独創的な旅がしたい

冬Q第12講 私、いつも御朱印帳を持って外出しているのです

「この冬ゼミも、残すところ、今週と来週の二週となりました。

 それでは、今日の発表者お願いします」

 

「社会構築論系三年の中野馨(なかの・かおる)です。

 私は、観光学を勉強していて、卒業研究も、観光をテーマにするつもりで、今、計画をネリネリしているところです。


 例えば、皆さんが、どこかの都市を観光で訪れたとして、そこで一体何をしますか?

 多くの人が、景勝の地や歴史建造物を観に行ったりする、と回答するかと思います。

 それもそのはず、そもそも〈観光〉という語が〈風光明媚〉な場所を〈観る〉ことだからです。

 英語でも、観光という日本語に対応しているのは、〈sight-seeing(サイト・シーイング)〉ですしね。

 あるいは、訪れた場所の、いわゆる〈御当地グルメ〉、自分が住んでいる地では、なかなか味わえない郷土料理を食べたり、本場の新鮮な食材で作られた品を食べてみたい、などなど、このような〈食〉を観光のメインに据える方も多いかと思います。

 実際に、卒業研究に取り掛かる際には、アンケートをきちんとして、データを取るつもりなのですが、しかし、やっぱり、景勝の地や歴史建造物を観る事、あるいは、現地で料理を食べる事、これら二つが、旅行先でやりたい事柄の上位に来るのは容易に推測できます。


 それでは、これら以外には、どのような観光の仕方があり得るでしょうか?


 ぱっと思い付くのは〈御朱印巡り〉です。

 これは、その地にある神社仏閣を訪れるわけですから、歴史建造物訪問の延長線上にあるように思われます。

 この〈御朱印巡り〉、観光の一つの在り方として流行しはじめたのは、意外にも、二十一世紀に入ってからのようです。

 もちろん、〈御朱印〉の出現が今世紀というわけではなく、ブームとなったのが近年ということです。

 つまり、メディアによって、御朱印巡りが取り上げられ、さらに、実際に、御朱印集めをしている芸能人などもいて、そういった事が流行の切っ掛けになったようです。

 さらに、御朱印集めをしている女性が、『御朱印ガール』と呼ばれていることからも分かる様に、〈御朱印集め〉は、今や、旅行先でしたい事の上位に来ている、と言えるでしょう。

 実は、御朱印ガールである姉の影響で、かくゆう私も御朱印を集めています。そして、自分の大学の友人の中にも、御朱印を集めている人が結構な数います。

 これは、私が高校の修学旅行で、広島の宮島を訪れた時の話なのですが、外国人の旅行者の方が、御朱印をもらうために列に並んでいたのを目撃した時には驚いたものです。


 でも、御朱印に興味がない友人・知人に御朱印を集めている、と話すと、ほとんど決まって、何らかの信仰を持っているの? と訊かれます。

 しかし、私も姉も、御朱印を集めているからといって、信心深いわけではありません。きっと、多くの御朱印ガールたちも、必ずしも信仰を持っているわけではない、と思います。

 私が宮島で見かけた外国人の方も、神道を信仰しているわけではないでしょう。

 もちろん、これは私の直観なので、卒研の際には、こういった事柄もアンケートにするつもりです。

 とまれ、かつては、例えば、〈四国八十八ヶ所霊場巡り〉、いわゆる〈お遍路さん〉の訪問の証であった御朱印が、今や、特に信仰心があるわけではない普通の観光客の旅の仕方になっているのが現状なのです。

 これがいったい何に似ているかというと、そう、〈スタンプラリー〉です。

 こうした御朱印のスタンプラリー化に対して苦言を呈する方もいるようで、信心深い方が、信仰心が薄いのに御朱印を収集している人を快く思っていないのも、心情としては理解できますが、とりあえず、この問題は括弧に入れさせてください。


 ここでは、〈御朱印巡り〉という、新たな観光の在り方によって、一体どういった事態が生じたのか、あるいは、生じ得るのかを考えさせてください。


 繰り返しになりますが、神社仏閣の訪問は、歴史建造物の訪問の一つで、いわば、伝統的でオーソドックスな観光形態です。例えば、京都の伏見稲荷や、広島の厳島神社などは、外国人にも人気がある、その土地の観光の目玉なわけで、御朱印ブームが始まる以前から多くの観光客を迎え入れていたはずです。

 しかし、です。

 実は、日本全国にある神社の数はコンビニよりも多いのです。ということは、世にある神社仏閣の全てが、土地の観光の目玉になっているわけではないはずです。

 つまり、です。

 これまで観光地化してはおらず、スポットライトを浴びてこなかった神社仏閣の中にも、今後、御朱印収集目的の観光客が訪れる可能性を秘めているのではないでしょうか?

 実際に、私の知人の中には、福岡の太宰府天満宮や、京都の北野天満宮を訪れ、そこで御朱印をもらった事を切っ掛けに、必ずしも有名ではない天満宮を巡っている人や、あるいは、京都の伏見稲荷に行ったのを切っ掛けに、全国の稲荷神社を回っている方もいます。また、日本神話が好きな知人は、神話の内容と関連付けながら、神社を訪れる旅行計画を立てている人もいます。

 こういったケースは、旅行者自身が自ら考える、己のテーマに基づいた〈セルフ・メイド〉な観光であるように思われます。

 だけど、こういったお手製の旅には、観光者自身の膨大な知識が必要なので、難易度が高めであるように思われます。

 ほとんどの人は、もっと気軽に旅をしたいのではないでしょうか?


 ここから発想できるのは、目玉になる名所がない土地でも、御朱印巡りのような観光コースを提供したり、あるいは、観光客の要望に応じて、オーダーメイドなプランを提供するような、こう言ってよければ、〈観光アドヴァイザー〉の需要が今後増えてゆく未来です。

 私は、卒研では、御朱印巡りだけではなく、見所がない地の観光地化や、名所の訪問やグルメ以外の観光の新たな在り方について考えていきたい、と思っています。


 以上で発表を終えます。ご静聴ありがとうございました。


 あっ、最後に一言。

 私は、旅行に行った時に限らず、家を外る時はいつも、神社用とお寺用の二冊の御朱印帳を持って外出しています。コンビニよりも数が多いわけですから、素敵な神社仏閣との出会いが、いつどこであるか分からないからです。

 ちなみに、神社用は、京都の〈晴明神社〉を訪れた時に、五芒星の表紙に惹かれて買ったもので、お寺用は、家族旅行で香川に行った時に、〈屋島寺〉で買ったものなのですよ」

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