令和三年度冬Q 書を携えよ、町へでよう

冬クォーター・オリエンテーション

冬Q第01講 文化の日における、冬クォーターの文化論ゼミのオリエンテーション

「みなさん、こんにちは」

「「「「「「「こんにちは」」」」」」」

 教室で一席置きに着座している学生と、スピーカーを通して聞こえる、画面の彼方にいるオンライン受講生、その両方から発せられた挨拶の声が、教壇にいる隠井の耳に届いてきた。

「すでに僕の講義を受講したことがある学生はお久しぶり、そうではない受講生は初めまして、これから、十一月頭から十二月末までの約二ヶ月、秋学期後半の冬クォーターにおいて、この文化史ゼミナールを担当する隠井迅です」


 近年、日本の大学において、大学ごとに、さまざまなタイプの学期制度が導入され始めている。

 たとえば、一つの年度を一つの単位と考えるのが〈通年〉制で、この場合、年度末に成績評価がなされる。

 そして、年度を二つに分けるのが〈二学期〉制で、大学によって、前半を前期、あるいは春学期、後半を後期、あるいは秋学期と呼ぶ場合もあるのだが、学期ごとに学期末に成績がつけられ、このような二学期制は、横文字では〈セメスター〉制と呼ばれている。

 こうした〈通年〉制や、〈セメスター〉制は、古くから日本の大学で行われてきた従来の学期制度なのだが、近年、〈クォーター〉制という新たなシステムが導入され始めているのだ。 

 〈クォーター〉制とは、四分の一を意味する、英語の〈quarter〉という単語に由来しているのだが、要は、一つの年度を四つの学期に分ける学期制で、たとえば、春学期を前半と後半、秋学期を前半と後半に分け、一コマ九十分の科目を週に二回行い、約二ヶ月で、全十五回の講義を終える、いわば、短期集中講座なのである。ここで注意しておきたいのは、大学における全ての科目がクォーター制で実施されているわけではなく、科目の中にクォーター制によるものがあるという点である。そして、隠井が担当する秋学期後半のゼミも、〈冬クォーター〉に実施される短期集中ゼミナールの一つなのであった。

 大学側は、クォーター制の導入理由を、短期集中形式で自分の好きな時期に単位を取れ、その結果として、海外に留学し易くなるという利点がある、と説明している。

 だが、これはあくまでも名目で、受講生の大半は、留学のためというよりもむしろ、課外活動や就職活動の関連で、二ヶ月で単位を取りたいという受講生がゼミ生の大半というのが実情なのだ。


「さて、十一月から約二ヶ月に渡って、水・木に開かれる、この冬ゼミ、その初回である今日は、なんと十一月三日です。今日は文化の日、つまり、国民の祝日ですよね。

 そもそも、十一月三日は明治天皇の誕生日に当たり、明治時代においては〈天長節〉、昭和初期においては〈明治節〉として既に休日だったのですが、戦後になって、昭和二十三年に「国民の祝日に関する法律」、いわゆる「祝日法」が制定された際に、十一月三日は〈文化の日〉にされたのです。

 そして、この十一月三日は、一九四六(昭和二十一)年に日本国憲法が〈公布〉された日でもあるのです。そして、日本国憲法が、平和と文化を重視していることから、祝日法が公布・施行された時に、その第二条にあるように、「自由と平和を愛し、文化をすすめる」という趣旨の〈文化の日〉に定められた次第なのです。

 ちなみに、明治天皇の誕生日と日本国憲法の公布日が同じ十一月三日であることに関しては、公的な発言は為されていないそうです。

 とまれかくまれ、今、多くの大学が、十月末や十一月というタイミングで文化祭を催すのも、文化の日に合わせてのことかもしれませんね。この大学も、ちょうど今週の土日が学園祭ですしね。

 さて、そんな文化の日である、今日この日に、文化史をテーマとするこのゼミを開講できるのは光栄の極みなのですが、せっかくの国民の祝日で休日のはずなのに、休日に講義が行われるのは、二ヶ月で十五回の講義をする関係上、祝日に講義をせざるを得ない、という大学運営の事情なので、どうぞ御勘弁を」


 隠井は、ここで一拍おくべく、飲料水を口にした。


「今回は初回ということもあり、このゼミのオリエンテーションを行います。

 僕が設定したテーマにのっとって、受講生には個人発表を行ってもらいます。

 基本的には、大学の教室で〈対面〉形式でゼミを行いますが、まだ感染症下にあるため、諸事情でどうしても通学できない受講生には、〈オンライン〉での参加も認めます。つまり、このゼミは、〈対面〉と〈オンライン〉による〈ハイブリッド〉形式で展開します。まあ、対面であれオンラインであれ、リアル空間かヴァーチャル空間かという違いだけで、やることには変わりはないのですけどね。

 さて、このゼミでは、最終的に、秋学期後半のクォーター制の最後に八千字のゼミ論を提出してもらいます」


 学生から、ゼミ論にしては少し分量が多いかも、みたいな雰囲気が漂ってきた。


「まあ、話を聞いてください。最終的には八千字を書いてもらうのですが、だがしかし、です。いきなり八千字を書け、という話ではなく、ゼミの前半でまず二千字程度の発表、次に、ゼミの後半で、最初の発表に基づいた四千字程度の発表をやってもらって、最終的に、その二回の発表を発展させて八千字にする、ということです。

 ここで注意したいのは、自分の担当である二回の発表をしさえすれば十分だ、と軽く考えないでください。

 他の受講生の発表に対して、聞き手である他の受講生には、発表に対してコメントを書いてもらいます。つまり、このゼミでは、プレゼン能力だけではなく、コメント能力の養成も目指しているからなのです。

 さらに注意したいのは、そのコメントにおいて、基本、否定や批判は禁止で、発表のどういった点が興味深かったのか、〈良かった探し〉をしてください。これは、他人の良い点を指摘することは、自分の良い点の自覚を促し、自分が発表する際に返ってくる、と考えているからです」


 隠井は、再び水を口に含んだ。


「それでは肝心要の、このゼミのテーマについて確認しましょう。

 シラバスにも書いておいたように、このゼミの題材は何でもアリです。

 ただ一つだけ条件を付けさせていただくのならば、書物を読んだりWEBを閲覧して資料を蒐集するだけではなく、実際に、家や図書館の外に出て、実地での調査をして、それに基づいてレポートを書いてもらいたいということです。

 これは、感染症の状況下において、〈在宅〉を要請されている現状に反する行為のように思われるかもしれません。だがしかし、適切な感染対策を施しさえしていれば、外出することが法的に禁じられているわけではありません。

 つまり、美術館や博物館に足を運んだり、君たちが選択したテーマと関連のある対象を実際に訪れるといった、〈フィールドワーク〉をして、それを論考の材料にしていただきたいのです。

 〈文献調査〉と〈フィールドワーク〉の二輪を軸とした論考、これが今回のこの文化史ゼミナールの根幹です。

 したがって、今回のゼミの副題は、「書を携えよ、町へでよう」にいたします。このタイトル、もちろん、何を下地にしているのか分かりますよね。

 それでは、プチ・フィールドワークに基づいて、みなさんがつくりあげる面白い論考、楽しみにしていますね」

 

〈参考資料〉

〈WEB〉

「大学に導入が進む「クォーター制」とは ?メリットや導入大学を紹介」,『THE世界大学ランキング 日本版』,更新日:二〇一八年十一月十六日,,二〇二一年十一月三日閲覧.

「国民の祝日に関する法律(昭和23年7月20日 法律第178号)」(最終改正:平成17年5月20日 法律第43号),二〇二一年十一月三日閲覧.

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