第19講 ハロウ・イヴニング、異界の門が開く時
「みなさん、お<ハロウ>ございます。本日は十一月三日です。世の中的にはお休みだというのに、講義への参加、ありがとうございます。
十一月三日というのは、明治天皇の誕生日に当たり、明治期には<天長節>、昭和初期に関しては、二十一年までは、<明治節>として、明治天皇の誕生を祝う日とされていました。
そして戦後、一九四六(昭和二十一)年十一月三日に、日本国憲法が公布されました。憲法では、平和と<文化>を重視していることから、一九四八(昭和二十三)年に公布・施行された祝日法において、十一月三日は、<文化の日>として、国民の祝日にされました。ちなみに、国民の祝日に関する法律、祝日法(昭和二十三年七月二十日法律第一七八号)の第二条によれば、文化の日とは、『自由と平和を愛し、文化をすすめる』とされています。
要するに、十一月三日は、明治時代以来、伝統的にお休みなのですよ。それなのに、今、こうしてリアルタイムで配信をしているのは、この講義が『文化史』講義だから、<文化の日>に講義する、という、わたくしのエゴでは決してなく、半期十五回の講義回数を確保する上で、国民の祝日を講義日にせざるを得ない、という大人の事情です。
ところで、十一月の初めというのは、日本だけではなく、フランスでも国民の祝日があるって、知っていましたか?」
隠井は、ワン・クリックして、一枚のスライドを見せた。
11月1日 Toussaint
「フランスの十一月初めの国民の祝日は、<トゥッサン>です。「父(とう)さん」だからと言って、<父の日>じゃないですよ。フランス語ですから」
(((………………)))
「さて、実は、これ、フランス語の二つの単語が合わさって、一語化したものなのですが、分解すると、こうなります」
隠井は、「s」と「s」の間に空白を入れた。
「<Tous>というのは<全ての>という意味で、<saint>の方は、音だと『サン』と聞こえるので分からないかもですが、スペルを見れば明らか、英語読みすれば、<セイント>ですよね。フランスはカトリック国なので、カトリック教会の典礼暦では、十一月一日、<トゥッサン>は、あらゆる聖人を祝う国民の祝日になっているのです。ちなみに、日本語では、<トゥッサン>は、<諸聖人の祝日>や<万聖節>と訳されています。
それと、英語では、<saint>ではなく、別の単語を使っています」
隠井は、さらにワン・クリックして、日本語の下に英語を表示させた。
11月1日 Toussaint
諸聖人の日(万聖節)
All Hallows
「これ、『オール・ハロウズ』って発音します。ハロウズ、これも聖人のことです。
以上のことを踏まえた上で、トゥッサンの前日、十月三十一日は、いったい何の日か考えてみましょうか。この日は、全ての聖人を祝う日、トゥッサン、あるいは、オール・ハロウズの前日ですよね。そして、こう言い換えてみれば、十月三十一日の夕方は、ハロウズの前の晩、<ハロウズ・イヴニング>です。ちょっと長いんで、縮めて発音してみましょうか。
<ハロウズイヴニング>、<ハロウズイヴニン>、<ハロウイヴン>、<ハロウイン>、<ハロウィン>、もはや、ここまでやらなくても、お分かりですよね。
最近、日本でも流行り出した<ハロウィン>ってのは、そもそも、<全ての聖人を祝う日の夕方>という意味なのですよ。
つまるところ、ここで注意したいのは、<オール・ハロウズ>の前の日だからといって、十月三十一日が必ずしも、<ハロウィン>ではないということです。再確認すると、ハロウィンとは、<ハロウズ・イヴニング>が縮まったものです。<イヴニング>、つまり、晩なのですよ。ですから、太陽がサンサンと照っている間は、たとえ、十月三十一日だとしても、未だハロウィンではないのです。
どういうことかと言うと、カトリックの典礼、つまり、キリスト教における宗教的決まり事においては、一日の始まりというのは、太陽が沈んだ時点なのです。<オール・ハロウズ>は、日付的には、十月三十一日の晩から始まります。これは、クリスマスが、十二月二十四日の日の入りから始まり、これを、<クリスマス・イヴ(ニング)>としているのと同じ理屈です。
ですから、土曜日に、SNSでワンサカみかけたのですが、十月三十一日だからと言って、昼間、今年の十月三十一日の日の入りは十六時四十七分だったので、それ以前に『ハッピー・ハロウィン』というのは、この上なく、おかしい事なのです。たとえてみれば、十二月三十一日に、『あけましておめでとうございます』って言うようなものなのですよ。ね、そう考えると、恥ずかしいでしょう。『無知は、炬燵で丸くなる』ってなってしまいますよね。
これも、日本では、ハロウィンが一般的に浸透したのが最近だということが一つの原因になっているかもしれません。
わたくしが、大学生時代であった九十年代は、たしかに、ハロウィンの時期に大騒ぎする輩もいるにはいたのですが、この時代、<傾いた>格好をした外国人を、時折、山手線の中で見かけるくらいでした。日本人の中にも、真似する人はいたし、たしかにゼロではなかったにせよ、最近の渋谷のように、大袈裟に集団でパーリーしている感じではなかったのですよ。
そして、感覚としては、ハロウィンを日本に広めたのは、外国人の中でも、やはりアメリカ人なんですよね。
アメリカは、欧州の様々な国から人々がやって来た移民大国です。その中には、アイルランドやスコットランドからの移民もいました。そして、<ハロウィン>とは、元々、そのアイルランドやスコットランドの<サウィン>というお祭が起源になっていて、ハロウィンは、アメリカ人の中でもアイルランド系やスコットランド系の移民が行っていたわけなのです。
アイルランドやスコットランドには、ケルト人が多く住んでいました。ケルト人は農耕民族であったため、収穫期の終わりこそが、ケルト人の農民達にとっては、感覚的に一年の終わりだったのです。そして、収穫期の後、今でいうと、十月の終わりと十一月の初めの間に、農作業から解放されたケルト人は、収穫祭を催しました。これこそが、サウィン祭なのです。そして、ケルト人が信仰していた<ドルイド教>の典礼では、この<秋>の時期が、年の境とされていたのです。
つまり、一年の終わりに催される<サウィン祭>とは、<収穫祭>であると同時に、<年越しの祭>でもあったのです。
民俗学的に言うと、<サウィン>とは、古い年から新たな年への、いわば、時の間(はざま)であり、この時の境界の時期には、現世と異界の境界が揺らぐ、とドルイド教では考えられていました。そして、異界の門が開く、この時期には、異界から先祖の霊が現世に戻って来るのです。いわば、ドルイド教におけるサウィンの時期とは、日本で言うところの<お盆>で、一年に一度、異界から戻って来る死者の霊を祀るのも、ドルイド教における<サウィン祭>の側面なのです。ここで、もう一枚スライドを見てください」
11月1日 諸聖人の日(万聖節);11月2日 死者の日(万霊節)
「フランスでは、トゥッサンの翌日は、<死者の日>、あるいは、<万霊節>と呼ばれ、こっちの方は、ありとあらゆる<死者>を祝う日になっています。
ここで、キリスト教における十一月二日の<死者の日>と、ドルイド教における、死者の霊を迎えるサウィンの符号に気付いた人もいると思います。
これは偶然の一致ではありません。
それでは、何ゆえに、キリスト教にとっては、異教であるはずのドルイド教の死者の霊魂を祀る日が、カトリックに、<使者の日>として取り込まれているかというと、中世の初め、非キリスト教地域、ドルイド教が信仰されている地域にキリスト教を広めようとした時に、ケルト人土着の祭であったサウィン祭に着目し、ドルイド教の死者の霊を祀る祭に、キリスト教の、聖人を祀る<万聖節>を組み込んで、ケルト人をキリスト教に改宗させるための切っ掛けとした次第なのです。
かくして、ケルト人の<サウィン>は、ケルト人のキリスト教への改修後にも、<ハロウィン>という祭として、アイルランドやスコットランドに残り続けてきたわけです。
さて、昨今、日本において浸透したとは言えども、いわゆる<ハロウィン>は、十月の最終日に<仮装>するお祭で、せいぜい、仮装した子供たちが、「トリック オア トリート」(お菓子をくれないと、いたずらしちゃうぞ)と言いながら家々を回って、近所の人からお菓子をもらってゆくイヴェント、くらいの認識ではないでしょうか?
問題は、何ゆえに、<仮装>をするのかって話です。
ハロウィンの起源である<サウィン>の話に戻ると、この夏から秋への移り変わりの時期が、一年と一年の境目であり、この時期にこそ、現実と異界の境界が揺らいで、異界から死者の霊魂が現世を訪れると考えられてきました。
だからこそなのですが、ケルトの民話の中には、この<サウィン>の時期に、突然、人が消えてしまい、その人物が、数年後に突如姿を現すといった、たとえば、<浦島太郎>のような物語や、あるいは、この時期に、美しい異性に出会い、契ったものの、実は、その者は人ではなかった、といったような、<雪女>のような話も認められます。
前者においては、現世と異界の扉が開いた結果、それを通って、異界に迷い込んでしまった人間が、再び扉が開いた時に現世に戻ってきたというタイプの物語で、後者の方は、異界の門をくぐって現世にやってきた異界の者と人間との<異類婚姻譚>になっています。
特に、この後者の物語内容が示唆しているのは、サウィンの時期に、現世と異界の扉が開く時、そこからやって来るのは、死者の霊魂だけではなく、異界の者もまた現世にやって来るということです。そして、この異界の者は、時として、異界に戻る際に、現世の人間を異界へと連れ去ってしまうこともあったのです。
つまり、です。
異界の者に拐わかされないために、どうすればよいか、というと、異界の者と同じような<異形>の姿に偽装すれば、同族だと勘違いされ、異界の者の目をごまかせる、というわけなのです。だからこそ、ハロウィンの時期、つまり、ケルト人のドルイド教においては、現世と異界の門が開いて、異界から異形の者達がやってくる、サウィンの時期に、異界へと連れ去られないためにこそ、人は<仮装>をするのです。
いいですか、みなさん」
隠井は、少し溜めを置いた。
「ハロウィンは、単なる、仮装祭ではありません。動画やSNSとかを見ていると、普通のコスプレ姿をアップしている人を沢山みかけました。が、ナースやポリスや、只のアニメキャラのコスプレは、断じて、ハロウィンの仮装じゃありません。ハロウィン時の変装は、異形の者への偽装でなくてはならないのです。
そうじゃないと、異界の者に、こう言われてしまうかもです。『コスプレ オア ディスガイズ、偽装じゃないと、異界に連れてっちゃうぞ』と。
いいですか、僕も、ハロウィンの時には、『ただのコスプレには興味ありませ~~~~ん』という立場なので、みなさんも、来年以降、ハロウィンの仮装をする場合には、ぜひとも、異界の者の仮装をしてください。普通のコスプレでは、別世界に連れていかれてしまいますからね」
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