第3講 大晦日と晦日

 クリスマスの前後を境に、小学校、中学校、高校、そして大学、世の中のいわゆる学校という組織は約二週間に渡る冬季休業期間に入る。しかしながら、教育関係の組織の全てが休みになるわけではない。塾や予備校といった補習・受験目的の教育機関に関しては、通常の学校の授業がないこの期間こそが、いわゆる本番なのである。

 隠井は、大学院時代の友人に頼まれて、大学が休校期間に入っているこの時期に、アルバイトで塾講師を務めることになった。

 受験は年明け過ぎに始まる。都内の中学受験に関しては二月頭に、大学受験に関しては、来年度入学者向けのセンター試験は一月の第三週目の土日に実施される予定になっており、いわゆる年末年始の<休み>を休みとして享受することは、受験生にも塾・予備校関係者にも許されず、隠井が講師を頼まれている塾も年末年始など無関係に、十二月三十日にも授業が行われたのである。さすがに、十二月三十一日と一月一日だけは休講にしているのだが。

 冬季特別講座の授業時間は百八十分単位だったのだが、年内最後の十二月三十日、この日に予定していた問題の解答・解説が終わって、十分ほど授業時間が余った。


「年内最後の授業も今日で終わりだね。みんなが頑張ったおかげもあって、十分ほど時間が余りました。よしっ、今日はちょっと時事に絡めた雑談でもしようか。ところで、明日は大晦日だけど、別の言い方を知っている人っている?」

 小さく手を挙げている生徒が数人いた。隠井は最前部にいる生徒に答えてもらった。 

「大つごもり……かな」

「そう、『たけくらべ』の樋口一葉に『大つごもり』って小説あるよね。ちなみに、今の五千円札の肖像ね。あと、年の最終日を時代背景にした作品と言えば、井原西鶴の『世間胸算用(せけんむねさんよう)』ってのもあるよね」

 隠井は一つ咳払いした。

「オッケー、十二月三十一日は『おおみそか』あるいは『おおつごもり』って呼ぶわけ。じゃあ、『大(おお)』が付かない、『晦日(みそか)』、あるいは『つごもり』との違いって分かる?」 

 真ん中あたりに座っているお調子者の児童が元気よく手を挙げた。

「十二月三十日、今日のことっ!」

 隠井は両手を交差させ、大きく「✕」を作ってみせた。

「『みそか』って読み方がヒントになっているんだけど、そもそも三十日って意味なんだよ。つまり、通常、月の最後の日である三十日が「み・そ・か」っことになるわけ」

「でもさ先生、四・六月とかは三十日だけど、一・三・五月とかは三十一日、そもそも二月は二十八日じゃないですかっ!」

「まあ、『みそか』が三十日に由来するのは単に語源的な問題で、ここから転じて、月の最終日を『みそか』って呼ぶようになったわけ」

「じゃ、先生、『つごもり』って?」

「『つごもり』ってのは、『月籠り(つき・こもり)』の音が詰まったものなんだよ。旧暦では月末がちょうど『月が隠れる』タイミングだったんだよ。そこからこの名称が来ているわけ」

「へえ」

「といった次第で、『みそか』って呼び方もあれば『つごもり』って言い方もあるんだけれど、前者は<日付>由来、後者は<月>由来ってこと。ちなみに、『晦日』は音読みして『かいじつ』っていう読み方もあるわけ」

「じゃあさ、じゃあさ、先生、大晦日を『おおみそか』あるいは『おおつごもり』って呼ぶのは分かったけれど、『だいかいじつ』とは言わないの? この前、テレビで芸人さんがそう言ってて、相方からツッコミが入ったのを観たんだけれど」

「うん言わないね。通常の月末を音読みで『かいじつ』って呼ぶから、まったく論理的ではないんだけど、慣習的に『だいかいじつ』とは言わないんだよ。まあ、いずれにせよ、『大』が付かない『みそか』『つごもり』は新暦、グレゴリウス暦の十二月三十日じゃないからね」

「先生、クリスマス・イヴみたいな。『大晦日イヴ』的な言い方ってないの?」

「あるよ」

 隠井は、テレビドラマに出てきたバーテンダーの口調を真似ながら声を低めて言った。

「十二月三十日、旧暦では十二月二十九日だけど、大晦日の前の日は『小晦日(こつごもり)』って言うのさ」

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