第24話 「シュワッキマセリ」の思い込み

「みなさん、こんにちは。本日、十二月二十五日は<クリスマス>ですね。

 みなさんの中には、十二月二十四日が<クリスマス・イヴ>で、そして二十五日が<クリスマス>だと思い込んでいる人もいるかもしれませんが、実は少し違います。

 ここで、<ハロウィン>の時の話を思い出していただけたら幸いです。

 教会の典礼では、一日の<境界>とは陽が沈んた時なのです。

 つまり、<クリスマス>とは、十二月二十四日の太陽が沈んだ時から、二十五日の陽が沈む間までなのです。

 この時間において、二十四日の晩、クリスマスのイヴニングが、<クリスマス・イヴ>と呼ばれている分けなのです。

 だから、繰り返しになるのですが、二十四日の太陽がサンサンに輝いている間は、まだ<クリスマス・イヴ>ではなく、もしも、二十四日の昼間に、『メリー・クリスマス』って言ったとしたら、それは、十二月三十一日のうちに、『あけましておめでとう』って言うようなもので、まったくもって、可笑しな行為なのですよ。

 ちょっと調べてみたところ、東京都・新宿区の二十四日の日の入りは十六時三十三分、翌・二十五日は十六時三十四分なので、新宿区では、この間が、<クリスマス>ということになります。

 今は十六時なので、ぎりぎり<クリスマス>ですね。


 ここで、さらなる注意点があって、よく、クリスマスがキリストの誕生日と考えられていますが、これも厳密に言うと、ちょっと違って、クリスマスというのは、キリストの生誕日ではなく、キリストの降誕を祝う日なのです。

 そして、一日だけではなく、一定の期間が、<クリスマス・シーズン>として、キリストの<降誕>を祝う期間とされているのです。

 キリスト教の<教会暦>によれば、クリスマス・シーズンは二分されていて、前半が、<第一主日>からクリスマスまでの<待降節>、後半が、クリスマスから<公現節>までの<降誕節>です。まとめてみましょう」


 前半:待降節:第一主日からクリスマス

 後半:降誕節:クリスマスから公現節


「まず、前半の<待降節>とは、キリストの降誕日を迎えるための準備期間です。

 待降節の終了は<クリスマス>なのですが、クリスマス・シーズン、あるいは、その前半の待降節の始まりである<第一主日>は、十一月二十六日に最も近い日曜日、すなわち、クリスマスの四回前の日曜日が、第一主日に当たります。そして、この第一主日から、クリスマス前の日曜日までの間、常緑樹の葉で作った輪に、四本の蝋燭を立て、日曜日ごとに、それに一本ずつ火を灯してゆくのです。

 ちなみに、今年二〇二〇年に関しては、第一主日は十一月二十九日なのですが、二〇一六年と二〇二二年は十一月二十七日、そして、二〇一七年と二〇二三年は十二月三日、このように、第一主日は、十一月二十七日から十二月三日までの間を移動してゆきます。

 祝日の移動がピンとこない人もいるかもしれません。

 たとえてみると、かつて日本では、国民の祝日は固定されていたのですが、二〇〇〇年以降の<ハッピーマンデー制度>によって、たとえば、成人の日、海の日、敬老の日、スポーツの日が、固定日から月曜日に移動されました。つまり、<第一主日>は、こうした移動祝日に似ています。とまれかくまれ、クリスマス・シーズンは、年によって、開始日が移り変わり、クリスマス・シーズンの期間もまた伸縮する次第なのです。

 そして、後半の<降誕節>は、クリスマスから<公現節>までの十二日間、つまり、一月六日の日暮れまでです。ちなみに、この、降誕節の十二日間こそが、悪霊が最も暴れる期間として、民衆に恐れられてきました。シェイクスピアの『十二夜』は、この期間に上演するために書かれたものなのですが、『十二夜』の物語内容は降誕節とは関係ありません。

 ちなみに、第一主日から公現節までの、クリスマス・シーズンの間、フランス・パリのシャン=ゼリゼ大通りはイルミネーションで照らし出されます。

 そもそもの話、イルミネーションは、先ほどお話ししたクリスマス・シーズンに、常緑樹の輪に灯すロウソクの代わりという説もあるので、この時期にイルミネーションを点灯するのも、もっともな話なんですよね。

 ここで気になるのは、今年、二〇二〇年のシャン=ゼリゼのイルミネーションの点火式は、十一月二十二日・日曜日でした。つまり、今年の第一主日は十一月二十九日なので、シャン=ゼリゼのイルミネーションの始まりは一週間早いのです。しかし、シャン=ゼリゼのイルミネーションは、実は、毎年、第一主日の少し前から始まって、公現節の少し後に終わるので、パリのイルミネーションとは、クリスマス・シーズンの到来を予告し、その終了を周知するものなのかもしれません。

 

 さて、視覚的な面では、いわば、イルミネーションがクリスマス・シーズンの象徴なのですが、それでは、聴覚面、すなわち、クリスマス・シーズンに、みなさんがよく耳にする曲って、いったい何なのでしょうか?

 クリスマス・ミュージックは、ほんとうに沢山あって、一曲だけを選ぶのは、実に難しいのですが、今日の講義では、ヘンデルのオラトリオを取り上げることにします。


 ヘンデル(一六八五~一七五九年)は、バロック後期の代表的な音楽家で、彼はドイツ出身なのですが、イタリアで活動した後、一七二七年にイギリスに帰化し、一七三二年以降に、オラトリオを本格的に作曲し始めます。

 <オラトリオ>とは、宗教的・道徳的な内容を、独唱・重唱・合唱や、オーケストラによって表現するもので、オペラと違って、舞台装置や演技は為されません。

 ヘンデルのオラトリオと言えば、『マカベアのユダ』の第三部、「見よ、勝利の英雄が来る」が有名かもしれませんね。この曲をヘンデル作だとは知らずとも、そのメロディーを、きっと、みんな一度は、授賞式などで耳にしたことがあるかと思います。

 そして、ヘンデルの代表的なオラトリオとして、やはり『メサイア』(Messiah)を挙げないわけにはいきません。

 『メサイア』というタイトルは、救世主を意味する<メシア>の英語読みに由来し、題材は、救世主イエス・キリストの生涯で、歌詞の多くは『聖書』から採られています。

 『メサイア』は、アメリカ合衆国では、クリスマス・イヴに演奏されることが多いそうなのですが、内容それ自体は、特に、クリスマス、すなわち、キリストの降誕だけを歌っているわけではありません。

 さて、『メサイア』は三部構成なのですが、ヘンデル自身による自筆楽譜は二五九頁、演奏時間は約二時間半にも及ぶ、ながあああぁぁぁ~~~い曲です。なので、皆さんの中には、むしろ、全体を丸々通して、というよりも、その一部を聞いたことがある人の方が大半かもしれませんね。

 その一部分とは、たとえば「ハレルヤ」です。

 「ハレルヤ」(Hallelujah)は、『メサイア』の第二部の最終曲で、これは、合唱、いわゆる、<ハレルヤ・コーラス>として特に有名で、もしかしたら、受講生の中にも、小・中・高の合唱コンクールなどで、歌った経験がある方もいるかもしれません。

 また、日本では「もろびとこぞりて」の題名で知られている「アンテオケ」は、クリスマス・シーズンによく耳にする<クリスマス・キャロル>で、ヘンデルの作曲とされています。

 ちなみに、<キャロル>というのは、イエス・キリストと関連した内容の歌のことです。クリスマスは<降誕祭>なので、クリスマス・キャロルは、メシアであるキリストの誕生を祝ったり、それと関連のある場面を歌詞にしています。

 かく言うわたくしも、小学校低学年の頃に歌った微かな記憶があります。

 さて、「もろびとこぞりて」の歌詞の中で、特に有名なのは次の箇所でしょう。


 シュワキマセリ・シュワ・シュワキマセリ


 実は、わたくしは、この曲を、「シュワキマセリ」って題名で記憶していました。

 恥ずかしい話なのですが、「もろびとこぞりて」を、中学生の頃に再び歌う機会があって、歌詞を文字で確認した際に初めて気が付いたのですが。この「シュワキマセリ」ってのは、実は、「主は来ませり」だったのですよ。幼き頃のわたくしは、これを、横文字か、何かの呪文めいたフレーズだと完全に思い込んでいたのです。

 思い込みってほんとうに怖いですね。

 そして、幾つかの資料を参照したところ、この「もろびとこぞりて」は、ヘンデルの『メサイア』の一部とされていました。しかし実を言うと、この曲は、アメリカにおける讃美歌の基礎を築いた音楽家、ローウェル・メイスンが、ヘンデルの『メサイア』を参考にして作った曲だそうです。たしかに、『メサイア』の中に、「もろびとこぞりて」に似た旋律や歌詞が認められるとしても、「ハレルヤ」とは違って、この曲をヘンデル作曲の『メサイア』の一部とみなすのは無理があるようです。

 繰り返しになりますが、自分が見掛けた資料のほとんどは、ヘンデルの作曲としていました。

 多分、誰かがヘンデルの作曲と間違え、それを<孫引き>したものが参照され続け、勘違いされたまま広く流布してしまったのでしょう。

 でも、少し調べれば、ヘンデルの曲でない事はすぐに分かるのです。

 これって、幼き日のわたくしが、「シュワキマセリ」を横文字と思い込んでいたように、思い込みってほんとうに危ない、という一つの事例かもしれません。

 みなさんも、何かを調べる時には、労を厭わず、信頼度の高い資料を参照するように心掛けてくださいね」



<参考資料>

<書籍>

「オラトリオ」「キャロル」,岩田晏実 ほか『実用音楽事典 : ポピュラー・ミュージック』,東京 :ドレミ楽譜出版社,二〇〇二年.

金澤正剛,『キリスト教と音楽 : ヨーロッパ音楽の源流をたずねて 』,東京 : 音楽之友社,二〇〇七年一月,二一九~二二一頁.

「ヘンデル」,アルク出版企画 ,『クラシック作曲家事典』,東京 : 音楽之友社,二〇〇七年十一月.

「アンダンテ」「楽章」「交響曲」「ソナタ」「主題」「トゥッティ」「ピアニッシモ」岩田晏実 ほか『実用音楽事典 : ポピュラー・ミュージック』,東京 :ドレミ楽譜出版社,二〇〇二年.

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る