは、美術館・博物館でも観光でも、アプリと連動した〈AR〉が導入されていた点である。


 う〜ん、そうだな……。


 届いたレポートの整理をしながら、〈AR〉については自分でも思考遊戯をしてみようかな、と思う隠井であった。


 さて——

 この冬季休業期間も、例年通り、レポートを読んだり、休み明け実施の試験の準備をしたり、来年度のシラバスを書いたりなどなど、忙しい日々を送ることになるだろう。

 教員の年明けは二月に入ってからなのだ。


 毎年、自分の正月休みは旧正月になっちゃうんだよね。

 そんな事を考えながら、隠井は、届いたレポートの一本目のファイルを開いたのだった。






     「令和三度度」〈閉講〉

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る