冬Q第14講 町をARく
「文芸・ジャーナリズム論系四年の佐藤秋人(あきひと)です。
十一月の中頃に、所沢の〈サクラタウン〉の『浮世絵劇場』で発表した、佐藤冬人(ふゆひと)のリアル兄です。ちなみに、件のサクラタウンも、実は、弟と一緒に行って来ました」
「兄弟、仲良しだな」
教室の片隅から、そんな感想が漏れ出ていた。
「四年ということもあって、自分も、先週発表した千賀さんと同じように、〈卒業研究〉を提出したばかりです。
で、このゼミでの発表なのですが、敢えて、自分の卒業研究とは全く関係ないテーマでやってみることにしました。
自分の発表内容は、〈観光〉にカテゴライズされるものなので、先週の発表者の系統を引き継ぐような形になっています。
で、自分の関心のある観光とは、従来の観光にはなかったような新たなタイプの観光なのです。
発想のベースになっているのは〈スタンプラリー〉です。
駅やコンビニなどに、それぞれ異なるスタンプを設置しておいて、実際にその地を訪れて、専用のスタンプ用紙にスタンプを押してゆき、コンプリートしたら景品をもらえるといったものが一般的なスタンプラリーです。
ここから考え得るのは、実写ドラマでもアニメでも構わないのですが、物語の舞台になった、いわゆる〈聖地〉にスタンプを設置しておいて、その地を巡ってもらうことによって、舞台地を観光地化するということです。
もちろん、物語の舞台地巡りが、これまでなかったわけではありません。
しかし、本気で〈聖地巡礼〉をしようとする場合には、作品を相当観込んだりして、実際の背景地を特定した上で現地に行かねばならないので、〈聖地巡礼〉とは、相当難易度が高めの旅なのです。
コアなファンならば、そこまでの情熱を注ぎ込むのもアリなように思われるのですが、きっと中には、もっとライトな感覚で〈聖地〉を訪れたい人もいるでしょう。
ライトなファンを取り込んで、ある程度は〈一般〉向けにしないと、〈観光地〉にはなりませんよね。
そこで、お手頃な聖地巡りとして提供されているのが〈スタンプラリー〉なのです。
これは、例えば、地方自治体などが、物語の舞台になった地にスタンプを設置して、そこを巡ってもらうという、トップダウン式のものです。
実は、すでに、こういった試みは為されていて、例えば、二〇一七年に第二期が放映された、京都が舞台の『有頂天家族』では、アニメイト京都、叡山電車の出町柳駅、同じく鞍馬駅、JR京都駅の伊勢丹の五階、下鴨神社、南禅寺、六道珍皇寺、六角堂の八ヶ所を巡って、スタンプラリーを進めてゆくと、ノベルティー・グッズがもらえる、というものでした。
グッズ欲もあるとは思うのですが、スタンプラリーの面白さとは、〈コンプリート〉するという点にこそある、と自分は思うのですよ。
スタンプラリー・ファンの、収集癖と完璧主義、この二つの性癖に訴えかけるのが、このタイプの〈新観光〉の肝なのではないでしょうか。
そして、こういった聖地巡りの肝要な点は、物語の舞台になることによって、名所旧跡といった観光地ではなかった場所が観光地化する可能性がある、ということです。
アニメの聖地巡礼スタンプラリーは、割と昔からあったようなので、〈新〉観光と呼ぶのは、少し言い過ぎのようにも思えるのですが、今から言及す事は、スタンプラリーの性質を引き継ぎつつも、まっこと新たなタイプの観光なのです。
それは、〈AR・ウォーク〉です。
〈VR〉や〈AR〉に関しては、映画関連の発表の際に説明してくださった方がいたので、ここでは、詳しい説明は割愛させていただきます。
で、〈AR・ウォーク〉とは、簡単に行ってしまうと、スマフォやタブレットといった端末の〈GPS〉機能と連動したトラベルになります。
数年前だと、携帯端末と連動した観光というのは、物理的なスタンプの代わりに、指定された場所に行って、そこの看板やポスターなどにある〈QRコード〉を読み込んでゆくという物でした。
これに対して、近年出現した〈AR・ウォーク〉というのは、事前に、端末に町歩き関連のアプリをダウンロードしておいて、そのアプリを起動させて、対象となる地、例えば、秋葉原に着くと、オートで〈AR・ウォーク〉がスタートされる、というものなのです。
例えば、チェックポイントが十ヶ所だとして、アプリ上の地図を頼りに、そのチェックポイントが位置しているエリア内に入ると、自動的に音声が再生されたり、そのエリアの中でしか獲得できないデジタルスタンプをゲットできる権利が手に入るのです。
さらに、チェックポイント特有のデジタルスタンプをゲットした上で、端末を〈AR〉モードにすると、画面上のデジタルスタンプを前景、そして、獲得場所のリアルな空間を背景にして、スクリーンショットを撮ることができる、という仕組みになっています。
ちなみに、音声とも連動しているので、こういったタイプのAR・ウォークは、〈サウンド・ウォーク〉と呼ばれたりしています。
このタイプの〈AR〉機能を利用した〈サウンド・ウォーク〉なのですが、ソニーが提供している〈Locatone(ロケトーン)〉というアプリでも楽しむことができます。
〈ロケトーン〉は、アニソン・アーティストの〈LiSA〉さんの〈サウンド・ウォーク〉を提供していて、今現在、日本全国・四十七都道府県の主要都市で、それを楽しむことができます。
実は、自分は、アニメ・ミュージックの愛好者なので、東京都内で、LiSAさんのサウンド・ウォークが楽しめる〈秋葉原〉で、先週末に、実際に〈AR・サウンド・ウォーク〉をやってきました。
全部で十個のチェックポイントがあるのですが、そのチェックポイント・エリアに入ると、LiSAさんの曲と、その曲にまつわる思い出話などが、LiSAさん自身の声で流れてくるのです。
十ヶ所のコンプリートには、だいたい一時間くらいかかりました。
このサウンド・ウォークをやってみる前には、秋葉原のメルクマールとなるような場所が、チェックポイントに設定されているのでは、と思い込んでいたのですが、実際にやってみると、チェックエリアは、その辺にあるビルや、特別ではない店の前、あるいは、普通の公園などがほとんどで、観光地と言えるのは、最終チェックポイントの〈神田明神〉くらいでした。
ここで自分が感じた、この〈AR・サウンド・ウォーク〉の面白い点とは、チェックポイントの設置エリアが、必ずしも、名所旧跡のような従来の観光地ではなく、さらに、アニメの舞台のように〈聖地〉化された場所でもなく、その辺の何気ない町中である、という点でした。
このことが示唆しているのは、その辺の街角が、たとえば、人気アーティストの〈AR・サウンド・ウォーク〉のチェックポイント・エリアになることによって、観光地化する可能性を秘めているということではないでしょうか。
GPS機能と連動した〈AR・ウォーク〉は、ソシャゲとしては既に、『ポケモンGO』や『ドラクエ・ウォーク』のようなものが存在していたのですが、この〈AR・サウンド・ウォーク〉に関しては、もしかしたら、僕の話を聞いてくださっている皆さんの中にも知らなかった人もいるかもしれません。
自分は、LiSAさんの〈AR・サウンド・ウォーク〉に関しては、東京の秋葉原のしか未だやれていないのですが、これは、四十七都道府県のどこででもできるので、新たな散歩の仕方、あるいは、観光の新たな形態として、携帯端末を片手に、町中を〈AR(ある)〉いてみるのも一興かと思います。
以上で、自分の発表を終えます。ご静聴ありがとうございました」
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