第2話
「ちょ、ちょっと! 変な声が聞こえると思ったら何してるのよ!?」
不意の大声に、はっと我に返る……そこには顔を真っ赤にしている悠璃、そして目を見開いて固まっている母さんがいた。
「ん? あぁ……いや、つい触りたくなって……」
撫でるのをやめるが、俺の胸に抱かれたままの萌花は「ふぅ、ふぅ」と息を荒げたまま動かない。
「はぁ!? そりゃ小さい頃は良く撫でてくれたけれど……最近はって、そういう問題じゃないわよ! 早く萌花から離れなさいよー!」
すごい剣幕で怒っている悠璃……ちらりと視線を下ろして萌花の様子を見ると……確かにやりすぎたかもしれない。
「つい夢中になっちまった、萌花ごめんな、大丈夫か?」
「んぅ……はふぅ……」
「慎哉、今日はどうしたの? 朝から何か様子がおかしいとは思ったけれど……」
様子がおかしいと言われても、俺からしたら母さんたちの方がおかしいんだが……。
でもそんな事を面と向かって言っても俺がおかしいと思われてしまうのだろう……もう認めるしかない、ここは俺が知っている世界じゃないって事を。
「いや、今までは我慢していただけさ。ほんとはずっとこうしたかったんだよ」
苦し紛れの言い訳だが……これで押し通すしかない……。
元々動物は好きだし、モフモフがしたいのも嘘じゃないからな。
「え……それってあたしたちに触りたい……って事?」
驚き眼をまん丸にする悠璃、そして困ったような顔をしながらもどこか嬉しそうな笑顔の母さん。
「あなたたちは初めて会ったときから仲が良かったし、慎哉は他の子とは違うんじゃないかなって思ったけれど……そうだったのね」
「うん? あぁ、まぁそうかな……」
他の子と違うってどういう意味だ?
「そう……悠璃と萌花が良いって言うならいいけど、外では気を付けなきゃだめよ? 男性が女性に触れるだなんて普通はありえないんだから」
「そうなのか?」
「そうよ……だって、男性は女性の耳やしっぽを毛嫌いしているんだからね。触りたいだなんて、私も初めて聞いたわ」
え? 男はけも耳が嫌い、だと? なんてもったいない……こんなに可愛いのに。
元々から母さんも、そして萌花や悠璃も身内贔屓を抜きにして美人で可愛い。それが、けも耳やしっぽでさらに可愛く見えてしまうんだからな。
学校でも人気があった2人の妹、それは平凡な俺にとって自慢したいところでもあったし、またコンプレックスでもあった。
――――
とても
そうよく言われていたが、そりゃそうだ。俺達に血の繋がりは無い、義理の
俺がまだ小学生だったとき、早くに母親を病気で亡くして父親と2人暮らしだったわけだが、そんな父親が『お母さんが欲しいって思わないかい』と言い出した。
そして紹介されたのが、母さん……志桜里(しおり)さんだった。
初めてこの家で志桜里さんに会ったとき、その背中に隠れるようにいた双子の女の子、それが悠璃と萌花だ。
志桜里さんと同じサラサラの黒髪で少し気が強い姉の悠璃、妹の萌花はおなじ黒だけれど少し癖のついたふわふわとした髪で大人しい女の子だった。
「ねぇ、あなた名前はなんて言うの?」
リビングに入り父さんと志桜里さんがキッチンへと席を外した時、そう俺に声をかけてきた悠璃と、その後ろに付いてきていた萌花……。
俺の顔を真っ直ぐに見つめる悠璃と、俯きながら上目に俺を見てくる萌花。双子で似た顔をしていてもそんなところは全く違う2人にふっと笑顔になってしまう。
「しんや、君たちのお名前は?」
その後、父さんから俺が一つ上だと紹介されて悠璃は焦っていたっけ。当時は背も同じくらいだったし、同い年かもしかしたら下に見えていたのかもしれないな。
子供なんて、少しの共通点が見つかれば一気に仲良くなるものだ。
犬が好き、猫が好き……動物が好き。小さい頃から動物好きだった俺は、図鑑や写真集、絵本なんかをたくさん持っていた、全部俺が寂しくないようにと父さんが買ってくれたものだ。
そして、悠璃と萌花も動物が好きで、そんな俺のコレクションを3人で広げてわいわいと騒ぎながら見ていた。
いつも1人で見ていたそれらが――宝物に違いはなかったがそれ以上に――大切なものになっていく。
誰かと一緒に自分の好きな事を話して、それに共感して楽しく過ごせる……そんな事今まで一度もなかったんだから。
楽しい時間はあっという間に過ぎ、取りあえずまだ引っ越しの準備も出来ていないと言う事で志桜里さんたちは帰宅することになった。
お互いの紹介も終え、来月には一緒に暮らそうという話になったがそれでも離れなければいけなかったのはとても寂しいものだった。
悠璃は大泣きをして駄々をこね、横で涙を流すのを堪えているのであろう萌花が俯いて俺の服をぎゅうっと握っている。
「もうすっかり仲良くなっちゃって……ほら2人とも、泣いていると慎哉君が困ってしまうわよ」
志桜里さんにそう言われると、ピタリと泣き止む悠璃……『困ってるの?』そんな不安そうな顔で俺の様子を見てくる。
ぐっと服を引っ張られる感触に顔を横へと向けると……悠璃と同じ顔をした萌花が俺の事をジッと見ている。
「大丈夫だよ、僕だって寂しいけれど我慢してるんだ……だって、お兄ちゃんだからね」
――――
「ちょっと! だから触るのをやめなさいって言ってるでしょー!」
悠璃の声で、ふと我に返る……昔のことを思い出してぼーっとしていたらしい。そして考え事をしていても手は動いていたんだろう、両手で左右の耳を其々こねくり回していたようだ……。
俺に頭を抱えられ、両耳をいじられ続けた萌花は頬を上気させ……いつも以上に目尻が下がった大きな瞳、熱い息を吐く小さな唇……完全に
「ご、ごめん……そこに耳があったから……」
どこの登山家だ、そう突っ込みが入ってもおかしくは無いだろう言葉を口にする。
どすどすっと足音を荒げながら俺達に近付いてきた悠璃はがしっと萌花の肩を掴んで無理やりにその身体を引き離す。
突然のことに萌花もそのまま引き起こされていくが、両手を伸ばしてわたわたと名残惜しそうに求めていた。
「ほら! 萌花もしっかりしなさいよね! 全くこんな風になるなんて……そんなに良いのかな……」
悠璃が呟くように言った言葉の最後は小さく良く聞こえなかったが、萌花が離れたことによって少しは落ち着いたみたいだな。
「悠璃ちゃん、子供の頃と全然違うの……凄かったよ……」
萌花も小声で何か話しているのを見ると、悠璃の傍にいたおかげで聞き取れたんだろうか……それとも、けも耳があるから耳も良いんだろうか?
そのままぽしょぽしょと内緒話を始める2人を尻目に俺に近付いてきた母さんは、ソファに座っている俺の前で屈んで目線を合わせ、両手で頭を挟み込むようにしてじぃっと見つめてくる。
まるで見透かされるかのような感じに、落ち着かなく視線を
やはり2人の母親なんだと思わせる大きな瞳に飲み込まれそうな感覚にもなるが、それでも段々と落ち着いてくるのはなんとも不思議な気分だ。
「いい? こういう事をするのはまだ家族だけにしなさい。さっきも言った通り男性は女性に触れるのも触れられるのも嫌がるものなの。慎哉がそうじゃないってわかって母さんも嬉しいけれど……それを理由に慎哉が不幸になるのは見過ごせないわ」
俺が思っているよりもこの世界では女性に対しての扱いは厳しいようだ……。
そうなると、それを嫌だと思わない……むしろ積極的ともいえる俺の行動は極めて異端だと言えるんだろう。
自分たちとは違う少数を排除する……そんなところはどこに行っても変わらないらしい。
「わかったよ、知られないように気を付ける。俺だって母さんに迷惑や心配をかけたくないからね」
そう答える俺に、母さんは優しく微笑んでくれた。
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