冬Q第09講 アスナが黒パンを食べたから、十二月二日は黒パン記念日

「表象メディア論系三年の葛西直人(かさい・なおと)です。

 実は、自分も昨日の〈映画の日〉に映画館に行ってきました。観た映画は『ソードアート・オンライン』で、昨日で五回目になります」


「ご、五回っ! しかし、なんで同じ映画をそんなに……」

 聞き手の誰かが、思わず呟いた。


「あ~~~、えっと、理由はいたって単純で、週替わりの入場者特典があるからです。でも、自分の兄は、僕の倍以上は行っていますよ。


 僕は、十歳年上の兄・真人の影響で、『ソードアート・オンライン』、通称、『SAO』にハマリました。みなさんの中にも、この作品をご存じの方もいるでしょう。

 今、劇場版が上映されている『SAO』は、元々はライトノベルを原作にしたTVアニメで、そのTVアニメは、四期合計で約百話ほどの分量です。そして、自分の兄の真人は、書籍化される以前のWEB小説の時代から、この作品を愛好している、いわゆる〈ガチ〉のSAOヲタクで、自分は、その兄から教育を受けてきたってわけです。


 今やっている劇場版は、百話もあるアニメの続きではありません。『SAO』を知らない方もいるかもしれないので、ざっくり言うと、劇場版は、アニメ第一期の第一話・第二話の物語を、別の角度から描きなおしたもの、と言えば、分かりやすいかもしれません。まあ、こんな説明じゃ、兄に怒られそうですが。


 それでは、今回の発表の話に移りたいと思います。

 とはいえども、僕の発表は、イントロの話と関係ないわけではありません。

 僕は、そもそも、物語の中に出てくる〈食〉というテーマで発表しよう、と考えていたのですが、先月初めの先生のオリエンテーションの際に、どんな発表にしようか考えていた際に、『SAO』を、あまり日を置かずに二回観て、物語の中で登場人物が食事をする場面があったので、『SAO』を題材にしようって思い付いたわけです。


 『SAO』というのは、〈VRMMORPG〉という種類のゲームを題材にした作品です。

 〈VRMMORPG〉って略語が全く分からない人もいるかと思うので、説明すると、これは、ヴァーチャル・リアリティー・マッシブリー・マルチプレイヤー・オンライン・ロール・プレイング・ゲームの略語です。

 最後の〈RPG〉は分かりますよね。

 〈MMO〉というのは、ものすごく簡単に言うと〈ネトゲ 〉のことです。

 そして、頭の〈VR〉は〈虚構現実〉です。

 つまり、〈VRMMORPG〉ってのは、VRタイプのネトゲのRPGです。


 『SAO』は、近未来を題材にしたSFです。

 といっても、プロトタイプのWEB小説の執筆時期からみた近未来で、実は、物語の開始年は、なんと来年、二〇二二年に設定されています。

 で、どんなサイエンス・フィクションかというと、機械を頭に装着して脳とゲームをリンクさせ、肉体は家にありながら、感覚だけがゲーム世界の中に移され、その仮想現実というゲームの中で、まるで、自分の身体を実際に動かしているかのような感覚を味わえる、〈ゲームの中に入り込む〉という、未だこの現実では実現されていない〈空想科学〉が出てくる物語なのです。


 この作品の肝は、ゲーム世界の中に入った登場人物たちが、そのゲーム世界の中に閉じ込められ、現実世界に戻れなくなってしまい、現実世界に戻るための唯一の手段として、ゲーム製作者が提示した方法であるゲーム・クリアを目指す、という点で、今回の劇場版は、その冒頭部が描かれているわけなのです。


 つまり、ここで考えの軸にしたいのは、『SAO』という物語における〈二重の虚構性〉です。

 まず、〈メタ〉的な視点になるのですが、そもそも、小説であれ、漫画・アニメであれ、ゲームであれ、あらゆる物語というのは、今、読んだり、見たりしている読者や視聴者、あるいは、それをつくった作者がいる、この〈現実世界〉とは全く関係がない〈虚構世界〉なわけです。つまり、〈現実世界〉と〈虚構世界〉は絶対に往来不可能なわけで、そもそも次元が異なるのです。つまり、これが第一の虚構性です。

 そして〈第二の虚構性〉とは、虚構作品である物語の中にも、登場人物の肉体が在る〈リアル・ワールド〉と、彼らの精神が入り込んだ〈ゲームの世界〉という仮想空間、という二つの異なる世界があって、つまり、キャラクターが閉じ込められている状況というのは、われわれ読者や視聴者の目からみると、二重に〈虚構〉的であるわけなのです。


 発表原稿を作っている時に、ここまで書いていて、あっと思ったのですが、物語内の〈食〉を扱おうと考えていた時に、作品として〈SAO〉を扱おうと発想したのは、この〈二重の虚構性〉の面白さを直観したからなのでしょう。


 実は、この作品の原作小説、けっこう、小説と映画が違っているので、ストーリー原案小説と言った方がよいのかもしれませんが、とまれ、作中人物の一人である〈アスナ〉が物を食べている時に、実際の肉体は、家か病院にあるわけだから、ゲームの世界の中で味わっている感覚は、味覚だけではなく、ゲーム内の五感すべては、機械的な処理によって脳が、そう感じさせているだけの〈仮想〉、つまり、所詮は偽物に過ぎない、と考えている場面があります。

 アスナは、元々はゲーマーではなく、たまたまゲームをやったら、その世界の中に閉じ込められてしまいます。だからなのか、このSAOという仮想現実に対して、所詮はゲーム、《万物はニセモノ》というような、一歩引いたような冷めたものの見方をしているような所が、少なくとも、この物語最初期のアスナにはあったように思われます。

 しかし、アスナは物語の中で思うのです。

 でも、偽物であるはずの仮想世界の中で食べた物、浸かったお風呂、現実世界で、それをこんなにも美味しいと感じたり、焦がれるほどに風呂に入りたいと強く思ったことが果たしてあったか、と。ならば、現実と虚構、《本物》と《ニセモノ》とはいったい何なのか、と。


 僕は、この『SAO』という作品のテーマの一つは、〈虚構世界〉あるいは〈仮想現実〉とは何か、それは現実とはどう違うのか、ということの問いではないかと思っています。

 そして、物語世界の中で、仮想現実に対して懐疑的であったアスナの変化の切っ掛けになったものの一つが、彼女が仮想現実の中で口にした〈黒パン〉だったのです。


 この〈黒パン〉は、アニメ版の第二話の中にも、今回の劇場版の原案小説『ソードアート・オンライン・プログレッシブ』の第一巻の中にも、その小説をコミカライズした漫画の中にも、そして、今回の劇場版の中にも出てきています。

 ちょっとした違いがあるとするのならば、物語の中で、とある会議が行われるのですが、小説と漫画は、その会議の前にアスナは黒パンを食べているのですが、アニメと劇場版では会議の後に食べる、という食べる時間の違いくらいです。


 実は、劇場版の公開を記念して、秋葉原で、『SAO』のコラボカフェが開催されていたのですが、映画の公開開始週には、コラボ・フードとして、件の黒パンが提供される、という情報を知って、僕も兄と一緒にそのコラボカフェに行ってきました。

 つまり、ゲーム空間とリアル・ワールドの間の壁、物語世界と現実世界の壁、この二つの世界の壁を乗り越えて、仮想空間内の食事が現実世界に出現したわけなのです。しかも、〈アスナ〉を変える切っ掛けになった、あの〈黒パン〉です。これを食べに行かない、という選択肢はありません。


 まあまあの味だったのですが、物語の味とは違うかもって印象でした。

 色は黒というよりも灰色で、アニメの中でアスナは、いかにも固そうに噛みちぎっていたので、自分はもう少し固い食感を予想していましたが、その灰色パンはパサパサで、まあ、これは、小説の描写の通りでした。

 そして、アスナを感激させたクリームは、自分としては、甘いのを予想していたのですが、酸味のあるサワー・クリームでした。

 味覚的には自分の予想は完全に裏切られていて、もしかしたら、二つの世界の壁を越えた結果のパンの味の変化なのか!って思った程でした。

 兄の知り合いのヲタクが言っていたのですが、コラボフードって、物語のありのままの再現というよりも、客に提供する品なので、味はまともなものにする方針らしいです。

 自分の印象だと、『SAO』の黒パンは、ライ麦を原料にしたちょっと固い、ドイツの黒パンなのです。でも、コラボフードの灰色パンが自分のイメージと違うのならば、自分のイメージに近い黒パンを探せばよいって話です。

 で、ネットで検索してみたところ、都内にも本格的なドイツパンを提供している店があるようなので、今度、兄と一緒に行ってみるつもりです。


 最後に一言いわせてください。

 実は、物語世界内において、アスナが、クリームのせ黒パンを食べたのは、〈二〇二二年十二月二日〉なのです。

 なので、どうしても今日という、この〈黒パン〉記念日に、自分は発表をしたかったわけなのです。

 順番の調整に協力してくださった方々、この場を借りて御礼を言わせてください。

 ありがとうございました」

 

〈参考資料〉

TVアニメ『ソードアート・オンライン』,第一期「アインクラッド」編,第二話「ビーター」,二〇一二年七月十五日放映.

小説『ソードアート・オンライン プログレッシブ』第一巻,電撃文庫,二〇一二年十月十日発売,四七~五七頁;一〇七~一〇九頁.

漫画『ソードアート・オンライン プログレッシブ』第一巻,電撃コミックスNEXT,二〇一四年二月二十七日発売.

劇場版『 ソードアート・オンライン -プログレッシブ- 星なき夜のアリア』,二〇二二年十月二十九日公開,二〇二二年十一月三日、六日、十七日、二十四日、十二月一日鑑賞.

『劇場版 ソードアート・オンライン -プログレッシブ- 星なき夜のアリア』コラボカフェ,セガコラボカフェ,秋葉4号館,訪問日.二〇二二年十一月四日訪問.

〈WEB〉

「『劇場版 ソードアート・オンライン -プログレッシブ- 星なき夜のアリア』コラボカフェ,セガコラボカフェ秋葉4号館」,二〇二二年十二月二日閲覧.

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